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Summer fresh love

彼女らの夏はまだ終わっていない。

前回からの続きとなっております。

 世界が暗い。

 そりゃあ、田舎なんかに比べればこの都会の夜は明るすぎるくらいだろう。

 都会の生活というやつにどっぷりの私からすれば、ぽつぽつと頼りない街灯の明かりに支えられたこの世界は、どうしてもアンバランスに見えがち。

「やっぱ暑いわねー……家ん中に比べりゃマシかもだけど」

 優しい風が私たちの間を吹き抜けていく。それでも、暑さは消えてくれそうにない。

「はぁ、夏がない国に住みたい」

「ん、ばっかだなー留美は。昔を思い出してみんしゃい」

「昔って……どのくらい昔のことよ。小学生くらい?」

「んにゃ、もすこし上。高校生の頃、あたしと違っておませでムッツリの留美さんは、勝負に臨めそうな下着を学校にわざわざつけて来たことが」

 とりあえずいろいろのたまう礼奈の頬をぐいっとつねってみる。

「ほへへへー、はへへふけはひはひはめちゃめちゃえっちで興奮した」

 お構いなしに喋るから解放してやったら酷いことを言い出した。

 注釈すると、汗で透けた下着に発情したらしい。

 下着に関しては、洗濯の都合でつけられるのがそれしかなかったからだ。断じて誰かと勝負したいとか思ってたわけではない。

「じゃあなに、お昼ご飯食べてる時も授業中も下校中も、ずっと興奮してたってわけ?」

「そうかも」

「発情期かっ……って、その年頃は発情期か」

「留美だってさぁ、あたしのナイスバディを舐め回すように見つめて興奮してたんじゃないの〜?」

「私は礼奈と違ってTPOをわきまえて発情するから大丈夫なの」

「やっぱ興奮してんじゃーん」

 そりゃあまあ。人間だもの。


 ◇


 てくてくと歩き始めた最中、私は礼奈に手を差し伸べた。これをやらずしてなにがデートか、と家を出たばかりの私に問いただしたい。

「おっ、この手はなにかなぁ留美さんや」

「手を繋いで行きましょうや、万年発情期のお姉さんや」

「その呼び方はどうなのや」

 渋い顔をしつつも礼奈は私の手をぐっと握りしめた。痛い痛い。

 しかしーーなんだかこれは、忘れていた感覚だ。

 普段からスキンシップは日常茶飯事の私たちだけれど、こうして意識して手を繋ぐというのはなかなか無い。

 ましてやこれはデート。今感じるこのもやっとしたなにかこそ、初々しさというものだろうか。

「……なんか変にドキドキすんだけど。あたしだけかな」

「あっ、やっぱり?私も私も」

 完璧には解明しようのないこの胸の高鳴りを抱えつつ、闇夜を行く。

 だが、こんな時間に歩き回ろうと提案したのは、少々判断ミスかもしれない。

 夜の闇というのは、自然に怖い、みたいな感情を生むことがあるからだ。

 でも、私の前を歩いてくれている礼奈の背中は頼もしい。不安とかないのかな。

 ーー今日くらいは、私が前に出てみてもいいかもしれない。

 変わりばえしないって、面白くないことだと思うから。

 引かれるのをやめて、私は礼奈より前の方に立った。

「……今日は私が礼奈をリードする」

 私が礼奈をリードするなんて、今まで何回あっただろう。

 それこそ、片手で数えられるくらいか。私のペースで動いても、結局は礼奈にリードされることが多いから。

「ぷっ、あっはっは! だめだめ、あたしが瑠美をリードすんのが、この世の決まりよ!」

「えー! そんなの誰が決めたってのよ!」

「そりゃあたし様よ。瑠美の小さな身体じゃ、あたしを守れないからね」

 ここで身体的特徴を引き合いに出されると、私はなにも言えなくなるのであった。

 なんだかとても悔しい。色々と敗北を味わわされた瞬間である。

 その時、ニヤリと笑う礼奈が私の耳に顔を近づけて、

「その代わり、今日ベッドの上ではあたしをリードしてね」

 と、ウィスパーに告げた。

 耳がこそばゆい。反射的に私はうん、と返事をしてしまった。

 いつのまにか、帰ってシャワーを浴びたらそのまま熱くベッドイン予定になってるらしい。

 まあ後先のことを考えても仕方ないので、その時はその時で。

「でさ、どこ行くのよ。あたしはお散歩だけでもいいけどさ、せっかくのデートなんだしどっか行こーよ!」

「どっかって、この時間に行けるとこってどこよ。そりゃあ私もどこか行きたいけど」

 悩む礼奈。私も考えてみるけど、パッとは浮かばないなあ。

