第四話~死の臭い~
長らくお待たせしました~。え? そもそも待ってくれてる人がほぼいない? そんな事言わないでくださいよ……。
――あれ……? ここは、どこだ?
初めて竜化をしたその日の夜。ヘトヘトになって……はいなかったんだけれども、俺はスカルに会って色々聞くために早めに眠りについた、はずだったんだが、気がつくとそこは、いつもスカルのいる真っ白な空間ではなかった。目の前に広がっていたのは、荒野のような景色。実に久々の普通の夢か? とも思ったが、それにしては鮮明すぎる気がするし、見覚えのない場所の夢など見るものだろうか?
ここで、景色が少しずつ変化している事に気付いた。何かと思えば、どうやら俺は歩いていたらしい。
詳しく周りの様子を見ようとするが、首が回らない。いや、体全体が自分の思い通りに動かなかった。さっきから足の方にも意識を傾けているんだが、歩いているような感覚もない。
うーむ、これは、俺がこの場所にいるっていうより、映像を見ているという方が正しい気がするな。
《――――、――――?》
突如、隣から声が聞こえる。しかしその声にはテレビの砂嵐のような雑音ばかりが混じって、聞き取る事は出来なかった。
《あぁ、そうだ》
今度は極至近距離から、しかしさっきとは違ってはっきりと別の声が聞こえてきた。……あれ、この声、どっかで聞いた事があるような……。
《協力してくれるといいんだがな》
再び聞こえる聞き覚えのある声。……あ、この声もしかして……。
俺の頭の中に浮かんできたのは、ついこの間会ったばかりの奇妙な存在。立派な二本角を持った、赤い目を持つ黒モヤ……。そう、異世界から俺の体へ憑依してきたドラゴン、スカルだ。でもなんで?
《――――、――――――!》
雑音混じりの声が再び横から聞こえる。すると俺(?)の頭が、その声のする方を向いた。勿論、俺の意志で動かしてはいない。
そこには、一匹の生物がいた……のだが、どうも靄がかかったみたいによく見えない。例えるなら、人の顔が思い出せない時の感覚に似ている気がする。とりあえず、大きさは自分よりかなり小さいという事と、この雑音混じりの声の主はこれであるという事だけは分かった。
《――――!》
勢い込んで何かを言ってくる。一体何を言ってるんだろ……?
《……そうだな。ありがとう、――》
スカルの声が再び響く。しかし今度は、最後の最後に雑音が混ざってしまった。多分、名前を言ったんだと思う。
この時点で俺は、一つの仮説を立てていた。先ほどからのスカルの受け答えやこの生物の反応を見るに、どうやらこの二人は会話をしているようだ。そして俺の見ているこれ、もしかするとスカルの記憶か何かなんじゃないだろうか? よくよく考えれば妙に視点が高い気がするし、歩くたびの揺れも大きい。これがドラゴン姿のスカルの記憶なのだとしたら、それらの合点がいくんだが……。
その瞬間、まるで風に吹かれて飛ばされてしまうかのように、荒野の景色は消え去ってしまった。その代わりに現れたのは、あの白い空間。当然そこには、魂姿のスカルがいた。
《おぉ、我が主、待っていたぞ》
あぁ、赤い光の目が見あたらないと思ったら、後ろを向いていたのか。振り向いたスカルを見て、そんなどうでもいい事を考える。
「スカル、さっきのは……?」
《さっきの、とは?》
……どうやらあの記憶みたいなのは、少なくともスカルが意図してやった事ではないようだ。
「あ、うぅん。ここに来る前にちょっと夢を見てさ」
《……夢、であるか?》
何やら少し考え込むスカルだったが、すぐに向き直って《そうか》と言った。何か心当たりがあったのかもしれないが、彼が言わないのなら俺もわざわざ追求する事はないだろう。
《竜化を早速試されたようだな。どうであったか?》
「危うく人に見られるところでしたよ……」
人、というのは勿論、間宮さんの事だ。
「あ、そうそうスカル、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
《うむ、何なりと》
かくして俺は、スカルに色々と教えてもらっていったのだった……。
◆
「……」
翌朝。初めての飛行をしたこともあって意気揚々と眠りについたはずの俺は、凄まじい疲労感に襲われつつ体を起こした。鏡を見ると、まるで死んだ魚のような目の下には巨大な隈までできている。普通寝たら元気になるもんでしょ……逆だよ、逆。
