人喰いの真相
人喰いと呼ばれるもの達は、目の前の男が孤独に耐えられなかった故に生まれたという。
それはどういう事だろうか、とフィアは首をかしげた。言葉通り取れば、レヴィが彼らを創り出したということだろう。だが、そこで一つ疑問が生まれる。
基本的に魔族の力は破壊のためであり、創造ではない。かつて天使であり、堕天した者は別としても、たいていの魔族は創造を苦手とする。魔族と人間の混血である目の前のレヴィに、新しい生命体を創造するようなことが出来るとは思えない。
フィアは考えたそのままをレヴィに問いとして投げかけた。リリスは黙って二人のやりとりを聞いている。
レヴィは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「魔族の力、創造の力云々は私には分かりません。ですが一つ言えるのは、私は魔族でもなければ、人間でもない。今まで何人も生まれ、異形化して消えていった魔族と人間との混血とも違う生命体です」
「他の混血たちと違うって何で言い切れるの?」
リリスの問いにレヴィは軽く首を横に振った。
「一度他の混血に会ったことがある。そいつは異形化しかけていたが……。あれは明らかに私とは違う生き物。何故と言われても説明し難いが、そう感じた」
「うーん。そういう可能性もあるかも……。進化、別の生命に……」
フィアは先代の神の資料を思い出し、ブツブツと呟いた。
ありえない話ではない。今まで問題とされていた魔族と人間の混血たちの異形化と理性の喪失。その大きな問題点をいくつもの偶然により乗り越えた彼は、もはや別の生命体と言っても過言ではない。
「それで、レヴィは自分とおんなじ生命体を創る力も持ったってことなのかな?」
「いいえ、神よ。考えてみてください。行方不明となった者たちは一体どこへ消えたのでしょう?」
からかうような、子供になぞなぞを出す大人の表情で問いかけられ、フィアはふくれっ面になった。
「食べたんじゃないの?」
「我々は人を喰らいませんよ」
みんなそう言ってたもん、と言い返そうとしたが、傍らのリリスがまさかと小声でこぼした。本当に小さな声だったが、レヴィには聞こえたらしい。
彼はご想像のとおり、と頷いた。
「そこにいるアロンもエルアザルも元は人間。私の血を受けて、私と同じ生命体になりました。『人喰い』という存在は、かつて人間であったものが私の血で眷属化した存在」
「だから『始祖』なんだ……」
「ええ。私がそんなことを出来ると知ったのはたまたまです。私の返り血を浴びたものが、人でなくなってしまって。そこから色々と研究を重ね、同族を増やす術を編み出しました」
「でも、でも……変だよ。行方不明になった人間たちはみんなレヴィの元にいるの?」
「いるものもおります」
「家族とか心配してるんだよ。それなのに帰らないなんて変だよ!」
いくら人間でなくなったから、といって全て捨ててしまえるのだろうか。むしろ人ならざる者に己を変えたレヴィのことを皆恨むのでなかろうか。
家族や友人や己の立場は軽々しく捨てられるものでない、とフィアは思っている。
「同族になったものは人間であった頃の記憶を失います。人としての感性も。同族となった時、新しい生に目覚めるのです」
「そんな……。じゃあ、物凄い人数の行方不明者はみんなレヴィのところにいるの?」
一体正確にはいつ頃から始まったのかも分からない、彼の同族創り。ただ一つ言えるのはわかっている行方不明の者だけでも大層な人数ということだ。
「いいえ。人として生きていた頃の環境とは別の場所に戻り、新しく生活を始める者もいますよ。……我々の同族を増やすために」
「増やす?」
「ええ。何も人間を眷属化できるのは私だけでありません。我々は皆、誰もが人間を眷属化できる。己の血を使って。ただし、私から離れれば離れる程、力は弱くなりますが」
そこでやっと今まで黙って聞いていたリリスが口を開いた。声がいつになく低い。少し怖い。
「何、そこまで分かるってことは……余程今に至るまで同族とやらを増やしまくってるってこと?」
「そうなるな」
「なにそれ。何のためにそんなこと」
