bad morning
煙草を吸う人の気持ちなど知らないけれど、あんなもののどこがいいのだとつくづく思う。
五月下旬。少女の住む地域ではやっと肌寒さがなくなり始めた頃。
早速朝から最悪の気分だ。
「ぷふぅーーー」
食事中だというのに煙草をふかしているこの男は最悪なことに紛れもなく少女の父親だ。
短い足を不格好に組み、そのうえに新聞を広げて無駄なスペースを取るこの最悪男は、私のテレパシーに気がついていないようだ。
『死ねクソ親父』
少女はスープだけ飲むと、わざと大きな音を立てて席を立った。
が、この男はそんな娘の態度にすら反応せず、新しい煙草に火をつけるのだった。
ケムリクサ
なぜ高い金を出してまで死に急ぐのか。
あんな煙に毎日五百円かけるなら、私の将来のための貯金に回して欲しい。
あんな人間のクズに使われるよりお金もよっぽど喜ぶだろう。
お金に余裕がないと私の娯楽費を削る前に
その有害物質への投資をやめたらどうだ。
少女はその憤りを小石にぶつけた。
小石はカコーンと気持ちのいい音を立てて表札にぶつかった。
いくらか気持ちも落ち着いた。
「んーっ」
ひとつ伸びをし、歩き出した。
まだ夏服だけでは肌寒いと思いカーディガンを羽織ってきたが、どうやら見当違いだったようだ。
アスファルトからのむわむわとした熱気が体にまとわりつき、少女は不快感を覚えた。
少女には嫌いなものが三つあった。
暑さ、煙草、
そしてこの苗字。
「---大ッ嫌い」
『佐伯 莉奈』
莉奈は名札を指でなぞり、眉間に皺をよせた。
嫌いなものに囲まれて過ごす今の生活は、莉奈にとって苦痛なものであった。
学校で授業を受けているあいだこそそれを忘れることができるが、
教師のスーツから漂うかすかな煙草のにおいでさえ父親のことを思い出させた。
苗字においてはもうそれは呪いに等しかった。
いつ何時だって忘れることは許されない。
『佐伯 莉奈』
それがその人間の名称である限りは
その呪縛から逃れることはできない。
サエキ
父親と同じその苗字が
莉奈は死ぬほど嫌いだった。