表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

第五話~人と竜~

大変お待たせいたしましたー。内容は前回に引き続きですね。それでは、どうぞ!

「あ……あ……」


 しっかしどうしたものか……。人間、一度植え付けられた恐怖心というのはなかなか拭えないものだ。ましてやこんな生存本能がバリバリ働くような俺と状況を相手にでは、ほぼ不可能なんじゃないだろうか? うーむ、流石に人間の姿に戻るわけにもいかないしなぁ……。


 バタリ。


 俺が色々と思案していると、突然女の子がバタリと倒れてしまった。驚いて様子を見るが、どうやらただ気絶しただけのようだ。死の臭いもしないし、問題ないだろう。


 正直、ここで気絶してくれたのはむしろラッキーだったように思う。先程の一件で俺に対する恐怖心が満載の彼女、それについていくなり何なりするというのは至難の技だっただろう。まぁそんなわけで、彼女には申し訳ないが、このまま運ばせて頂くとしよう。


 竹内さんを抱えようとしたところで、誘拐犯と思われる男の存在を思い出し、大きくため息をついた。一応人助けをしている身としては、法の下に裁きを受けさせるためにもこいつを警察へ連行するべきだろう。しかし……。


 今の俺ならば、二人を同時に運ぶだけならばたやすい事。だが、手で持つとするとこの男と竹内さんを同時に持つことになり、二人の距離が非常に近くなる。正直、それは避けたいところだ。なにせ彼女は、この一週間この男に拘束(?)されていた上に、今さっき殺されかけたのだ。二人とも気絶しているとはいえ、運んでいる俺からしても精神的にあまりよろしくない。


 さてどうしたものかと思案していると、視界の隅に先程からぶんぶんと振っていた自分の尻尾の先端が映った。俺の全長の半分の長さを占める俺の尻尾は恐竜の尻尾と違い、非常にしなやか、かつ繊細な動きが可能だ。それはもう、猿も顔負けである。


 ここで、一つのアイデアが浮かんだ。俺は早速尻尾を操ると、男の腰にぐるりと巻き付け、そのまま持ち上げた。先端の方は人の指先ほどの細さになっているため、このくらい朝飯前なのだ。


 ナーイスアイデア、などと自画自賛しつつ、両手でそっと竹原さんを持ち上げる。力加減には要注意である。


 お姫様だっこの要領で持った竹原さんの様子を改めて確認した後、ゆっくりと歩き出す。……いや、飛ばないよ? こんな状態で飛んだりしたら色々と大変な事になるでしょう? もうあんなドジは踏まないと決めたのだ。俺も成長したものである。


 ……しかしこの森、一応木々の間に俺が通れるだけの隙間はあるものの、如何せん並びが不規則なため、そのたび避けなければならないのが面倒くさい。何度か男を木にぶつけてしまったが、目立った怪我もなさそうだしまぁいいだろう。むしろいい気味だ。



 あれ……、ここは……?


 気がつくと私は、一面真っ白な空間にいた。上下左右の区別すらつかない、不思議な空間。一体何処なんだろう……?


《あら、気がついた?》


 突然聞こえた頭に響くような声に驚いて後ろをふりかえると、そこには一人の女の人が立っていた。ローブみたいなものを着た、淡く光る女の人が……。


《ふふふ。一部始終、見せてもらったわ。大変だったわね。でも、もう大丈夫みたいよ》


 一部始終……? あっ!


 ここで私は、さっき私の身にふりかかった奇妙な出来事を思い出した。踊りかかってくる男、謎の鳴き声、恐竜の化石みたいな怪物……。確か私は、腰が抜けてしまって動けなくなってしまって、あの怪物から逃げ損ねてしまって……その後の記憶がない。


「私……死んじゃったの?」


 もしかしてここは天国で、あの人が神様か何かなんじゃ……?


《いいえ、あなたは生きているわ。……あの怪物さんのおかげでね》


 ……え?


《やっぱり、誤解していたみたいね。念のために伝えた方がいいと思ったけど、正解だったわね》


 女神のような笑顔で言う女性。いや、本当に女神様なんじゃないかな……。


《あの怪物さんは、男に襲われていたあなたを助けたのよ。今、あなたの事を町へ運ぼうとしているわ》


 その心に透き通っていくような綺麗な声は、嘘をついているようには聞こえなかった。大体、嘘をつく理由がない。きっと、本当の事なんだろう。


《あなたはもうすぐ目覚めるでしょう。その時は、あの怪物さんに頼りなさい》


「あの……あなたは?」


《私ですか? ふふふ、そうですね……よく来る人には“聖樹”と呼ばれていますね。それでは、いずれまた会えるといいですね、人間さん》


 再び女の人――聖樹さんが微笑むと、だんだんと視界が暗くなっていった。まるで、眠りにつくように……。



「ん……」


 移動を開始してから数十分後。そろそろ木を避けるのがめんどくさくなってきてなぎ倒していきたいとか思い始めたころに、俺の手の中にいた竹原さんから小さな呻き声が聞こえた。普通ならば気づけないような音量だったが、色々とハイスペックになっている今の俺には問題なく聞き取る事ができる。


