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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第二章 元勇者とその息子の巻
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元勇者とその息子

 身を切るように寒い朝だ。もう年末だから仕方ない。だが身体にこたえる。

 シェイドは朝早く起き、台所へと向かった。まずは朝食のために出汁を引かねばならない。一刻ほど時間がかかるから先にやってしまおうと思ったのだ。程よい温度の湯にコブを入れた状態で一旦離れる。出汁は後でカレブシを削ったものを入れ煮出し濾せば良い。


 その間に店の掃除を済ませる。この流れはもはや日課である。

 こじんまりした店だから、掃除にもそんなに時間はかからない。ついでに足りない菓子を補充しておく。

 シェイドは手早く店の中の掃除を済ませると再び台所へと戻った。そして食事の準備にとりかかった。

 若かりし頃は世界中をまわり各地の食文化に触れたが、やはりシェイドにとってはパンよりもイネノミを炊いたご飯である。

 そういう訳で元勇者宅においての主食はご飯であった。


「何のみそ汁にすっかなー。あ、カブラ……ちょっと萎びてるけどみそ汁だからいいか……」


 野菜を仕舞っている箱からカブラを取り出した。これならフィアも食べるだろう。

 カブラの皮をむき手頃な大きさに切る。葉の部分もみじん切りにしておいた。これもみそ汁に入れるのだ。

 あとはみそ汁に使った出汁の残りとコッコの卵で出汁巻き卵を作り、小ぶりな魚の切身を焼く。


 シェイドは手早く朝食を準備しながら、昼食のことを考えた。

 フィアは午前中、子ども会の劇の練習に出かける。今日の練習は午前中だけで終わると言う話だから弁当は要らない。

 なので普段ならばフィアからリクエストのあった昼食を作るか、適当に何か作るところだ。

 だが今日は特別なのだ。

 息子が昼前頃、久しぶりにこの家へ帰ってくる。そして年末年始の休暇を実家で過ごす予定である。

 今年十七歳になったシェイドの息子ヴァイスは、別大陸に住んでいる。今は亡きシェイドの妻の実家で商売を学んでいるのだ。

 折角だから息子の好きな物を昼食に出してやろう、とシェイドは考えた。


「となると……やっぱりカレーだよなぁ」


 子どもの頃から息子が一番好きなメニューだ。

 今日は野菜のカレーにカラアゲをつけよう。自分はカレーだけでいい。最近歳のせいか脂っこいものを食べるのがしんどいのだ。カレーだけでも重たいと感じる。ちなみにカラアゲは辛いものが好きでないフィアのためだ。甘口に作ってもあまり彼女はカレーを好まない。

