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缶コーヒーも美味しく 〈後編〉

 身を包むのは、おそろいのダッフルコート。色まで同じで、あからさまなペアルック。

 そして私たちは、意気揚々と冬の夜へ繰り出すのだった。そう、意気揚々と──

「さっむ!!!!!」

「寒いねー」

 家のドアを開けた瞬間、まさに身を切るような寒さといった具合の寒気が私たちに襲いかかった。先程までこたつに浸かりきっていた礼奈は、なおさら寒さを感じているに違いない。

「瑠美はなんか大丈夫そう」

「いや全然大丈夫じゃないし。あ、鍵閉めるのちょっと待って」

 礼奈を制して一旦部屋に戻った私は、必要そうなものを適当に見繕ってもう一度外に出る。

「いやー、冬ナメてたね」

 言いつつ、鍵を閉める礼奈に赤い手袋を手渡した。ちなみにこれはお揃いじゃなくて、私の手袋は雪のように白い。雪を思い浮かべると少しだけ寒さが増した気がして、私も年を取ったなあと悲しくなる。雪を嬉しく思わなくなったのはいつからだっけ。

「それはどうすんの?」

 礼奈が指摘するのは、私が手にしているマフラーだ。それも一つだけ。

「うん……その前に下降りちゃお。虫嫌だから」

 アパートの共用廊下を照らす電灯の光も、こんな夜にはどこか寒々しく見える。その周りには、小さな虫がちらほらと集っていた。虫的にはあれもあったかいんだろうか。

 階下に降りて、私は礼奈の首にマフラーをかけてあげる。もちろんかなり長さが余るので、残った分を私の首に巻きつける。二人巻きである。

「うおお、ラブラブっぽい」

「たまにはこういうことしないとね」

 というわけで改めて、冬の夜に繰り出すのだった。


「で、なんで夜になるの待ってから出かけたの?」

「あー、そうだった」

 礼奈に言われて思い出す。周囲を見回して、闇の中でも煌々と存在感を主張してくれる自動販売機を見かけた。あまりデザインがかっこよくないやつだけれど、まあ今日くらいはどうでもいいか。

「夜は寒い」

「ふむ」

「寒いときには、あったかいものがおいしい」

「ふむふむ」

「寒い中で飲めば、缶コーヒーだって美味しい」

「それドヤ顔で言うことじゃなくない?」

 ということで、私はブラックコーヒーを。礼奈はコーンポタージュを買った。飲み口から湯気が立ち上ると、やっぱり普段の何倍も美味しそうに見えてくる。そして、缶コーヒーを一口。

「どう、缶コーヒーいける?」

「あったかい」

「それだけか~」

「いや、美味しいよ? うん、たぶん……」

 目の前でうまそうにコンポタを飲んでる人がいるので、どんどん自信がなくなってくる。

 この薬っぽさというのか。最近の品種からは少しずつ抜けてきている気がするけれど、そこが缶コーヒーの一番ダメなところだ。たぶん添加剤とかそういうやつ。

「うちのオフィス……ああ、もうやめたんだった。会社だと結構飲んでる人いたけどね」

「やっぱ社会人の気付け薬みたいな面が強いのかなあ缶コーヒーって」

「まあ美味しく飲めたならいいんじゃない?」

「ぐぬぬ……」

 その後、礼奈からコンポタを一口貰った。文句なしで美味しかった。


 たとえ同じ町だったとしても、昼と夜とでは景色がまるで違ってくる。歩いていると身体もあったまってくるので、首を縮こまらせるようなことも必要なくなってきた。景色に注力する余裕も出てくるというもの。

 時期が時期なので、家々の壁には色とりどりのイルミネーションを見ることができた。寒気の中でしか現れることのない人工的な明かり。クリスマスが終わってもぴかぴか光っていることが多いのは、片付けるのが面倒くさいからだろうか。

「デートっぽくなってきた!」

「こんな貧相なイルミネーションでデートは貧相すぎるよ」

「いやー、飾りを出す金がないウチらが人様のことディスれないぜ」

「うっ、礼奈が珍しくまともなことを」

「め、珍しくってなに!?」

 けらけらと笑い合う私たちを、壁にぶらさがった光るサンタ人形が見下ろしていた。子供のころは無邪気に見ていたものだけれど、今となっては不法侵入を試みる小人にも見えてくる。認識の変化というのは恐ろしい。

 それを礼奈に伝えると、

「瑠美、変なこと考えるようになってない? 頭大丈夫? 凍った?」

 とか言われた。うむむ、思考の変化は年のせいじゃないのだろうか。

 喋りつつだらりだらりと歩いていると、いつも歩かないような道にたどり着いていた。それでも、ここらは知っている場所だ。何年も暮らしているこの町で、礼奈とも歩いたことがあるはず。

 それが、夜になるだけでがらりと姿を変えてしまう。どちらさんかが植えた草木たちは怪しげに闇へ誘う水端に。いつも子供たちが遊びまわる公園も、偶然にも街灯がないらしく、無が支配するような闇へ──闇ばっかりだな。まあ、夜なので仕方ないが。

「夜の景色も面白いもんだねー」

 私がそう言うと、礼奈は「んー」と雑な返答。今彼女は、缶の下に溜まったコーンを出すために底をトントンしている。あの動作、ちょっとみみっちい感じがして実はあんまり好きではない。なので、私は缶のコンポタは飲んだことがなかったりする。

「そーいえば、夏に海とか行ったよねー。夜の海」

「あー、行った行った。今となってはだねー、ロマンチックを追いかけてた」

「そんな青春は終わったみたいな言い方しないでよー。あ、海行く?」

「そんなに元気ない……」

「ほらすぐそういうこと言うー。外に連れ出したのは瑠美なのに。あ、自販機あった」

 マフラーで繋がっているので、礼奈が歩き出すと私も自然と引っ張られる。新しい飲み物を買いたいらしい。自販機の前で風情のない人工の明かりに照らされつつ、とりあえず缶のゴミを捨てていく。

「そういや、もうコーヒーも飲める年になったんだねー」

「礼奈は今でもブラック飲めないでしょー」

「それはそうだけど……あっ」

 なにかに気づいたらしく、礼奈は目をまんまるくして自販機を見つめていた。その視線の先には、あったか~いココアが。

「買い物忘れてた」

「あっ」


 〈おわりんこ〉


FIREのパッケージが好きです

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