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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
死からはじまる物語
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問いと答え

 その村は祭りの真っ最中であった。

 村じゅうにある樹には、白くも見える淡いピンクの花が咲き乱れている。風が吹くと、花びらがひらひらと散る様子はとても美しい。

 フィアとリリスは感嘆の声をこぼしながら歩いたものだ。

 そんな二人も今はやはりと言うべきか、花よりダンゴである。

 二人はせっかくだから外で食べようと、東屋に陣取り、各々が買ってきたものを木のテーブルの上にのせた。リリスは屋台で買った焼き鳥と何やらシュワシュワしているお酒、フィアは赤い一口大の果実がたっぷりと詰まったパイとジュース。見た目は素朴そのものと言ったパイだが、その切り口からは鮮やかな赤い実がたっぷりと詰まっているのが見える。食べ始めたら、もはや幻想的な光景も目に入らない。

 

「おいしいよ、リリス」

「その果実甘酸っぱくて美味しいのよね。パイも美味しそう……。あとで私も買いに行くわ」

「それには及びませんよ。買ってきました」


 男の声に二人は顔をそちらへ向ける。村の入り口で、それでは各自自由行動でといって別れた男レヴィだった。彼はアロンとエルアザルの二人を連れ、さっさと村に入っていっていたはずだ。何か用でも済ませるのかと思い、フィアたちは遠慮なく女二人で屋台巡りを楽しんでいた。

 だがその片手にフィアが食べているパイを見つけ、彼も買い食いしたかったのだろうと納得する。のんびり花を眺めながら歩くフィアたちを待てなかったに違いない。

 彼はリリスの前にパイを置くと、背後を振り返り、言った。


「間も無くエルアザルとアロンも色々買って来ると思いますよ。私はちょっと飲むものを買ってきます」


 彼はフィアたちの返事を待つことなく、さっさと屋台の方へ歩き出した。

 リリスはその後ろ姿をうっとりと眺めながらつぶやいた。


「優しいわよねぇ、彼」

「リリスにだけだよ」


 フィアは思わずふくれっ面になる。彼らと行動をともにし始めて数日、自分はレヴィにお菓子など買ってもらったことはない。


「え、いやだ。そ、そ、そそんなことないわ。この前の村で、私がフィアたんに渡したお土産、口止めされてたけど……彼が神様にって」

「ふうーん」

「そんな、疑わないで」


 フィアはすっきりしない気持ちで頷いた。

 だが仕方ないだろう。アロンが言っていたのだ。あの二人を近づけて良いものか、始祖の女の趣味は変わっている、と。

 きっとレヴィはリリスを気に入ったに違いない。

 アロンよりずっと温厚なエルアザルは笑いながら言っていた。始祖は変わった女性に振り回されるのが好きだから仕方ないと。

 しかし、そうなるとこれは今までにない展開でないか、とフィアは思う。今まではリリスが相手を気に入ってストーカー……否、アプローチするのが常だったのに。それが彼女は追われる立場になったのだ。

 今まで己が相手を追いまわすのが普通だったリリスは少し困惑しているようである。

 彼は素敵だと言いつつも、お得意の盗聴魔法や盗撮魔法が出てこない。

 ふとフィアは思い出した。


「そういえば、リリス。ゼムリヤは?」

「えっ。あ、一応連絡とってるわ。向こうは素っ気ないけど……」


 彼女は取り上げた焼き鳥の串を、やっぱり三人が戻るまで待ちましょうと皿に置いた。それにならいフィアもパイを食べていたフォークを置く。

 リリスは頬杖をつき、物憂げな目で遠くを見つめながら呟くように言った。


「イケメンが二人。一人は私に素っ気ない。もう一人は私に興味を持っている。……ああ、わたしどっちを選べば……」


 恋はよくわからないフィアだが、リリスの様子に一つだけ分かったことがある。

 彼女は今までにないこのシチュエーションにいささか酔っているらしい。



 ※※※


 しばらく二人の間に沈黙が流れた。

 その沈黙を破ったのはリリスの方だ。


「そういえば……彼らのこと、良かったの?」


 リリスの言っているのは、あの橋が落ちたあとの話し合いのことだろうと察し、フィアは頷いた。

 あの時、橋から転落するギリギリのところでフィアは全員を連れて転移した。どこか適当な安全な場所へといい加減な転移であったが、なんとか近くの川べりへと逃れることが出来た。

 その川べりでフィアはレヴィとじっくり話をした。

 まず何よりも本人の合意もなしに、人間を別の生命、彼らの同族へと変えることを神として許せないことを伝えた。彼らが今後もそのようなことを続けるつもりであったとしたら、どのような対処をするかはフィアにとっても頭の痛い問題であった。

 何せ彼らの行動は、別に世界の存亡に関わることでない。ただ人間界での生命の構図が変わるだけだ。最悪、人間が滅ぶかたちで。

 もしそうなったとしてもフィアが介入し、人喰いと呼ばれる彼らを駆逐するのは躊躇われる対処だ。

 しかしフィアの中で、世界を滅ぼすことでないとしても、本人の同意なしに人間を変えるのはやはり許せるものでない。

 だからそれをレヴィに伝えた。

 フィアは神である。神は世界そのものといっても過言でない。神は世界、世界は神。

 そのフィアが彼らの行動を許さず、彼らの存在を許容しないとすれば、それすなわち世界は彼ら人喰いと呼ばれる種を否定することになる。

 フィアはレヴィに問うた。

 世界に否定されながら存在したところでどうなるのか、と。たとえ人間たちを全て同族に変えても、彼らはこの世界の異物でしかない。

 フィアの言葉にレヴィは考え込んでいた。

 彼の根本は孤独だ。フィアと同じ、誰も同じ存在がいない孤独である。

 癒せることのない深い孤独が彼を歪め、同族を生み出した。しかし、それも彼と全く同じ存在でない。絶望は希望でなく、さらなる絶望を呼び、歪んだ行動を呼び起こしたのでないか。

 しかしこれはあくまでフィアの考えであるという自覚はある。彼には彼の決していうことのない本心があるだろう。それがフィアの考えと一致しているかは分からない。

 だがフィアには一つだけ言えることがある。

 彼の歪んだ行動の果てに、彼自身が満たされることはない、と。

 たとえ人間がすべて人喰いと変わり、人喰いが多数集団となったとて、レヴィと全く同じ存在はいない。他の人喰いたちは彼と似た存在であっても一緒ではない。

 もうこれ以上変える存在がいなくなった時に待つのはさらなる孤独だろう。

 レヴィの抱える問題、その深い孤独や絶望はフィアやルシファー同様に己自身が乗り越えなければならない問題だ。もちろん自身だけでなく、周りの助けもいるであろうのは分かる。

 しかし何よりも大切なのは自分自身の在り方なのだ。

 そう考えるフィアの世界の異物として生きるか、世界の一部と認められ生きるか、どちらが良いのだという問いにレヴィは静かに答えた。

 世界に弾かれ異物として生きたくはない、その為に同族を生み出したのだ、と。

 その答えを聞いたフィアは少し安心した。彼は絶望により今は少し歪んでしまっていても、例えば世界もろとも滅びたいと思うほどには歪んでいない。かつての原初のエルフとは違う。

 ならば歩み寄れるだろう。

 そう考えたフィアはレヴィに提案をした。


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