第三話~神~
久々の投稿です。それでは、どうぞ!
「はあっ、はあっ、はあっ……」
間宮涼子は今、一心不乱に走っていた。目指す場所は、先ほど聞こえた轟音……謎の大咆哮の発生源である。
(あれは確かに、なにか生物の声だった……。でも、あんな大声量で咆えられる生物なんて、私は聞いたことも見たこともない……)
間宮は昔から知識に対して非常に貪欲であり、とりわけ生物に関しては、生物学者仲間からも“歩く生物辞典”と呼ばれるほどの知識を蓄えていた。そんな彼女の知らぬ生物など、精々ツチノコやイエティといったUMAくらいのものだろう。そして、あんな大咆哮を発せられるような生物は、そんな彼女の“生物学者としての”辞書には存在しなかったのだ。
そして彼女は今、“竜神教の一信者として”、生物学の知識として学ぶ事はまずないであろう、ある生物の姿を思い出していた。それは、現実主義であるがために仏も神も信じなかった彼女が、唯一信じた信仰対象。神話や伝説には必要不可欠な、あの“幻獣”……。
「竜様っ……!」
その時……彼女の体を、突如浮遊感が襲った。
◆
――こちらAD-1、現在対象を追跡中です。
――こちら指令本部、確認した。見失わないよう、レーダーにしっかり気を配れ。
――こちらAD-1、了解しました。引き続き追跡を行います……。
AD-1こと俺は、対象である臭いの発生源を、嗅覚という名のレーダーを使って追跡していた。……ごっこ遊びなんて、15歳の学生がやるようなモンじゃないよね。初めての飛行に、テンションが上がりまくっているようだ。
さて、おふざけはこのくらいにして、そろそろ臭源につくころだと思うんだが……。というのも、その方向へ向かうにつれて強くなっていく臭いを嗅いでいるうちに、なんとなく臭源との距離が分かるようになってきたっぽいのだ。よくよく考えてみれば臭いの方向が分かるってのもおかしい話だし、やっぱりこれは特有の能力か何かみたいだな。って、ん?
ここで俺は、自分の前方斜め右下に、人の姿を見つけた。まだ結構距離はあったのだが、俺のハイスペックになった目は、その人を鮮明に捕らえた。20代前半くらいの、若い女性である。いかにも理系! って感じのメガネをかけていて、かなりキレイな人なんだが、なにやら必死の形相で走っている。
その時、ホバリングをしながら何やってるんだろうなーとか考えていた俺の脳裏を、あるイヤーな考えがよぎった。彼女が走っていくのは、ちょうど俺が飛んできた方向。即ち、俺が竜化した場所へ向かって真っ直ぐ向かっている事になる。そして本当にそこへ向かっているのだとすると、その理由として考えられるのは……。
「グオォウ?(俺の咆哮じゃね?)」
……これはやっちまった感じですかねぇ? 仮にあの人が俺の咆哮を聞いてあっちに向かってるのだとすると、もし俺がバラバラになったままだったら確実に見つかっていたという事になる。森の動物達のナイスリアクションのおかげで、あの声を人が聞いていたなんて思考に至っていなかった……危ない危ない。
あーでも、丁度あの人の進行方向に崖があるからどの道来れないか。……え、崖?
あの人は今、ただただ前を見て必死に走っているように見える。そしてあの崖は、森を抜けた直後にいきなり切り立っているのだ。正直、あの人があのまま突っ走ってもあの崖に気づかないだろう。即ちあの人はもうすぐ……。
ひゅううぅぅ……
「グオアァア!?(やっぱ落ちたぁあ!?)」
つい声を出すのと同時に、俺は反射的に全力で降下を初めていた。あの人が落下し初めてからのラグがほぼ無かった事を考えるに、俺の神経や脳も大分ハイスペックになっているようである。……そんなものがあるようには見えないけど。
まぁという事で、現在絶賛降下中な訳ですが……。
「ゴワァァァ!(怖ぇぇぇ!)」
俺が飛んでいたのはざっと高度100メートルといったところ。そんな所から一気に、しかも翼を使う事で自由落下なんかよりも遙かに早いスピードで降下している訳だから、その恐怖感はジェットコースターも真っ青だ。しかもこれは、遊園地のように安全など保証されていないのである。
そんな恐怖感にどうにか耐えて崖の所までたどり着くと、翼を広げてパラシュートのように一気に失速する。