「聞くまでもない。我々がこの世界で少数集団にならないために。今は我々の存在を世界に伏せているがいつまでも隠せると思ってない。少数は多数に迫害される」
人間よりも強い、特殊な力を持っていれば冷たい目で見られ、なおさら警戒されるとハーフエルフやエルフの例を彼は挙げた。
「人間たちと変わらぬ、もしくはそれ以上の数になるために」
「でも、世界の人間の数すごいんだよ。そんな簡単におんなじ位になんてなれないとフィアは思うけど」
「神よ。まだ謎の多い我々ですが……。私に今わかっていることとしては、我々は同族間での交配が可能で、繁殖力は人間並み。繁殖力の低いエルフや魔族とは違う。そして最近分かったことですが、我々はハーフエルフとも違います。ハーフエルフはハーフエルフ同士でしか繁殖が出来ないが、我々は人間との交配が可能です。その結果生まれた子は我々の同族であると分かりました」
「ほっといてもゴロゴロ増えるってわけね。大層なこと」
リリスが吐き捨てるように言った。
「ええ、その通り。そして、寿命が長い。私は既に百年以上生きてます。老化も途中で止まっている。もしかしたら我々にも寿命はないのかもしれない。あったとしても恐ろしく長い間生きられる。そんな我々が増えるのに大した時間は要りません」
人間がどんどん眷属化させられ、その存在が塗り替えられていく。その上、交配によってその血すら知らぬ間に乗っ取られていくのだ。
恐ろしい話だ。フィアは思わず身震いした。
レヴィは少数集団でいたくないという。だが、その行動の結果、人間は消えてしまうのでないか。
フィアがこの男にどう対応すべきか悩んでいると、静まり返ったその場にすぱーんと何かを叩くような良い音が響き渡った。
「この……格好つけのバカちんがー!」
リリスの叫びにフィアは思わず後退りする。
先ほどの良い音はリリスが思い切りレヴィの後頭部を引っ叩いた音らしい。前のめりに倒れかかり、だが踏みとどまった彼は後頭部を抑え、驚いたようにリリスを振り返る。
リリスは憤懣やるかたないといった表情で怒鳴った。
「なぁにが、孤独に耐えられなかった私が生み出した存在です、よ。悲劇のヒーローぶって格好つけてんじゃないわよ。ちょっとイケメンだと思って勘違いも甚だしい。人間じゃなくなっちゃった連中の、家族や友達のこと考えたことあるの……。突然いなくなって、戻っても来ず、どれだけ心配して嘆くことか。挙げ句の果てにはその本人は人間じゃなくなって、自分たちのことなんてぜーんぶ忘れてるなんて遣る瀬無いわ。この格好つけ、寝言言ってんじゃないわよ!」
一息にレヴィを罵ったリリスは、はっと我にかえったような表情になるなり、なぜかその場に崩れ落ちた。
そしてバンバンと吊り橋の踏み板を殴っている。
「ああ、私としたことが……!」
「り、リリス?」
あまりの異様な光景にフィアは恐る恐る声をかける。
一体どうしたと言うのか。あれだけはっきりレヴィに言ってやって格好いいと思ったのに。
フィアにはレヴィの孤独も理解できる。だが彼のやったことを理解してはならないのだ。
本人の同意があったならばとにかく、同意もなく別の生き物に変えるなど言語道断である。
フィアは何か俯き、未だ踏み板を殴りながらブツブツ言っているリリスへ恐る恐る近づいた。
「私ったら……だから非モテなんて言われるのよ。ここはイケメンを完全肯定して、世界中を敵にまわしても私はあなたを選ぶとか、私だけはあなたの側にとか言うべきところだったのに……!」
近づいたものの、フィアはリリスの呟きに困惑する。先ほどのあれは、リリスいうところの『モテ女子』にあらざる言動だったということか。
思わずフィアはレヴィを見上げた。だが意外にも彼は面白いものを見るかのように、興味深そうな顔をしてリリスを見ていた。
リリスの考えもレヴィの考えも分からないフィアは二人の顔を交互に見つめる。その時、フィアの耳にブチブチという音が聞こえた。
何かが切れるような音だ。
すぐにフィアはその正体に気づき、リリスへと叫ぶ。
「り、リリス、橋が壊れるよ!」
「え……やだ、私ったら!」
慌ててリリスが手を止めたが、時すでに遅し。
「は、早くここから……うにゃーー!」
フィアが全員連れて転移しようとした瞬間、橋が崩れ落ちた。