夢の中でスカルから色々な説明を受けたんだが、マジで死ぬかと思った。色々な事の細かい特性とかだけじゃなく、その起源やら何やらまで解説、さらにはコラム的に関連性のある話までしだす始末。時間は分からなかったが、体感時間では軽く四時間は越えていたと思う。夢の中であって既に寝ているために居眠りする事も許されず、まさに地獄だった。もうわかったよ、大丈夫だよ! という言葉が喉元まで何度も出かかったのだが、真面目に解説してくれているスカルを見ているとどうしても言い出せなかった。何より、説明を頼んだのはこちらなのだ。文句を言える立場でもない。
うん、やっぱり、この物語の解説役はスカルにするべきではない。妖精でも小動物でも第一ヒロイン様でもなくていいから、せめて簡潔な解説をしてくれるお方、どこかにいらっしゃいませんか……。などと朝食のサンマの塩焼きに相談してみたところで解決するわけもなく。
「うっし、今日も一日がんばろ!」
今日は日曜日なので学校は休みなのだが、瀕死になりながらもスカルから聞いた事を色々と試すのにこの一日を費やしたいと思う。説明そのものはかなりキツかったが、内容は結構興味深いものもあったのだ。
着替えを終えると、家のベランダへと出る。一人で暮らすにはあまりにも広すぎる二階建てのこの家の、これまた広すぎるベランダ。まだ両親が一緒に暮らしていた時は母さんの趣味のガーデニングで賑やかだったんだけど、流石にあれほどの数の植物を学生である俺が全て管理できるはずもなく、今では母さんの一番好きだったバラの木が一本、ちんまりと置いてあるのみだ。
早朝の清々しい空気を胸一杯に吸い込む。そうしてリフレッシュするのと同時に、俺は嗅覚に神経を尖らせた。
「……あった」
微かに、腐肉のような臭いがするのが感じられた。昨日間宮さんからしたあの臭いだ。まさか早々に見つけられるとは思わなかったが……。
「大丈夫大丈夫……」
柵から身をのりだして人がいない事を確認したあと後ろへ下がり、深呼吸をして心を落ち着かせる。二階だから命に別状はないとは思うが、失敗した時の事を考えるとどうしても緊張してしまう。そして心拍数が落ち着いたタイミングで、俺は全力でベランダの柵へ向けて走った。
広いとはいえ、ベランダの奥行きは精々6メートル程度。最高速度に到達するまでもなく、一瞬で柵へと到達した。しかし俺はそこで止まる事なく、柵を蹴って思い切り外へジャンプ。それと同時に、竜化を行った。
結果は成功、俺は見事ドラゴンの姿で朝の空へと羽ばたいた。
こんなカッコイイ事ができる事に感動しつつ、急いで一気に上昇する。早朝で人が少ないとはいえ、やっぱり見られていないかどうか不安だしな。
雲と同じくらいの高さに到達した俺は、改めて大きく空気を吸い込み、あの臭いを確認する。……うん、やっぱりこの姿の方が、正確な方向やら何やらがよく分かるな。早速行ってみるとするか。
臭いのする方向へと移動する間、俺は昨夜スカルから受けた説明の一つを思い出していた。即ち、この臭いについての説明である。
どういう経緯か、今異世界の人間達の間で流行っているスイーツについての話を聞いた後に受けたその説明によると、まぁ早い話人が死ぬ場所から発せられる臭い、通称“死の臭い”を、不死竜である俺は感知できるらしい。実際には臭いではなく特殊な波長だとか、もっと原理やら何やらを細かく説明してくれたんだけど、ぶっちゃけ俺の理解できるような内容ではなかったのでスルーした。
さて、さっきの“人が死ぬ場所”というのの定義なんだが、これは“このまま異世界からの干渉なく世界が進行した場合”に人が死ぬ場所の事を言うらしい。要するに、これは世界が出した予測なわけだ。故に、この世界の人間やら何やらがどんなに頑張ったところで、これを覆す事はできない。何故なら、この予測はそれも全て見越して計算に入れて出されたものだからだ。
と、そこで俺の出番である。スカルは異世界からの来訪者であるから、その力を受け継ぐ俺はさっきの定義での“異世界からの干渉”に当たる。即ち、これを覆し、この予測で死ぬはずだった人を救う事が可能なのだ。昨日、俺が間宮さんを空中キャッチした瞬間に死の臭いが消えたのも、この原理である。
世界ですら予測できない事をするだなんて凄まじく中二心を擽られるが、実際人の命がかかっているのだからふざけていられるような話でもない。俺は大まじめだ。
そうこう考えているうちに、俺は結構な距離を飛んでいたらしい。大きな山が見えてきた。移動スピードどんだけだよ……。