 昼食のメニューを決めた頃には朝食が全て仕上がった。

 そろそろフィアを起こさねばならない。

 シェイドは食器を出してから台所を出た。冷え冷えとする廊下を歩きフィアの部屋へと向かう。襖を開ける。フィアは寒いのか布団に潜り込んで寝ているようだ。

 布団のそばに歩み寄り、跪く。そしてそっと布団に手をかけて声をかけながら揺さぶった。


「フィア、朝だぞ。起きる時間だ」


 だが反応がない。もう一度、今度は強めに布団ごしに身体を揺さぶる。


「朝だぞ」


 そうすると布団の中からくぐもった声が聞こえた。


「……フィアは熊になって冬眠するんだもん。起きないんだもん……」


 シェイドはため息をつく。やはりフィアの寝起きの悪さは健在だ。

 仕方ない。違う方向から攻めよう。


「ほー。今日午後に魔界のジュデッカ製菓から新作のチョコレートが届くんだが……冬眠中の熊さんは当然いらないよなぁ」


 するとフィアが布団からにゅっと顔を出す。寝ぼけ眼だが一瞬部屋の寒さに顔をしかめた。


「チョコレート食べるもん」

「じゃあ、熊はやめとけ。それに今日は劇の練習が公民館であるだろ?」


 シェイドは近くに置いてあったドテラを引き寄せた。赤の生地にところどころ白いウサギが飛び跳ねているデザインの小さいドテラを彼女へと渡す。

 これはあまりに寒がりのフィアのためシェイドが縫ってやったものだ。

 それにしてもフィアはこんな寒がりだったろうか。一緒に旅をしてる時はそんな事がなかった気がする。


「ほら。茶の間はあったかいぞ。温風で部屋を暖めてるし、コタツもあったかくなってる。フィアの着替えはコタツの中な」


 ドテラを着こみ、頷いて立ち上がるフィアに着替えの場所を伝えた。フィアは寒い、寒いと言いながら顔を洗うため部屋を出て行った。

 シェイドは布団を畳み、押入れの中へと片付ける。そして朝食を茶の間へと運ぶべく台所へと戻っていった。

 朝食を運び終えた頃にはフィアは着替えを済ませ座っていた。

 二人は早速朝食を食べ始める。ふと手を休めフィアがシェイドに言った。


「フィアね。今日お昼ご飯食べた後、火と水の大陸に行ってくる」

「ん、ああ。あれか。掃討やるんだよな……。そういやウロボロスから連絡きてた」

「うん。フィアとミカエルで行くの」

「魔界からは誰が来るんだ?」

「ベルゼブブだって」

「じゃあ、安心だな」


 シェイドは笑った。

 魔界の者と何か共に行うならばベルゼブブとその配下の者に限る。何と言ってもベルゼブブは魔界一の常識人だ。その配下たちもしっかり教育が行き届いている。

 他の魔王の配下たちと一緒に戦って大変な目にあったことは数えられない程あるのだ。だがシェイドが危険人物ツートップと認定している者は魔界の者ではない。


「うん。でね、でね。フィア今日のお昼ご飯はお芋のグラタンがいいなぁ」

「あー……ごめん、フィア」


 謝罪するシェイドをフィアは不思議そうな顔をして見た。


「ほら、昨日の夜に話したと思うけど……」


 フィアは昨日の夕食の際にシェイドから聞いた話を思い出したらしい。ああ、と声をあげた。


「シェイドの子ども!」

「そうそう!」

「フィアの弟だ!」

「そうそう弟……って、へ?」


 弟、と言う言葉に戸惑う。ちなみに息子は十七歳。そして目の前のフィアはどこからどう見ても幼児である。

 確かに自分とフィアは親子同然に暮らし、彼女が実の親のように自分を慕ってくれているのは知っているが……。それならば弟ではなく、ヴァイスは兄でないのか。

 だがそんなシェイドの疑問にフィアは首を横に振り、きっぱりと言った。


「フィアの方が先に生まれたんだから、お姉ちゃんだもん」


 確かに彼女が生まれたのはヴァイスより先だが……。肉体が消滅し復活を待っていた空白の二十五年がある。

 困惑するシェイドに構わずフィアは尋ねた。


「それでどうしてごめんなの?」


 とりあえずどっちが上なのかという事は置いておくことにする。シェイドは話を元に戻した。


「いや、あいつカレー好きなんだよ。だから今日の昼はカレーにしてやろうかと思って」

「ふぅーん。カレーかぁ……」

「フィアのは甘口でつくっとくし、カラアゲもあるぞ」

「カラアゲ!」


 フィアはカレーと聞き冴えない表情をしていたが、カラアゲと聞き瞳を輝かせた。彼女はうんうんと頷き言った。


「フィアはお姉ちゃんだもん。今日のお昼ご飯のメニューはカレーでいいや」



 ***



 シェイドは公民館で行なわれる子ども会の劇の練習に出かけるフィアを見送った後、店を開けた。

 店先に座って読書をする。年末なだけあって暇だ。子供たちはフィア同様に公民館へ行っている子が多い。近所にある魔法学院の生徒たちも冬休みで実家に帰っているのだろう。

 自分と同じ様に遠方に住む子や孫が年末にやってくる予定の近所の住人がぽつぽつと菓子を買いに来た。その相手をし、その合間に暇つぶしに本を読みつつ時間を過ごす。分厚い本をきりの良いところまで読み進め、そろそろ昼食の支度をするかと立ち上がった。

 シェイドは傍に置いてあった『店番君』の頭をぽんと叩く。店番君は立ち上がりシェイドが今まで座っていた場所に近づき座った。

 これはフィアが誰もいないときの店番役として創ってくれた物だ。ゴーレムの一種で必要な時にだけ使える。フィアと同じ位の身長の真っ白な熊の姿は店に来る子供達にも好評だ。

 店番君に店を任せ、台所へと行った。手際良くカレーを作り始める。カラアゲは肉を既に漬け込んでいるから、衣をつけて揚げるだけだ。

 カレーはあまり煮込む時間がない。だが芋を含めた野菜全部をしっかり炒めれば、今作り始めても大丈夫だ。野菜を全部じっくり炒める事で短い煮込み時間でもとろりとしたコクのあるカレーになる。

