缶コーヒーも美味しく 〈前編〉
お久しぶりです
わたしがせっせとノートパソコンに向かっていると、冬の寒さに絶賛こたつむりと化している礼奈がだるっとした調子で呼びかけてきた。
「るみー、姿勢悪いよー」
「ほんと? 自分じゃ気づかないんだよねー」
「せっかく座椅子あるんだからリクライニングでこう、グイっと」
座椅子を調整して、背もたれに頼りつつキーボードを打ち続ける。まだまだブラインドタッチは難しいので、キーボードをちらちら見ながらのゆったりタイピング。
「今日はなに書いてんの?」
「缶コーヒーのレビュー」
指定の条件と提示された内容に合わせて文章を書いていく、在宅ライター。最近のわたしが、スキマ時間にちまちまやったりやらなかったりしている労働である。そう、わたしが労働をやっているのだ。
現状暮らしていくにあたって、礼奈の収入だけで十二分にやっていけている。なのでこれは、お小遣い稼ぎというか、そういう感じのやつなのだ。
「缶コーヒーなんてどれも変わんないじゃーん、レビューってなに書くの? キリッとした苦味! とか?」
「そうそうそういうの。とにかくそれっぽい言葉を並べてみるしかない。あと缶コーヒーもガワが違うからね、パッケージかっこいいのとかあるでしょ」
「あっ、そういう選び方もあるのかー」
ちなみに、今日はモロ平日であり、普段なら礼奈は働きに出ている時間だ。しかし今日、彼女はこたつに潜り込んでいる。というか、昨日も一昨日もこたつにもぐりこみ、おそらく明日もこたつに居る予定だ。先週はこたつで眠りこけて、そのまま風邪をひきそうになっていた。
礼奈は会社を退職した。転職の波が来ていたとかなんとかで、勢い任せにやめることを決めたらしい。まあ礼奈らしいっちゃ礼奈らしいし、ちゃんとわたしにも相談してくれたので特に気にはしていない。転職先も、なんだかツテがあるとかなんとか。
わたしの見ていないところで、彼女はどのような関係を築いていたのだろう。印象に残っているのは、美人の女上司くらいか。よく話題に上がる人だったし、礼奈なので浮気をほんのちょびっとだけ疑ってみたこともあったが、さすがにバカバカしくてやめたっけ。
「あれ、瑠美って缶コーヒーとか飲むっけ?」
「ぜんぜん飲まない。そういうのは袋に入ってる粉のやつで飲んでるじゃん」
「ってことはウソ書いてるの? あ、ココアの粉昨日使い切った」
「ん、じゃあ後で買いに行こ。ウソっていうか……まあ、缶コーヒーなんてどれも変わんないし?」
「おお、書いてる人のお言葉……もうレビューサイトは信用ならんね」
「いかがでしょうか? とか書いてあるやつは避けていくといいよ。粗製乱造の記事かもしれない」
礼奈はこたつからヌッと手を出し、スマホをいじりだす。「いかがだったで……」とか呟いてるので、それらしい記事を検索しているのだと思う。わたしは記事作成に戻る。そろそろ終わりそうだ。
しかし、仕事をやめてからというもの、礼奈は自分から家を出ることが全然ない。というか、ないに等しい。基本的にわたしが促して外に出る感じだ。彼女はこんなに出不精だっただろうか。社会が彼女を外出させていた、と言うべきか。
「いかがでしょうかで検索するといかがでしょうかがたくさん出てくる」
「いや当たり前っしょ」
「ほへー、いつもてきとーに見てるけど、そういう共通点みたいのを考えてよむとアレ、なるほど感あるね」
「なるほど感あるでしょ。まあいかがでしょうかにも色々あって、ちょくちょく更新してくれてるのもあるし。いかがでしょうかもたまにはいいとこある」
「……ゲスタルト崩壊だ」
「ゲシュタルトね。いかがでしょうか崩壊」
そんなことをしている内に記事が書き終わる。ザッと読み返して誤字を修正して、送信する。わたしは専属ライターとかではないので、運営から採用されればお金が貰える。最初期は不採用ばっかで厳しかったけれど、今では順調だ。あたりさわりない感じを心がけるのがコツ。
「よし、礼奈、買い物」
立ち上がって伸びをしつつ、床に横たわるこたつむりを促す。しかし、彼女は微動だにしない。口だけがとろとろと動く。
「えー、まだ外はあったかくなれるよ」
「今日はもう気温上がんないって予報出てるし。もー、仕事やめてからとろけすぎだよ。去年買ったおそろいのコート、何回おそろいで着たっけ?」
「おお、すごいところから出かける理由が……流石瑠美」
「礼奈のこたつとの付き合いが良すぎるの。はあ、もうこたつ撤去しようかな」
「待ってー! それだけはやめてー! 堪忍してつかあさい!」
「うええ、そんなに……。いやまあこたつなくなったら困るのは私だけども」
わたしもこたつに戻り、パソコンのブラウザを閉じていく。すると、資料に使った缶コーヒーの画像が目に入った。たしかに、どこのを買ってもそんなに違いを感じない缶コーヒーたち。
「……礼奈。缶コーヒーの美味しい飲み方があるよ」
「どしたの突然」
「とりあえず晩ごはんを作ります。手伝いたまえ」
こたつからのそりと出てくる礼奈。対面で立ってみると、彼女のだらだら具合がよくわかる。特に、髪が乱れていた。手ぐしでなでつけて、てきとうなりに直してみる。働いていたころは、わたしがセットしてあげることがかなり多かった気がする。
「やっと起きれたねー、おはよう」
「いや、朝お布団から起きたじゃん」
「じゃあ……こたつは別荘?」
「別荘! じゃあただいまのキス。んー」
しょうがなくわたしは乗っかって、唇を重ねてあげる。少しカサついた唇。
「エネルギー湧いた?」
「うん、蘇った! さ、なに作ろっか」
冷蔵庫の中身から今日の晩ごはんを考えるところから始めた結果、トマトカレーになった。雑なチョイスとも言えるが、美味しければなんでもいいのだ。礼奈をこき使ってあれこれしつつ、じっくり煮込んだトマトカレーを作り上げた。そこそこ量は作ってるので、これを明日は焼きカレーとかにも応用する。
それはさておき、わたしたちは晩ごはんをぺろりと平らげる。大満足。そこでなにか思い出したように、礼奈が目をぱちくりさせた。
「缶コーヒー」
「あ、そうそう。もういい時間だね。じゃ、買い物行こっか」
〈つづく〉
続いちゃいます