麓に町だか村みたいなのが見えるが、どうやら臭源はあの山の中らしい。良かった、人が多い場所だと俺が出て行きにくいからどうしようかと思っていたけれど、山奥の森の中なら問題なさそうだ……とか油断していると、また昨日みたいな事になるかもしれないな、注意は払っておくとしよう。
ある程度山に接近したところで、再び嗅覚に意識を集中する。近づいた事でさっきとは比べものにならないほどに強くなっている死の臭いは、山の中腹、大きな杉の木が立っているあたりからだという事が分かった。
木が邪魔をしてよく見えないが、どうやらまだ人はいないようだ。なら今のうちに地上へ降りてしまおう。どうなるか分からないし、よく見えないこの場所でじっとしているのよりは近くで状況を確認できた方がいいだろうからね。
「グォウ(よっと)」
木々の間に丁度良い感じの隙間があったので、そこに降り立つ。地響きでも起こしてはマズイので、注意してそっと着地した。
上空からだと枝が茂りまくっていてよく分からなかったが、降りてみると想像以上に木と木の隙間が開いていて、ドラゴン姿の俺でも十分に歩けそうだった。木についている払った枝の痕や、地面に残っている間伐された切り株を見るに、しっかり人の手で手入れされているようだ。
ゆっくりと森の中を歩き、臭源へと向かう。突然の化け物襲来にたまげて逃げていく動物達。すまんね、ちょっとお邪魔してるよ……。
昨日の大咆哮事件で懲りている俺は、できるかぎり彼らの刺激をしないように歩を進める。
「……グググッ(この辺りか)」
見つけた、あの大杉だ。上からでも相当大きい事は分かったが、下から見るとさらに圧巻だ。幹には大きな注連縄が巻かれている。御神木様でしたか。
一度人間の姿に戻り、近くにあった木の陰に隠れる。臭いの感じからして、恐らくあと10分以内にここで人が死ぬ事になるはずだ。それを阻止するためにも、あんな目立つ姿でいるのは望ましくない。ああいうのはここぞっていうタイミングで使う物なのだ。
やがて、一人の男が、大きな麻袋を担いでやってきた。
◆
「畜生っ、サツの奴ら、もうこんなに情報集めてやがる……」
部屋の外から、男の苛立った声が聞こえる。私はその声に怯え、部屋の隅へ縮こまった。
そう、あれは一週間前のこと。私はいつものように学校から帰る途中、後ろから突然飛びかかられて、ハンカチを顔に押しつけられて気絶してしまった。そして気がついた時には、既にこの部屋にいた。机やベッドが小ぎれいにおいてあって、何だか妙に不気味な部屋だった。
目が覚めてしばらくすると、一人の男が入ってきた。その男は私を見ると、食事を置いて出ていった。私を見たときの舐めるようないやらしい目に、全身に鳥肌が立った。
当然、男に出された食事には一切手を出さなかった。一日三回、必ず決まった時間に男はやってきて、その手をつけられていない皿を見て怪訝そうな顔をし、私をあの目で見た後に新しい食事を置いていった。私はただ、部屋の隅で怯えているだけだった。
そうして一週間。私が口にしたのは、僅かな水だけ。食事には一切手を出さなかったから、明らかに体は弱っていた。
男の方も、日が経つにつれて暗く、怯えているような顔になっていった。たまに部屋の外から漏れだしてくるテレビの音から、私が行方不明として捜索されている事は知っていた。多分、男はいつ捕まるんじゃないかと思っていたんだと思う。
そして今日。
朝、突然部屋のドアが音を立てて大きく開け放たれ、切羽詰まった顔をした男が入ってきた。
驚いて部屋の隅へ体を寄せる私を見た男は大股で歩いてきて、あの時と同じように、私はハンカチで気絶させられてしまった。
意識を取り戻した私は、何か袋のようなものに押し込められていた。エンジンの音から、ここが車のトランクの中だという事が分かった。やがて車の揺れが収まり、エンジンの音が止まると、私は袋ごとトランクから出され、どこかへ運ばれていった。
どれくらいの時間運ばれていただろうか。やがて私は地面に下ろされると、袋から引っ張り出された。
そこは、深い森の中だった。勿論、こんな場所には来たこともない。
後ろには注連縄が巻かれた凄く大きな木。そして正面には、出刃包丁を持ったあの男がいた。
鼻息を荒げ、出刃包丁を構えた男は、ゆっくりとこっちへ歩み寄ってくる。
「お前を殺す」
いやだ。
「お前を殺したら、俺も死ぬ」
いやだ、いやだ。
「そしたら、またあの世で一緒に……」
いやだ、いやだいやだいやだ! まだ死にたくない! 私にはまだ、やりたい事が沢山ある、好きな人もいる! 誰か……助けて!