 シェイドがカレーを作り終えた頃、台所にある勝手口を叩く音がした。手を洗い、扉を開く。相手を確かめるまでもない。ここから入ってくるのは息子だけだ。

 久々に会う。およそ一年ぶりだろう。少し背が伸びたかもしれないが、特に変わっていない。自分譲りの黒髪黒目も母親似の顔立ちも。


「おかえり」

「ただいま」


 シェイドは息子を中へと入れた。


「元気だったか?」

「うん」


 とりあえず部屋へとシェイドが言った時、廊下からフィアの声とバタバタと走る足音が聞こえた。


「ぶんぶんぶん! 蜂がとぶ!」


 ノリノリで歌っている。

 その声に息子ヴァイスが怪訝な表情を浮かべた。彼にはフィアがここで暮らしていることを言ってある。ヴァイスがずっと子どもの頃、フィアの話をしたこともあった。

 シェイドが声の主をヴァイスに教えようとした時、フィアがひょっこりと顔を覗かせた。


「蜂だぞー。チョコレートくれないと刺しちゃうぞー」


 子ども会の劇で蜂役をやる予定のフィアは、シェイドが作ってやった蜂の衣装を着たままの姿だ。練習が終わってそのまま転移で帰って来たのだろう。

 見知らぬ相手がそこにいたのに驚いた彼女は目を真ん丸にしてヴァイスを眺めている。ヴァイスも物珍しいものを見るような目でフィアを見ていた。


「あー。ヴァイス、こっちがフィアだ」

「ああ……昔話してた神様?」

「そうそう」


 シェイドはヴァイスが自分の話をそこまで覚えていたのに驚いた。念の為、昔の仲間と暮らすとは話していた。だがフィアについての事細かい話は、息子がまだ小さい時にしかしたことがない。

 自分と同じ小さな見知らぬ子どもの話題が頻繁にのぼるのを幼いヴァイスが厭っていたのを知っている。シェイドもある時それに気付いて以来フィアの話を息子にしたことがなかったのだ。

 フィアは足取り軽くヴァイスに近づいて行った。


「フィアだよ。よろしくね」

「よろしく。ま、僕は普段ここに住んでないけど」


 ヴァイスはフィアにそう言うと荷物を抱えあげた。


「部屋、変わってないよね?」

「ああ、変わってない」

「じゃあ、荷物置いて着替えてくる」

「茶の間にいてくれ。昼食まだだよな。すぐ出来るから」


 シェイドの言葉に頷きヴァイスは台所から出て行った。


「ほら、フィアも。着替えて来い」

「はーい」


 ぴょこぴょこ飛び跳ねながら出ていくフィアを見送り、シェイドは昼食の準備に戻った。思っていたより早く二人が帰って来た為手早くすませる。

 作り終えた昼食を皿に盛って茶の間に運ぶ。そこにはフィアしかいなかった。


「あれ、ヴァイスは?」

「まだだよー。フィア呼んでこようか?」

「いや、俺が行くからいいよ」


 だがシェイドが皿を並べ終わる頃、タイミング良くヴァイスが入って来た。ヴァイスが座ると三人は食事を始めた。

 シェイドは久々に会ったヴァイスに話しかける。


「そういえば、お義父さんは元気か?」


 未だ健在の義父は手広く商売をやっている。火と水の大陸ではそれなりに名の知れた豪商である。シェイドは勇者として世界をまわっている時に知り合った。魔物に襲われている彼を助け、恩人として屋敷に招いてもらった時に妻とも知り合った。

 もう二十七年も前の話だ。

 シェイドの問いかけにヴァイスは軽く頷いて言った。


「元気。そう言えば手紙預かってる」

「お義父さんから俺に?」

「そう。後で渡す」

「そうか。それで、お前は……元気にしてたのか?」

「見ての通り」


 そこで話が途切れる。ヴァイスは自分から口を開くことがなく、黙々と食事をしていた。

 ほとんど手紙のやり取りもないから互いに話す事は沢山あるはずなのに会話が弾まない。

 シェイドは何とも気まずい思いでスプーンを口に運んだ。

 自分と息子の関係は複雑だ。シェイドは息子にどう接すればよいのか悩んでいる。こちらから歩み寄ろうにも微妙な壁をつくられているように感じるのだ。

 今でこそ息子は祖父のもとで商売を学んでいるが、かつては剣を手に戦うことを望んでいた。勇者の息子、という周囲の期待もあったのだろう。

 シェイドからすればそんな期待は馬鹿馬鹿しいものだ。勇者は遺伝ではないのだから。それに息子にまでそんな危険な人生を送って欲しくない。

 だが息子本人がそれを望んだ。そうなればもはや自分には何も言えなかった。

 残念なことに息子は魔力的にも身体能力的にも戦闘にはむいてなかった。そして様々な出来事があって夢破れ、今の人生を選んだのだ。

 沈黙を気まずく思いながらシェイドは妻が生きていた時はここまでじゃなかった、と思った。ちょうど難しい年頃に妻が亡くなったのも父子の関係を複雑にしたのかもしれない。

 シェイドは視線を感じ顔を上げる。フィアが自分とヴァイスを交互に見ていた。

 そして彼女は言った。


「ねえねえ。シェイドとヴァイスは仲がよくないの?」


 ——フィアよ。そんなはっきり言わないでくれ!

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