グン! と強い衝撃が背中に加わるが、今度は最初から骨格をガッチリ組むようにイメージしておいたために再びバラバラになるような事は無かった。
内心上手くいった事にガッツポーズをしつつ、飛行速度を落下していく女性に合わせ、できる限り衝撃を無くすように受け止めたのだった。
◆
ブオン、ブオン……
大きな風の音をたてて、俺は森の外れの広場へと降り立った。ここならこの人の目が覚めても、すぐに人のいる所に出られるだろう。
どうやらこの人、崖から落下した時のショックで気絶してしまったらしい。まだ力加減がイマイチ分からないから、捕まえた時に間違って殺してしまったのではないかと思ってヒヤヒヤした。一安心である。俺の姿を見ていなければいいんだけど……。
女性をそっと草の上に寝かせると、人間の姿に戻るのを試みた。やり方はおおよそ見当がついている。
俺は落ち着いて、自分が人間の姿へ戻る所をイメージした。すると案の定、体を黒い霧が包み、あっという間に人間の姿へと戻った。……よし、服も着ているな。ご都合主義、万歳。
さて、無事に戻れた事だし、この人が起きるまでの間、気になっていた事を考察してみようと思う。即ち、先程から俺が追いかけていた臭いの事だ。
実はこの人を上空で発見した時点で気づいていたのだが、俺の追いかけていた臭いの発生源は、恐らくこの人だ。恐らく、というのも、、現在はその臭いが消えているのだ。
さっきは色々慌てていたから気づいていなかったが、この臭いが消えたのは確か、俺が華麗な空中キャッチを披露したタイミングだった。……誰に披露したのか? 知るかそんなもん。
即ち、俺が触れると同時に、この人からあの妙な臭いが消え去ったという事。やはりあの臭いは、ドラゴンとなった俺が何かしら関係していると見て間違いないだろう。夢でスカルに聞く事が一つ増えたな。
「う、うぅん……」
丁度考察を終えたタイミングで、あの人も目が覚めたようだ。人間の姿に戻った俺の格好が人に見せられないようなものだった時の配慮としてここまで運んできたのだが、左腕の包帯も服と一緒に戻ってきたし、接触しても大丈夫だろう。
「大丈夫ですか?」
「んん……はぇっ! りゅ、竜様!」
……え、今、この人何て言った?
「あ、あれ……。ここは?」
「あ、えっと、どうも。あなたがここで倒れてたんで、心配になって来たんですが……大丈夫そうですね、良かった」
……うん、きっとさっきのは聞き間違いだ。あるいは妙な夢でもみていたんだろう、そうに違いない。
「そう……」
一瞬、何やら思い詰めたような、悩んでいるような顔をしたように見えたが、直後に笑顔でありがとうと言ってきた。少し気になるが、聞くのは野暮というものだろう。
「俺、今から山降りますけど……。どうします?」
「あ、うん。それじゃあ、一緒に失礼しようかな」
山を降りる――とはいっても、既に山の麓にだいぶ近い所ではあったが――途中、この間宮涼子さんという女性といくつか話をした。曰く、彼女はいわゆる生物学者で、一時期獣医もやっていた事もあるのだとか。ちょっとは有名なのよ? と自慢してくる間宮さんだったが、その顔は何やら悲しそうに見えた。
何故この山へ来たのかと聞くと、一瞬躊躇った後に要所要所をぼかして話してくれた。なんでも、幼馴染がバカやって色々大変な事になってしまい、どうするべきか考えるのに、ここが丁度いいと思ったからだそうだ。あの全力疾走の件も聞こうと思ったのだが、よくよく考えたら俺は気絶して倒れていた間宮さんを見かけた、という設定であって、あの全力疾走は見ていない事になる。危ない危ない、ボロが出る所だった……。
「神山君は、どうしてここに?」
「ちょっと景色を見に。俺、小さい頃からここが好きで、よく遊びに来てたんです」
景色を見に来たというのは嘘だが、小さい頃からよく来ていたというのは本当だ。あの湖で釣りをしたり、ジンとかくれんぼをして迷子になったのはいい思い出である。
「ねぇ、神山君。君って、幻獣とかって信じる? 例えば……ドラゴンとか」
……え?
「……あ、うぅん。ゴメン、忘れて」
いやいやいやいやいや、今の発言は忘れようにも忘れられないでしょうて! 今この人の口から飛び出した言葉、俺との関係性の高さが異常である。まさか……見られたのか!?
