Winter love is bitter
礼奈と瑠美の過去を描いた話です。
どこから読んでもいいスタンスでやってきましたが、ここだけは他を読んでから読んでいただきたい。あしからず。
目を覚ました私の視界に入り込んで来たのは、いつも通りの天井といつも通りの窓から射す太陽の光。
起き上がると、冬の厳しい寒さが私を襲った。堪らず、もう一度布団にくるまってしまった。
「うぅ……寒い。布団と生涯を共にしたい」
しかし、私は今を生きる女子中学生ーーにしては少し地味ではあるが。布団と共に登校するなど言語道断。
いや、布団にくるまって登校するというのは新たな冬のトレンドになったりするのでは、などと思考を回してみる。
こんな私らしくないことを考えてしまうのも、冬の寒さが脳を凍らせてしまっているからだろう。
布団に辛く悲しい別れを告げて、部屋を出ようとしたその時、私を呼ぶ声。
「瑠美! もう礼奈ちゃん来てるわよ!」
そう、私の名前は瀬尾瑠美。私の名を呼んだのは、私のお母様である。
そして、お母様の声に混ざっていたもう一つの名前、礼奈とはーー
「えっ? 礼奈?」
今聞くような名前でない筈の名前。確認のために時計を見ると、既に登校する時間である。
「そ、そんな……アラームは!?」
朝は携帯のアラームで起きるようにしている。その携帯を点けてみると、電源が切れている。
なにから手を付けていいかわからずに、とりあえず私は部屋の窓を全開にした。
冬の冷たすぎる風が頬を打つ。今すぐにでも閉めてしまいたいが、開けた理由がちゃんとある。
「お、おはよー礼奈!」
私の部屋の窓から見下ろすと、そこは家の玄関前。
そして、そこに一人立ち尽くす金髪の少女が一人。
彼女が、先程から話題に出ている礼奈ーー城ヶ崎礼奈である。
「おーう! おっはよ、瑠美! くまさんパジャマかわいいじゃん!」
言われて気づいた。私の着ている寝巻きはどこまでも子供っぽいくまさんパジャマだったことに。恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じたが、そんなことをしている場合ではない。
「く、くまさんは別にいいでしょ! 私起きたばっかだから、も少し待っててもらっていいかな……?」
「いーよ、あたしは。あと、くまさんはいい趣味してると思う!」
楽しそうに笑う礼奈を尻目に、私は身支度を始めた。
いつもの何倍もの早さで事を済ませ、着替えのために部屋に戻るとーー礼奈が居た。
「礼奈!? なんで!?」
「外寒いからーって瑠美ママが入れてくれたから、瑠美の身支度鑑賞しに来ちゃった♡」
「もう……まあ、待たせてるのは私だからいいんだけど」
じっとこちらを見据える礼奈を尻目に、私は着替えを始めた。
「あー、くまさんパジャマ、もったいない」
「パジャマじゃ学校行けないでしょ」
さっさと寝巻きを脱ぎ捨て、下着を身につけ始める。こんな姿を礼奈に晒すのは恥ずかしいので、急いで身につけているのだがーー
「むー、あたしよりちっこいくせに、いい身体しちゃってまぁ」
案の定、コメントが飛んで来た。
「そんなことないよー。礼奈は脚長いし、えっと……」
「そこで言葉探し始めちゃうのは結構酷いんじゃないかね……」
そうは言われても、人の身体をじっくりと見ることなど中々無い。褒めどころなどすぐには見つからないのだ。
「ご、ごめん……」
「いーや、謝らなくてもいいよ。代わりに、今即席で見つけた瑠美の身体の魅力を語ってあげるから聞きなさい」
これには私も聞き耳を立てざるを得ない。礼奈から見た私のこと。聞かずして生きてはいけない。
「まずねー……あたしよりは確実におっきいおっぱい」
中々にストレートド直球な言い方には驚いてしまう。
「あとね、肌。すっごいスベスベしてそうだし……腋とか、指でスーッてしたい。していい?」
「や、ダメだよ……てか、今の間だけでどんだけ見てんの」
「いやぁ、その今の間は瑠美の裸しか見るもん無かったし。ってか、すっごい瑠美の匂いするねー……なんか久々だ。瑠美のことくんかくんかする機会があるわけでもなかったしね」
私の匂い。なんだかエロティックな表現だ。
しかし、こんなことでエロを感じてるのは、私だけだろう。そんなところまで意識が回るのは、私の意思がそうさせるのだろう。
着替えを終えた私は、いつの間にやら私のベッドに寝転がっていた礼奈の両手を握って起き上がらせーー出来る限り礼奈と近い距離に顔を近づけた。
先程の礼奈が言う、くんかくんかという行為にあたること。礼奈の香りに、鼻孔を、感覚を酔わせる。
釈明しましょう。私は、この城ヶ崎礼奈という女の子に恋をしている。
けれど、それは到底叶うことのない理想なわけでーー
「よっし。行こっか!」
繋がれた私と礼奈の手。
暖かみを共有したまま、私たちは家を出た。
「あたしを待たせるなんていい度胸って言いたいとこだけど、年頃の女の子の柔肌を拝めたから良しとしてあげる」
「それだけで遅れていいなら、毎日拝ませてあげようかなぁ」
「日に日に色々と増えてくけど、それでもいいなら大歓迎!」
「うっ……遠慮しとこうかな」