 ふと空を見上げる。

 そこには輝く月が大きな存在感を放ち、両手で数えられるくらいの星がまばらに散らされている。

「天体観測……」

 呟いてみたが、それは得策ではない。

「都会で星が見えるかってーの!あー、プラネタリウムとか行きたいねえ」

 もちろんプラネタリウムも閉まっている時間帯。

 深夜のデートとは、かくも選択肢が限られるものであるか。

 あまりにも思いつかないので、とりあえず礼奈と腕を組んで歩き始めた。

 礼奈の髪はきらびやかな見た目もさることながら、良い匂いまである。

 そして、礼奈の身体は所々ぷにっとしている。二の腕とか胸とか。

「んー、冷たい腕をしてらっしゃる」

「うー。暑いよ留美ー。それじゃああたしが留美留美できないじゃん、お手手のしわとしわ合わせようよー!」

「やだ。私は冷たいもん」

「むー、かわいいやつめ」

 空いた手で私の頭をわしゃわしゃ撫で出す礼奈。あまりにも撫で方が雑なので善処してもらいたいところ。

「うーん、一緒に冷たくなれるところがいいかな」

「冷蔵庫!コールドスリープすれば、あたしと留美の愛は永遠のものよ!」

「どしたのいきなり」

「最近映画で見た、コールドスリープ。夢があるよね!」

「夢はあるけど意識がなくなるんだよなぁ……氷点下まで行かなくていいから」

 その瞬間、ハッとなにかに気づく礼奈。にんまりと笑ったその表情は、明らかに名案を感じさせる。

「海行こう!夜の海!」


 ◇


 白い砂浜も、蒼く波立つ海も、燦然と輝く太陽もない。すべてはやはり、暗がりの中。

 夜の海とは、こうして羅列してみるとわかるように視覚的には楽しさ半減どころではない。

 なら、それ以外は?

 目を閉じなくても、耳を澄まさなくても、聞こえてくるのは波の音。

 ゆるやかで静かすぎず、寄っては返っていく波の音に、心は洗われていく。

 心地よい海風に吹かれると、一瞬夏を忘れてしまう。風が運んでくる潮の香りもまた一興。

 夜といえど、海は海。

 そして隣に立つのはーー

「ひゃっほう海!」

 訂正。海に向かって駆け出したのが礼奈だ。

 水が跳ね飛ぶ音と共に、冷たいーだの濡れたーだの聞こえてくる。終いには濡れ透けだーとか。

 夜の海なんて危険がいっぱいだ。私はあんなにもどばーっと飛び込んでいく気にはならない。

 でもーー

「礼奈ーっ!はやくこっち来てー!海!冷たい!」

「はいはーい。今行くよー」

 礼奈と一緒だと、だいたいなんでもなんとかなる。まあ、やる気がないことには挑戦したくないけども。

 やっぱり、私が礼奈をリードするなんて出来そうにないか。

 あの無邪気さにリードされてて、その性格が好きなんだもの。

 他にも好きなとこはたくさんあるけど、底抜けの明るさは私を照らす太陽のよう。

「……好きだ」

「んー?なにか言った?」

 聞こえてなかったらしい。

「えーっとね、海の砂浜ってさ、なんかのフンとかプランクトンの死骸とかたくさん溢れてるらしいよ」

 そう告げると、礼奈の顔は露骨に変化。これが俗に言う、苦虫を噛んだような顔、というやつだろう。

「それマジ?」

「マジマジ。昔学校の先生が言ってたもん」

「うひゃー……そんなん知っててよく海選べるね。留美のことだし、そういうのダメかと思うんだけど」

「ふっふっふ。それはねー」

 礼奈の元へと歩み寄る。

 やがて、海の中へ足を踏み入れた。冷たくて、気持ち良い。

「礼奈と一緒だから」

 礼奈の腕を引き寄せ、その身体を強く抱きしめた。あたたかくて、心地良い。

「礼奈と一緒の世界じゃなきゃダメな私。でも、一緒の世界ならだいたいなんでも大丈夫」

「そこはさぁ、一緒ならなんだって乗り越えられる!とか言うんじゃないの?」

「まあ、それが私だから」

「うん、そんな留美が大好き。私にだけはいいとこ見せてくれるのも」

 顔をぐっと近づけて、くっつくのはおでこだけ。

 見慣れたその表情はどこか艶かしい。えっちなことでも考えてるんだろうか。

「いつも、あたしにだけ本当の笑顔見せてるでしょ」

「えっ?由香ちゃんにも見せてるけど」

 露骨に嫌そうな顔した。笑顔くらいでなにを今更。

「まーいーや。留美はあたしだけのものだもんね」

「礼奈だって、私のものだもん」

「あたしとずっと一緒に居て」

「不束者ですが」

 そっと、唇を重ねた。

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