れ、冷静になれ、COOLになるんだ俺! ……よし、大丈夫だ。
仮にドラゴン形態の俺を間宮さんが見ていたとして、先程俺に聞いてきた時の表情や、質問を取り消した事などから察するに、本人もとても信じられない、という想いなのだろう。彼女は見たところ聡明な生物学者に見えるし、幻獣の存在には本来否定的なはずだ。何より、見るタイミングといったら崖から落下している時ぐらいのものだから、死ぬ間際に見た幻覚と処理してしまえばそれまでである。
「……幻獣とかって、信じる人がいれば存在できるんじゃないですか?」
え、と言いつつこちらを振り向く間宮さん。
「確かにドラゴンとかは想像上の産物ですけど、それは神や仏と同じじゃないですか。でも、それが例え想像上のものだったとしても、それを信仰している人にとってはちゃんと心のより所になってる。この時点で、これにはれっきとした価値があるって事です。価値っていうのは存在している物にしかないですから、結果としてそれは存在している事になる。なんかややこしいかもしれないですけど、これが俺の自論です」
俺の話を聞くにつれどんどんと目を見開いてこっちを見てくる間宮さん。何かあのまんま会話切るのも何か気持ち悪かったんで、適当にそれっぽい事を言ったのだが……何かまずかったか?
「そう……そうだよね。うん、そうだよ! ありがとう、神山君」
うん、うんと嬉しそうに頷く間宮さん。その目には、先ほどの悩みの曇りはないように見えた。……何か勘違いしている気がするが、俺の発言で彼女の中で解決した事があったのならばなによりである。
「さて、と。もう山を出ますよ」
生い茂っていた木々の間を抜けると、そこには普通の町並みが広がっている。ここは美しい自然と人の住む街が共存する、そんな不思議な場所だ。
「神山君、今日は本当にありがとう。それじゃあね」
「はい、さようなら。また会えればいいですね」
かくして、ちょっと不思議な生物学者、間宮涼子さんと俺の出会いは、それぞれの家へと帰る事で幕を閉じた。
◆
不思議な体験をした……。
私は確かにあの時、崖から落ちたはずだった。あの崖は凄く高かったし、真下は岩場で、あそこから落ちたら間違いなくあの世行きだったと思う。しかし、気がつけば私は、柔らかい草の上に横たわっていたんだ。しかも、死ぬどころか目立った怪我すらもなかった。
そこには一人の少年がいて、私が倒れていたので心配して駆けつけたと言った。しかもこの場所は、山の麓付近で、少し降りればすぐに街へ戻れる場所だと言う。私はあんなにも山を登っていたというのに……。
そして私は、この奇妙な出来事と、その前に起こったもう一つの奇妙な出来事を結びつけた。
(まさか……竜様?)
どう考えてもその思考に至るのは無理があったはず。けれども私には、それ以外の可能性が思い浮かばなかった。
そして、この神山条一郎君という少年と一緒に話をしながら山を降りる間、ずっと竜様の事が頭から離れなかった。
一体いつごろからだっただろう。最初は単に活動が素晴らしいからと入った竜神教だったけれど、気付けばその妙な魅力に惹かれていっていた。罠なのではないかとしらべてみたりしたけれど、どんなに調べてもこの宗教は竜神の名の下にボランティア活動をひたすらやるという善良な宗教でしかなかった。それに安心した私は、どんどんとこの宗教に入り込み、いつしか竜神の存在を信じるようにすらなっていた。今までの私なら考えられない話だ。
そんな私だから、私の理解を超える不思議な現象は竜様がやっている事なのではないかと思う事がたまにあった。それでも、今回のような確信を得られた事はない。
暫くその事で頭を巡らせているうちに、ふと竜の事について他の人はどう思っているのかと気になり、隣の少年、神山君を見た。
そして私が彼に聞いたのは、竜の存在を信じるか、というもの。それを聞いた瞬間、彼は目を丸くし、それを見た私もはっとした。
私はついさっき、生物学者だと名乗ったばかりだ。本来生物学者というのは幻獣等といった物に対して否定的な事が多い。現に私も、竜神教へ入る前は幻獣なんて信じていなかった。そんな私がドラゴンなんていうファンタジックな物の存在について考えているのは、端からは奇妙に見えてしまう。
でも神山君は、とっても興味深い事を言ってくれた。“信じている物には価値があり、価値がある物は存在する。だから、信じている物は存在している”。
多分彼は、この世に物質的に存在する事じゃなくて、概念的な話をしたんだと思う。それでも今の私には、その言葉はとても衝撃的だったんだ。
そして私達は山を降り、それぞれの家へと帰っていった。……また会えるだろうか。私は、なんだか彼に不思議な物を感じていた。他の人間とは何かが違う気がしたんだ。
名刺を渡そうかとも思ったけど、これだけの縁で連絡先を渡すのも変だと思い、止めておいた。そんな事をしなくても、いずれまた会える気がしたから……。
あれ、おかしいな、シリアスばっかり続いてるぞ……? この小説はコメディ要素満載のはずなのに……。
メインキャラ達が出てきたらコメディ色が強くなりますので、宜しくお願いします。