「あれ……」


 うっすらと目を開け、周囲の様子を確認しようとし始める竹原さん。それをちらっと見た俺は、あえて気づかないフリをして前進を続ける。ここで下手に俺が動けば、逆に相手に更なる警戒心を抱かせてしまう危険性がある。……最も、既に俺に対する恐怖心はマックスだろうから意味があるとも思えないけど。


「そっか……ありがと、怪物さん」


 彼女の口から飛び出した予想だにしなかった言葉に、思わず尻尾の力を緩めてしまい男を落としかける俺。慌てて力を入れ直すと男が苦しそうな声を出して再びガックリとうなだれたが、そんな事はどうでもいい。え……? 俺の脳内シュミレーションでは、絶叫して暴れるとか、声無き叫びを上げた後に再び気絶するとか、とにかくマイナスな方向でしか想定していなかったのだが……。いや、普通そうでしょう? あんな経験をして、その原因の怪物、もとい俺にありがとうなどと言うなんて、誰が想定できる?


 内心同様しまくっている俺をおいてけぼりに、何故か彼女はこの一週間あった事をゆっくりと話し始めた。下校途中に、変なものを香がされて気絶してしまった事。気がついたら部屋に閉じこめられて、毎日舐めるような視線で見られた事。男の運んでくる食事には一切手を着けなかった事。そして、再びあの変なものを香がされてここまで運ばれてきた事……。何故彼女自身が怪物と呼ぶ俺にそんな事を話したのかはまるで見当がつかないが、多分誰かに聞いてもらいたかったんだろう。やがて話が後半に行くにつれ、弱々しい彼女の声は震え、鼻をすする音も混ざるようになっていった。


「怖かった……怖かったの……」


 とうとう泣き出してしまう竹原さん。その話をただ歩きながら聞いていた俺も、彼女がこの一週間味わった恐怖が痛いほどに伝わった。どうにかして慰めてあげたいところだが、一体どうするか……あ、そうだ。


 しゃがんだ俺は、手の上で寝かせていた竹原さんをそっと地面へ降ろす。俺の突然の動きに彼女は驚いたようだが、涙をぬぐいつつしっかりと立った。


 数歩下がって改めて彼女の顔をしっかりと見据える。さっき助けた時に見たときには恐怖に歪んでいたそれも、泣いていたため目が少し腫れてはいるものの女の子らしい可愛い顔へ戻っていた。俺に話をして全てを吐き出したおかげだろう。


「グルルル……」


 唸り声を上げながら赤い目で見つめても、怯える様子は全くない。これで、彼女が本当に俺の事を信用してくれているという事がよく分かった。何故こんなにも信用してくれているのか? ずっと怖い思いをさせてきたあの男をこらしめたから? いや、それだけではない気がする。大体、その程度の話で俺みたいなのに対する恐怖心がなくなるとも思えない。一体、この娘は……?


 ゆっくりと頭を下げ、彼女の前へと持っていく。相変わらず怯える様子のない竹原さんはキョトンとした顔をすると、小さな声で「撫でて……いいの?」と聞いてきた。無論、そのつもりである。赤い眼光を細め、肯定の意を首振りと鼻息で伝える。


 ゆっくりと鼻先へ延びてくる手。こうして、ある雑木林の中、一人の少女が骨竜の鼻先を撫でるという奇妙な構図ができあがった。


 優しく俺の鼻先を撫でる竹原さん。不本意ながら、気持ちいいですハイ。こんな見た目だが、視覚、聴覚、嗅覚と同様に触覚もしっかり機能しているのだ。この様子だと味覚もちゃんとありそうだが、こんなデカい口な上、顎の下に穴が開いてたり、そもそも食道や内蔵といった器官の無いこの状態でどうやって物を食うというのだろうか。もし食えるのならば人間時よりも繊細な味を楽しめそうだが、出来たら出来たでこの巨体では相当量食わないと満足できなさそうである。うん、食費がもったいない。やめておくとしよう。


「怪物さん、実はね、怪物さんが私の事を助けてくれたって事を教えてくれた人がいたの」


「グォウ?」


 再び彼女の口から発せられた爆弾発言に驚いた俺は、鳴き声に疑問形のイントネーションをつけて質問の意を伝える。教えてくれた人……? 当然だが、彼女が気絶してから今まで、彼女及び俺に近づく人間はいなかった。もしいたならば、俺の視覚、聴覚、嗅覚をフルに使った索敵網に引っかからないはずがないのである。第一、彼女はさっきまで気絶していたのだ。誰かと話ができるはずが……。


