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おしまいと向き合う

「ん~~~~~~~」

 不満げな声が、ぐでりと寝転がる礼奈の口から漏れ出ていた。鳴り止んだかなと思えばまた鳴き始める。そんな土曜の昼下がり。

「お腹でもすいたの?」

「さっき食べたでしょうが!」

「まあ作ったの私だからね。どうかしたの?」

 とはいえ、そこまで心配はしていない。礼奈が本当に凹むときは口数が減ったり部屋の隅で動かなくなったりする。今もぐだっとしているけれど、床をころげまわっているのでまだマシな方だろう。

「……これ」

 礼奈の手にあるスマホには、ラジオアプリの画面が映っていた。私はもっぱらユーチューブで動画を垂れ流すタイプなので、こういうのとは縁がない。

「これが?」

「終わんの」

 表示された画面には、ブックマークを表すであろう星マークが煌々と輝いている。それと、どこかで観たことのある女性俳優の名前も。どうやら、彼女のラジオがお気に入りらしい。

「最終回ってこと?」

「第一回からず~~~~っと聴いてきて、二年。昨日の夜配信されたのがこれ」

「聴いたんだ」

「いーや、まだ」

 このラジオが配信された時間、礼奈は残業帰りの勢いで爆睡していた。リアタイはしていないはずで、今に至っている。どうやら、ラジオの終了が相当堪えているらしい。

「聴きたくならないの?」

「聴いたら終わるじゃん」

「随分繊細なこと言うねえ」

「……あたしをなんだと思ってる?」

 ずっと聴き続けてきたラジオの終わり。他のものに置き換えれば気持ちはわかりそうなものだけど、わたしと礼奈の気持ちは同じじゃない。おしまいに向かう意識も違うだろう。

「じゃあ私聴いてみるわ」

「あーずるい」

「聴くも聴かぬも私の勝手です~」

 パソコンの方で同じアプリを立ち上げてみて、俳優の名前で検索する。そういえばいつかにこの名前を聴かされた覚えがある。ついでにこの人が主演のドラマを観せられて、あんまり面白くなかった記憶も掘り出されてきた。礼奈には言わんとこう。

 再生ボタンを押すと、明るい女性の声が耳を突き抜けんばかりに飛び込んできた。あんまりにも勢いがあるのでちょっとみじろいでしまう。最終回でもこの元気はすごい。いや、意外とから元気だったりするのかも。

「どう? おもしろい?」

「自分で聴きなよ」

 いつもの流れっぽいおしゃべりの後に、これが最終回という話に移る。しんみりなのかと思ったら、今日もいつも通りでいきますよー! と勢いたっぷりにおたよりコーナーへ。これはなんというか……元気もらえそうだ。私はあんま聴かないかも。

「終わるとき特有の雰囲気ってあるよね。悲しげだったり、逆に爽やかだったり」

「え、今回そういう感じ?」

「はやく聴きなって」

「瑠美はどう向き合うの? ドラマとかアニメとかあたしより観るんだし、あたしよりたくさんおしまいを経験してるわけでしょ」

「そういうのは由加ちゃんに聞いた方が良さそうだけど。まあ……慣れたかなぁ。1クールごとに来たりするし」

 でも、礼奈の言うおしまいと、私の言うおしまいは違う。なんとなく垂れ流す1クール作品のおしまい。二年間ずっと聴き続けてきたラジオのおしまい。かけてきた時間や熱量が違う。

 たとえ1クールでも由加ちゃんのように熱を入れて観れば、二年分ぐらいの熱にまで行き着くのだろうか。やっぱり由加ちゃんに連絡してみようかな。

 そのとき、イヤホンから「おたよりネーム、れーなちゃん! いつもいつもありがとね~~!」という声が飛び出た。

「……おたよりネーム、れーなちゃん」

「読まれた!?」

 ガバリと礼奈が起き上がった。イヤホンを耳にぶっ挿して、スマホの画面をタップするか否かでンギギギギギと迷い続けている。ここで横から押したらどういう反応するんだろう。

 ふと、録画レコーダーにいくつか放置された最終回があるのを思い出した。何クールか前のドラマとアニメ。どっちも結構お気に入りだったはずなのに、そのままだ。

 あの時、きっと私はおしまいを恐れていた。そうして放置している内に、ドラマもアニメも新しいものが始まってしまう。編成期という新陳代謝のおかげでおしまいへの恐れを忘れて、次の番組に行っている。

 昔はこんな気持ち、なかった気がする。終わったら、また新しいものが来る。そういう当たり前を当たり前として受け入れて日々をやりくりしていた。

「いつかあたしたちにもおしまいが来るのかな」

 ぽつりと、礼奈が呟いた。イヤホンから流れるラジオは否応なく元気で、それを求める礼奈は珍しいくらいのしんみりを見せている。

「そりゃあ、死ぬからねえ。あ、一緒に死のうとか言わないでよ」

「だから、あたしをなんだと思ってんの。でも……もう想像できないなあ、瑠美がいない生活」

「わたしも。……片方だけになったら、自然と死んじゃうかもね。うさぎみたいに」

「寂しがりどうしなのかね」

「じゃなきゃ、子供のころからつるんでないよ」

 礼奈はいつもみたいに顔をほころばせると、スマホの画面をタップした。

 しかし、パーソナリティが元気すぎるという点を除けば結構おもしろいラジオだ。礼奈がこんなのを聴き続けていたなんて、知らなかった。

 ラジオというものにあまり縁がない生活をしてきたけど、こういうのを生活の一部にするのもアリかもしれない。きっとまた新しいおしまいがやって来るだろうけど、なにかを楽しみ始めるってことは、いつか来る終わりとワンセットなんだ。

「……とりあえず、録画番組を消化するか」

 礼奈にも色々見せてみよう。最終回から見聞きするのも、意外とおもしろいだろうから。


 〈おわりんこ〉

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