そんな話を続けながら、私たちは凍りつくような冬の道を歩む。
「そいえばさ、あたしに勉強教えてくんない?」
それは、今までにない話だった。礼奈は、この手のことは全部自分でやるタイプで、人に頼ることはあまりないのだ。
「……珍しいね。どんな風の吹き回し?」
「別に、そろそろヤバイかなって思ったの。頼ることも覚えなきゃいけないかな……みたいな」
はっきりとは言えないのだけれど、今の礼奈には些細な違和感を感じた。少なくとも、いつもの礼奈とはなにか違う。
◇
放課後ーー
礼奈を私の家に招き、勉強会が始まった。
友達と勉強会なんてのは往々にして遊びほうけてしまうものだけれど、今日の私たちは真面目に勉強出来ていた。
少し時間が過ぎて、ゆったり休憩時間。私たちはベッドに座って、ぴったりくっついて過ごしていた。
「瑠美はあったかいなー」
「部屋があったかいからじゃない?」
「むー。そこは礼奈もあったかい♡とか言うもんじゃない?」
他愛もない話を続けて、また勉強に戻ろうかとなったとき、ふと私は思った。そして、それをすぐに口に出してしまった。
「礼奈はさ、志望校どこなの?」
問うと、礼奈は顔を逸らしてしまった。聞いてはまずいことだったのだろうか。
「あっ……い、言いたくないなら別に……」
「……瑠美と同じとこだよ」
私の目指す高校は、比較的優秀な人が集まってくるところだ。私の学力ならなんとかなると思うのだけれどーー正直言って、礼奈の学力では難しい。言っちゃ悪いが、無謀だ。
「どうして、そこを?」
「……それが、あたしのしたいことだから。それで失敗して落ちちゃったとしたら、それはそれで悔いはない」
「したいこと……それってーー」
瞬間、私の身体はベッドに仰向けになった。礼奈が私を押し倒したのだ。
嫌でも視線が合ってしまう。わずかな息遣いも感じ取れて、礼奈の手の震えも、はっきりと見えた。
「聞きたい?」
私は頷いた。
「今、聞きたい?」
もう一度、頷いた。
すると、礼奈は私の顔に顔をぐっと近づけてーー
「好きだよ」
心まで届く言葉が、私を貫いた。
今度は、礼奈が私の耳に口を近づけてささやいた。
「好き。大好き……あたしだけの瑠美」
耳元でささやかれるとこそばゆくて、顔がみるみる熱くなるのを感じた。なにか言いたい。でも、言葉が浮かんでこない。
「顔赤くして、かーわいい。可愛すぎて……めちゃくちゃにしたくなる……っ」
そして、私をぎゅっと抱き締めた。強く、強く、抱き締めた。
少しだけ嬉しくて、ちょっぴりだけ苦しくて、だけど、礼奈はとても辛そうでーー。
「今までずーっと一緒だった瑠美があたしの手の届かないとこに行っちゃうのが怖いから、だからあたしは無謀でもやるの。瑠美には言わない秘密の挑戦だったのに……言っちゃったなぁ」
礼奈の言葉が私の中に積もっていく。それは凄く重くて、凄く不安定。
この際私の気持ちはどうでもいい。どうしようもなくなってる礼奈の気持ちを、私が受け止めてあげないといけない。
こんなにも私のことを想ってくれた礼奈のためにーー
「……あれ、私……なんで」
いつの間にか、私の両目から涙が溢れた。
「あっ……な、泣かせちゃった。あたし最低だ……ごめんね。本当に、ごめん。嫌だよね、苦しいよね。でも……あたし……」
「待って」
止められずにはいられなかった。こんな礼奈は、これ以上見ていられない。私の好きな礼奈は、違うから。
「話すだけ話して勝手に傷つかないで。私の話も聞いて」
きょとんとした顔でこちらを見つめる礼奈。
私の話を聞いて、なんて言ってしまったけれど、なんと言っていいのか。
沈黙が続いて、視線を合わせられない。高鳴る鼓動と、回らない頭。今私が言うべきことはーー
「……好き」
か細い声しか出なかった。それでも、礼奈には届いていたようで、礼奈の顔はみるみる赤くなっていく。
「る、瑠美はなにが好ーー」
「ずっと、ずーっと好き。私の方が礼奈のこと好きだもん! だから……そんな悲しい顔しないでよ……」
「悲しい顔してんのは瑠美の方なんだけど……」
全部言い合ってしまった私たち。礼奈はどうだかわからないけれど、私はなんだか気が楽になった。
「……ぷふっ」
気が楽になったら、何故だか笑ってしまった。
それは礼奈も同じでーー私たちはこれまでのことも吹っ飛ばすくらいに笑い合った。それはもう盛大に。
「はぁーっ……勉強、再開しよっか」
「じゃあー瑠美には保健体育教えてもらおうかな。実践で!」
「なに言ってんの。礼奈は数学ダメダメなんだから、もっと頑張んないと!」
露骨に嫌そうな顔を見せた礼奈。こんな彼女を手懐けるには、こんなのでどうだろう。
「でも……数学ちゃんと出来たら、保健体育教えてあげようかな」
◇
冬は寒い。
そのおかげで木は枯れるは人は寒さで凍えるわと大変なことづくし。
それでもーー冬にだって、育つものはたくさんある。
冬に咲いた百合の花、また一つ。
<そして伝説へ>
本当はこの短編をもう少し膨らませた一本で礼奈と瑠美の話は終わるはずでした。でも看板娘みたいな創作娘たちが居たらなあってハロウィンに考えたときにこの娘らが適任だったわけです。
これからは今まで通りの日常系に戻るよ!