 その後彼女の話を聞いていくうちに、俺の頭はどんどん混乱していった。というのも、どうやら彼女が精神世界で何かと話をしたらしいのだ。


 精神世界というのは、俺がいつもスカルと話をしているあの真っ白空間の事だ。毎度おなじみのスカル解説を盛大に吹っ飛ばして簡単に言うと、個人の意識の中、という事になる。極希に自発的にこの精神世界へリンクできる人間がいる事にはいるらしいのだが、普通は外部から多量のエネルギーを使用してこじ開けなければ持ち主本人でも入る事ができない。上位竜の中でもトップクラスに位置するスカルが普段からしょっちゅう涼しい顔でこなしているからあまり実感が湧かないが、当の本人曰く元来エネルギー保有量の多い不死竜アンデッドドラゴンでも一度やればエネルギー切れをおこしてしばらく動けなくなるほど大量のエネルギーを消耗するらしいのだ。最も、俺とスカルの場合は魂の波長が非常に近いために普通より大分楽に開けられるらしいのだが、魂の波長が合う相手など一つの世界に一人いれば奇跡、というレベルの話なのでとても現実的ではないそうだ。いや、だから何で俺がその奇跡の一人なんだよ……。


 話を戻そう。竹原さんの話を聞くに、彼女の見た空間はその精神世界でまず間違いないだろう。竹原さんが自分の精神世界で何かと話をしたという事は、彼女が気絶していたあの間に凄まじい量のエネルギーを保有した何者かが彼女の精神世界の扉をこじ開けたという事になる。スカル達がいた異世界ならば、それだけのエネルギーを持つ存在が偶然その場にいた可能性がゼロとは言い切れないのかもしれないが、ここは魔法うんぬんとは無縁な“現代”なのである。即ち、それだけのエネルギーを保有し、自在に操れている生物がこの世界にも存在しているという事になるのだ。え、何それ怖い。


 そしてその何かは“聖樹”と名乗ったそうだ。……ん? 聖樹?


「ありがとう、怪物さん」


 すっかり落ち着いた様子の竹原さんは、その可愛らしい笑顔を向けてくれた。アニマル式セラピーは成功したみたいだな、良かった。最も、俺はただ撫でられて考え事してただけなんだけどね。


「さ、行こ?」


 ぴょんと跳ね、麓へ向けて歩き出す竹原さん。元気に振る舞おうとしているのはよく分かるのだが……俺の竜の目は誤魔化せない。


「え?」


 前足で彼女の行く先を制する。例え元気そうに振る舞っていたとしても、少なからず衰弱していた彼女の体はとうに悲鳴をあげていた。僅かな体のぶれや足のもつれなどからよく分かる。


 顔色を伺いつつ、そのまま体をそっとすくい上げる。さっきの撫で撫でのおかげか俺に対する恐怖心はさらに薄らいでいるようで、一切の抵抗をされなかった。……怯えられないのは嬉しいんだが、こんな怪物に触れられて怖がらない彼女の肝っ玉には全く恐れ入る。もしかすると、例の聖樹さんとやらが彼女の精神に何かしら細工をしたのかもしれないな。


 肩を回して、翼の付け根付近に竹原さんを乗せる。普通ならこんな現実離れした関節の動きはできないだろう。肉の無いホネホネボディーだから出来る芸当だ。


「わぁ……」


 感嘆の声を上げる竹原さん。その気持ちもよく分かる。どうも人というのは、何か動く物に乗ったりというのにちょっとした興奮を覚えるものなのだ。……俺は人じゃないけど。


「グオオオォォォ!」


 ありったけ押さえた咆哮を放つと、再び山を下り始めた。竹原さんも流石に子供のようにキャッキャ騒ぐような歳ではないが、とても楽しんでいる様子。この一週間の恐怖を忘れる、というのは難しい話かもしれないけれど、せめてでもこうして楽しい思いをして欲しいのだ。



「グルルルル……」


「あそこ?」


 ようやく民家が見える場所までやってきた俺達。申し訳ないが、俺がここより先へついていく事はできない。


 そっと背中から降ろすと、なにやら寂しそうな顔をする竹原さん。え、ちょ、勘弁してくださいよ……御両親が心配してますぞ? こんな出会ったばっかりのホネホネドラゴンに寂しいなんて感情抱いてもどうにもなりませんぜ?


「怪物さん、本当にありがとう。また、会えるかな……?」


 また死の臭いが原因で会うはめにはなりたくないですけどね。内心そう思いつつ、眼光を細めてゆっくりと首を縦に振る。自分がこの巨体のため感覚が狂うが、実は俺と彼女は同い年だ。何かと目下に見てしまった気がするが、まぁ仕方ないだろう。今度は、友達としてでも会いたいものだ。そんな事を考えながら、ゆっくりと数歩下がった。


 バサリ。


 翼を動かし、ゆっくりと上昇していく。巻き起こった風の音に混じって、竹原さんの微笑んだ口からさよならの言葉が小さく聞こえた。

神山君、ドラゴンとしての初仕事完了です。え? 間宮さん? あれは神山本人が原因の自業自得なんでノーカンです。


それとですが、活動報告にてスカルの絵を投稿させていただきました。下手糞ですが、イメージの参考程度にはなればいいかなーと。今後もキャラの絵を描いて投稿していきたいと思います。


次話では大きく物語が動きます。それではまたいずれ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