12話「勇者、むなしきをする。」
町の散策も終わり、宿で眠りにつき、その深夜頃。
ギシギシと言う、廊下の音で目が覚めた。
「足音、こんな時間にか?」
それに、この時間にしては外に人の気配が多すぎる。
嫌な予感しかしないな。
「羽虫、さっさと起きろ。」
「はい?まだ夜じゃないですか?」
まだ半分寝てやがるな。説明してる余裕は今は無いし、
「窓から外に出る。乗りにかかった船だ、天河たちも起こしてやれ。隣の部屋にいる筈だ。」
「・・・はい!!?いきなりですか?」
状況理解してねぇな。無理もないが。
「おそらく囲まれ始めてる。さっさと逃げるぞ。」
「はっ、はいわかりました。」
もう遅いかもしれないが、最悪の展開だけは避けられるだろ。
「っ!?町の人間全員かよ。」
羽虫が天河たちを起こして、俺が羽馬を起こして宿から出たらゾンビの様な町人がひしめいてやがる。
「羽虫、町の人に不自然な魔力反応はあるか?」
「は、はい。昼間は解りませんでしたけど今ならはっきり。まるで誰かに操られいるような・・・」
昼間した懸念は本当だったか・・・
「つまり、どういうことなんだよ。」
天河の方はまだピンと来てないのか。
「魔王軍の奴が魔法薬で魔力が充満しているのをいいことに、罠張ってたって事だ、多分。」
確証は持てないがな。
「つまり、町の人たちは何も悪くないって事かよ。」
「おまけに、住人の意識は残ったままみたいだなこれは・・・」
何人かは目が覚めて、驚きの声あげてたらいやでも気付く。本当に悪趣味な。
「っ!!来るぞ!!」
町の人間が手に持っていたものを投げつけてきた、『避けてくれ』とか、『体が勝手に』とか声を上げながら。
俺達は、羽虫の魔法で防いでもらったが・・・
「天河たちは大丈夫か?」
「大丈夫だけど。手が出せない状況じゃ・・・」
やっぱりか、俺達だけだと逃げられるがこいつらを放っておくわけにもいかないし。
「やぁやぁ、勇者君たち。私の実験の成果はどうかな。」
あの太った道化師野郎の仕業か!!
「糞道化師、テメェがやったのか!!」
「その反応、気に入って貰えたみたいだね。」
こいつ、また空中に浮かんでいやがるが、また立体映像なんだろうな。
「勇。そいつの事知ってるのか?」
「魔王軍幹部を名乗る、『死霊王』とか言う糞道化師だ。」
「ククク、『糞道化師』はひどいなぁ。」
何が酷いだ。それ以上の事やってるだろうが外道が。
「それはともかく、その人間たちは、術式を心臓に仕込んである。つまり、心臓を破壊しなければ動きを止めることができないよ。」
そう言っている傍ら、赤ん坊を抱えていた女性が『やめてぇ』と叫び声を上げながら、天河に向かって赤ん坊を投げていた。
あわてて天河も赤ん坊を受け止めるが、その赤ん坊も天河の首を絞めるように手を伸ばしていた。
「もし、それを切り抜けられたら、南東にある塔に来たらいい。新しい実験成果を見せてあげるよ。」
そして、甲高い笑い声を上げながら糞道化師は去って行った。
「心臓を破壊しなければって、そんなこと・・・って、勇!!」
そう、心臓を破壊しなければ動きを止められないんだろ・・・
「天河、死にたくないなら腹くくれ。」
そして、俺は町の人たちに矢を放った。
老若男女、誰であろうと心臓めがけて矢を放った。
死にたくないと泣き叫ぶ若者がいた。もう先は永くないとあきらめた老人もいた。せめてこの子だけでもと懇願した親もいた。言葉をしゃべれない赤ん坊もいた。
最初は俺だけだったが、第一王子のクリスも、他の魔法使いと神官も腹をくくったらしく。俺に続いて行った。
「勇。あんたは・・・あんたは何も思わないのか?」
ただ茫然と立って泣いていることしかできなかった天河が聞いてきた。
ちなみに羽虫は、殲滅が始まった時点で意識を失っている。
「何も思わないわけじゃない。だが、やらないとやられる。それだけだ。」
そして俺は、羽馬にまたがり南東の塔に向かう準備をする。
「天河、お前はそうやって呆然としているだけだったら、元の世界に帰れ。その方が幸せだろう。」
そして俺は、慣れなくて似合わない説教を始める。
「だが、少しでも歩みを止めたくないと思うなら。俺を手伝ってくれ。」
「勇。」
天河は、涙をふき、俺の方を見た。
「わかった。俺だって勇者だ。魔王軍を許すわけにはいかない!!」
立ち直ったみたいだな。それにしても慣れないことをするもんじゃないな。




