季節感皆無の二本立て
冬に書いて上げわすれてたのがあったので時事ネタと合わせときました。
冬の話
道行く美緒と由香。冬の寒さに縮こまりながら、ふたりはゆったりとした足取りで目的地へと向かっていた。
そんな中で、美緒は気になることを抱えていた。由香の服装のことだ。
トップス、ボトムス、ソックスからシューズまではなにも違和感ない。というか、一度くらいは目にしたことがあるものばかり。
その中で一つだけ、見たことないーー新品と思われるーーものがあった。
黒の指ぬき手袋だ。
由香は滅多に衣服を買い足さない。というか、衣服にまわすお金がない。手袋などは安価で買えるものではあるが、滅多にない変化には美緒も敏感になる。
「……ねえ由香。それ」
「ああ、これ?安かったから買ったの!なんかこう、一目見たときにビビっきたんだよね!ビビっと」
にしし、と笑ってみせる由香。しかし、美緒は思うのだった。
ーー指先、寒そうだ。
こういった手袋は逆に指が寒くなる上、つける人によってはメリットが少ない。最近は指まで覆う手袋でもスマホが使えることもあり、美緒は指ぬき手袋の理由がわからずにいた。
しかし、美緒の記憶がひらめきを呼ぶ。
「……カッコいいと、思ってる?」
瞬間、歩く由香の挙動がぎこちないものに。この反応は、誰がどう見たって図星のそれだ。
「お、思ってねーっスよ!別に前に見たアニメがどうとか、そんなことは!断じてっ!」
「……そっか」
由香に見えないようにくすっと笑う。やはり由香はいつも通り、由香であった。
「むう。ねえ美緒」
肩をぽんと叩かれた美緒が顔を向けようとすると、由香の人差し指が頬をつついた。
「にひひー。指ぬき手袋はね、手袋をしたまま直に触れられるっ!」
ぷにぷに。ひとしきり頬をつついた後、由香は歩き出した。
それを追う美緒はといえば、露出している由香の指先のみを握った。
「……不公平で、非効率だと思わないか?」
手袋の存在意義が危ぶまれるその言葉に、由香はたじろぐ。
少し間を置いてから、由香は指ぬき手袋を取ってしまった。
ぎゅっと手をつないで、二人は冬の道を行く。
外の世界と二人の世界は、寒暖差ゼロ。
あったかい時期の話
季節は、まだ春が終わったころ。桜などとっくのとうに散って、綺麗なピンクに思いをはせる間もなく緑の葉や五月病がひしめく時期だ。
だのに――
「暑い」
礼奈がつぶやく。今日の彼女は、白のタンクトップに下着と涼しげスタイルで寝転がっている。
かく言うわたしは、白のTシャツにデニムのショートパンツ。礼奈に比べれば露出抑え目である。
「言葉に出すと、もっと暑くなるよー」
「んー、瑠美だって暑いって言ったー」
わたしたちの間に沈黙が訪れる。両者ともに、無限ループの気配を察したからだ。
四~五月という時期は、過酷期の夏や冬と比べて過ごしやすいというのが通例だ。しかし、今年はなにかがおかしい。六月――いわゆる梅雨が近づいてきているとはいえ、異様に暑い日がある。こういうことがあると、地球温暖化という耳タコな言葉も実感が湧いてきてしまう。どうせなら温泉とか原油とかが湧いてほしいところだけど、どちらも直接や間接に暑さを連想させるので、今は湧かないでほしいかも。
こう暑いとなると、なにもかも億劫になるのが人間。特にわたしはそれが顕著。
じんわりと首筋を流れゆく汗と、重めの空気。意識の外に置きたくても、置けないこの暑さ。
大気に促されるかのように、わたしの身体は床に寝転がった。すると、ごろごろ転がって、礼奈がわたしの元へ。汗で髪の一部が肌に張り付いている。
「ねえ礼奈。クーラーのリモコンはどこにやったのかな」
じっとわたしを見据えて、言葉を返さない。艶めく肌やちらつく胸が色香をただよわせるが、熱気パワーが億劫を加速させるので、性欲とかそういうのは欠乏状態。
「……あたし、汗好きだけどなあ」
すっと伸びる手。人差し指がわたしの輪郭に触れ、頬、顎、首と歩き回っていき、微妙に拭われていく汗。そして、最後に礼奈のくちびるへ。
「塩分摂取のつもり?」
「このシチュエーションでよくそんなこと言えるね……せっかくエモい感じだったのにぃ」
「はは、ごめんごめん。どんな味した?」
「老廃物交じりの礼奈の味」
そのセリフこそシチュエーションぶち壊しだろうが。
「なんて、ジョーダン。あたしは食レポの才能ないかもだけど、この答えは自信あるよ」
「へえ、その心は」
一瞬間を置いて。
「礼奈の味」
その一言だった。
浅いようにも深いようにも聞こえるそのレポート。言葉というのは不思議なもので、同じ言葉でもシチュエーションや言う人次第で変わってきてしまう。なのでわたしは、こう返す。
「うーん、採点不可能」
「はへぇ、いいんだか悪いんだか。まあいっか。瑠美、お昼は蕎麦でも食べに行かない?」
「いいねえ。今日なら絶対美味しいだろうし」
夏はまだ、遠い。