「グオオオオオォォォォォ!」
まさに男が私へ飛びかかろうとした瞬間、もの凄い鳴き声が、すぐ側から聞こえた。
◆
いやー危なかった。あと一歩遅かったら、あの男の持っている出刃包丁が女の子にブッスリいくところだった。
双方、竜化した俺の咆哮を聞いて相当びっくりしたようだ。男に至っては包丁を取り落としてしりもちをついている。これでもかなり押さえたんだけど……。まぁ、昨日のよりは大分マシな方か。多分麓の村までは届いていないだろう。
状況が飲み込めず唖然とした顔でこちらを見てくる少女の顔を改めてよく見る。……うん、間違いない。最近テレビを騒がせている誘拐事件の被害者、竹原舞さんだ。確か行方不明になってから一週間くらい経っていたと思うが、テレビに映っていた誘拐される数日前に撮られた写真より大分やつれているように見える。食事をとっていないのか?
「う、うわぁあ!?」
「きゃあぁ!?」
一拍遅れて、二人が悲鳴を上げる。……まぁ、そりゃそうだろうよ。こんな化け物がいきなり現れてビビらないとかあり得ないでしょうよ。
ゆっくりとした足取り――とはいっても一歩が大きいので結構早いんだが――で、二人の元へ近づく。
「ひ、ひいぃ!」
男が這うようにその場から逃げようとする。竹原さんの方はひきつった顔のまま御神木にはりついている。腰が抜けてしまったか? それは悪い事をしたな……。まぁ、あの男に殺されなかっただけマシだと思って頂きたい。
男はとうとう立ち上がり、走って逃げ出した。だがまぁ勿論、逃がすつもりは毛頭ない。
「グォゥッ(よっと)」
ジャンプし、翼を使って180度方向転換しつつ男の行こうとする先へズドンと着地する。この御神木の近くにはあんまり木が多くないからこそできた芸当である。
「あ……あ……」
再びしりもちをついた男は、俺の赤い瞳に睨みつけられガタガタと震え出す。
「グオオオオオォォォォォ!」
こうやまは、だいほうこうをつかった! こうかはばつぐんだ!
こんな感じに脳内で某ポケットなモンスターの引用をしたくなるほど、この至近距離咆哮は効いた。大口を開いて眼前で放った咆哮により、男は泡を吹いて気絶したのだ。これ、ブレーキ無しでやってたらどうなってたんだろ……想像するのも恐ろしい。
さて、この小汚い犯罪者は置いといてっと。俺は改めて、御神木に張り付いている竹内さんへと目をやる。やはり怯えきっているようだ。まぁ、当然だな。
「い、嫌……」
うーむ……。誤解を受けたままな事に関しては、ダイヤメンタルな俺には何の問題もないのだが……。このまま放置するというのは少し考えづらい選択肢だ。一週間も食事をとってないとすると、この山を彼女一人で降りるっていうのは難しいと思うし、もう既に死の臭いは周囲から消えているとはいえ、動物に襲われたりして怪我をする可能性も否定できない。折角助けたのだ、最後まで送り届けるのが妥当だろう。
まだシリアスが続くと言うのか(白目)
ヒロイン……せめてヒロインを一刻も早く出さねば……。