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あたりまえ

疲れた脳から自然と出力されたお話です

 夜道は危険だ。往々にして言われることだけれど、バリバリのキャリアウーマンであるあたし――城ヶ崎礼奈は、堂々と道を行く。

 別に夜道は嫌いではない。

 家屋から漏れる明かりは家族の温かみを伴って、じんわりと夜に熱と光を灯す。それがなくとも街灯たちが闇を照らしてくれている。時々月は綺麗で、星もちらちら見えたりして。それに、そこら中を流れていく雰囲気――いわゆる夜気というやつも、昼とは違った趣を感じさせる。

 なにより、あたしが進むこの道は、我が家に続いている。それが、一番の理由。とはいっても、これじゃあ夜もなにも関係ないけれど。

 でも、今日の夜風は、少しだけ冷たい。もしかしたらその冷たさは、あたしの心持ちを表している、かもしれなかったりして。


『礼奈ってさ、恋人いんだよね?』

 今日は会社の飲み会があった。面倒だと思う心と体を引きずるようにしてとりあえず出席したけれど、飛んでくるのはこんな質問。ちなみに質問相手は女上司。

『あー、はい。一応』

『たしか結構長続きしてるっつってたよなぁ。羨ましー』

 ちなみに。会社の面々には、あたしのセクシャリティ等々はカムアウトしていない。あたしの恋人はバリバリ働きまくりの高身長でダンディなお兄さん的存在ということになっているのだ。

『でもさ、まだ結婚してないんだよね』

 残念ながら、日本ではパートナーシップを結ぶくらいしかできないのである。あたしと瑠美は、ただただ同棲してるだけに留まっているが。上司の質問には『まあ、そんな感じですね』と答えておく。

『やっぱそこなんかなぁ』

『部長、旦那さんとなにかあったんです?』

『や、わかる? 当たり前ってさー、意外と脆いもんなんだよねー』

 当たり前。その言葉が、妙に引っかかった。手にしたビールをグイッと飲んでみても、引っかかりは取れそうにない。

『その話、詳しく聞かせてもらっていいですか?』

『……そのうちわかるようになるさ。わたしのかわいい後輩ちゃん』

 おちゃらけた調子で、あたしのかわいくない上司は告げたのだった。


 喉に魚の小骨が引っかかったまま。そんな状態で歩く夜道は、いつもと一味違った。

 いつもなら気にしなさそうなことにも、心を傾けてしまっている。これもお酒が入ってしまったからだろう。アルコール許すまじ。

 脆いと一口に言っても、かなりの差はあるだろう。まさか薄氷の上を歩いている、というようなわけでもあるまい。

 あたしは過去――中学三年生の冬を思い出していた。あの時、あたしたちの当たり前――友情は、はものの見事に崩れ落ちた。いや、崩してやった、というべきか。

 そして、あたしたちの間には、新しい当たり前――愛情が誕生した。


 脆いという言葉を耳にして、一番に思い浮かべることといえば、壊れること。当たり前が脆いということは、壊れてしまいやすいということ。

 あたしと瑠美の関係が、いつか壊れてしまう。想像もしてこなかったことが、脳裏をよぎった。漠然とした不安が、あたしのガラ空きの心に突き刺さる。

「らしくないなー。アルコールのせいだよなー」

 なにかのせいにでもしなければ、やってられない気分だった。


「ただいまー」

 お家の電気はまだ点いていた。あたしが帰宅すると同時に、ドタドタと音がやって来る。

「おかえり」

 あたしの当たり前が――瑠美が、そこに現れた。

 今日に限って、いつもの何倍も愛おしく思えて、体が疼く。

 荷物持つよー、と近づいて来る瑠美。その華奢な身体を、本能のままに、強く抱き寄せた。

「……どしたの」

「あー、うん。当たり前、最高だわ」

「なんかあった? ってかあったんだね……うわ酒くさい」

 瑠美の言い分が、なんだか癪に触る。酒くさい息とやらを、ため息に載せてがはーっと吐き出してやった。

 すると、瑠美もおうむ返しのごとく息を吐き返してくる。そこに匂い立つ酒の気配を、あたしの鼻はしかと嗅ぎつけた。

「瑠美だって飲んでんじゃん」

「退屈してたんだもん。話し相手がアルコールしかいなかったんだ」

 少しだけ見つめ合ったあたしたちは、つっつくような優しいキスをした。その口づけは、ふんわりとしていながら、あたしたちを強い力で結びつける。この関係が壊れるような予感なんて、簡単に吹き飛ばせる力を持っていた。

「あたし、今日は朝まで寝かしたくないな」

「いやー。わたしはもう寝たいかな」


 〈おわりん〉

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