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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
死からはじまる物語
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人喰いの影 2

 フィアはここ二百年、ミカエルから神のあり様について言い聞かせられることが多かった。

 それは彼なりの危惧だったのだろう。

 神は平等でなければならない。誰かや何かに肩入れしてはならない。するとしたらそれは世界の存亡に関わるような事態の時だけだ、と。

 ミカエルははっきりと言わなかったがフィアにはわかる。シェイド、彼の魂への肩入れが、やがて人という種への肩入れと変わるのでないかとミカエルは恐れていたのだ。

 今のフィアにはそれに対して返す言葉が浮かばない。

 確かに自分はシェイドの魂を特別扱いしている。生きていた時も亡くなった今も彼が自分にとって特別なことに変わりない。

 それは、その思いは果たして間違いなのだろうか……。


 そして、今回の人喰い。

 彼らが世界の存亡にかかわる存在でなかったとしたら。ただ人間にとって種の存亡に関わる存在であったとしたら……かつての魔物のように。

 はっきり言って人間がいなくなっても世界は何の問題もない。人間の絶滅は世界の存亡と同じことでないのだ。

 神であるフィアからすると、世界を滅ぼそうなどと考えていない限り、人喰いが人間に取って代わったとしても問題ない。フィア個人としてはシェイドの魂をどうするかの問題が出来てしまうけれど。


「フィアたん」


 リリスが心配そうにこちらを見つめている。見ればゼムリヤも難しい顔をしていた。

 そんな二人にフィアは力強く頷いてみせた。

 きっと二人は分かっているのだ。

 今はまだ存在するかさえ分からない人喰いだが、もし実際に存在した場合、フィアがそれと人間らの間でどういう立場を取るか。否、取らねばならないかということを二人は気づいている。


「まあ、まだ憶測の域をでない。何も証拠はないからな。直接神様が赴き確かめるというのは正解だろう」

「そうね。そうだわ。私たちか弱い女子二人じゃ不安だから、ゼムリヤ一緒に……むぐっ」

「じゃ、じゃあ、ゼムリヤ。フィアたち出発の準備するね。あんまり手伝えなくてごめんね!」


 フィアは愛の狩人と化したリリスの口を手で塞ぎ、言うべきことだけ言うと自室への転移を開始する。

 転移する間際、ゼムリヤは慌てたように言った。


「いや、昨日手伝ってもらえた分でかなり助かった。見送りくらいはするから、出るとき言ってくれ。給金も渡さないと……」


 概ね彼の言いたいことを聞いた時点で転移魔法が発動する。次の瞬間、目を開けば二人に充てがわれた部屋であった。

 リリスの口を塞いでいた手を離す。

 彼女はしょんぼりとして、申し訳なさそうにフィアへ謝った。


「ごめんね、フィアたん。私ったらつい好機と思っちゃって……。一緒に旅なんてしたら、恋が芽生えない訳がないと思っちゃったの」

「うん。でもゼムリヤ今忙しいから」

「そうよね。仕事の邪魔する女だと思われるところだったわ」


 リリスは何かを思い出したかのように厳しい表情になった。過去に同じようなことでもあったのかも知れない。

 慰めるようにフィアは言った。


「大丈夫だよ、リリス。ほら出発の準備しよう」

「そうね、遅くなっちゃうと危ないものね」


 頷いて出発の準備を始めるリリスの背中を見つめ、フィアは首をかしげた。

 やはりリリスにとってか弱い女子二人旅という設定は譲れないのだろうか、と。


 ※※※


「これ、給金。二人分入ってる」


 ずしりと重い袋にフィアは思わず笑みをこぼした。

 散々魔道具の調整、それもかなり難しいそれにこき使われた甲斐があったというものだ。これだけあれば豪華とは言えないが、不自由しない旅はできるはずだ。


「必要があったらいつでも呼んでくれ。すぐ向かう。この辺で起こってる事件だ。他人ごとではない」

「ありがとう、ゼムリヤ。詳細がわかったら報告するね」


 ゼムリヤはフィアに頷き返すと、今度はリリスへと向き直った。


「リリス、神様のことをよろしく。厄介な人喰いの件、この近隣で起こったことを考えると本来俺も行くべきなのだろうが申し訳ない」

「そそそそそ、そんな、謝らないで。フィアたんは私の友達よ。その進む道を助け、手伝うのは当たり前!」


 友達、という言葉にゼムリヤは少し目を見開き、そして微笑んだ。リリスの顔が真っ赤になる。よく熟したトメイトのようでないか、とフィアは感心した。


「それは良かった。道中何か困ったことがあったら連絡くれ」

「連絡……!」


 連絡の一言にリリスがカッと目を見開く。彼女から放たれた異様な雰囲気に思わずフィアは後退りした。

 何であろう、これは。

 同じく後退りしようとしたゼムリヤだが、彼はそれが出来なかった。リリスからがっちりと手を握られているからだ。

 リリスの片手にはゼムリヤの手、もう片手にはいつどこから取り出したのか魔界フォンが握られている。そういえば彼女の魔界フォンもフィアのと同様に人間界でも天界でも利用できる三界仕様だったのだ。


「ゼムリヤ、連絡先交換しましょう。ほら、万が一の時のために。だって私たちか弱い女子二人なんですもの」

「か、か弱い……?」


 かたや世界最強の神、かたや原初の女天使……今は魔族だが。か弱い要素など微塵もない。ゼムリヤの困惑も尤もだ。

 しかし、彼の困惑などに怯むリリスではない。彼女は満面の笑みで頷いた。


「そうよ。か弱い女子。さあ、早くエルフフォン出して。持ってるでしょ」

「わかった、わかったから……ちょっと待て。自分で出すから……勝手に人の身体中をまさぐるな!」


 ゼムリヤの悲痛な叫びが爽やかな農場に響き渡った。


 ※※※


「うふふ、ふふふ」


 先ほどからリリスは不気味ともいえる笑い声をこぼしている。少し怖い。

 彼女は握りしめた魔界フォンをもう片手の指先で撫で回していた。

 ゼムリヤに痴漢行為スレスレのことをしたリリスだが、無事彼のメルアド等を手に入れられたのだ。


「ふふ。これで私たちはメル友……。小さな一歩、でも大きな一歩だわ」

「よかったね、リリス」

「ええ」


 今、フィアとリリスは乗り合い魔法車に揺られている。

 ゼムリヤ農場前の停留所から乗ったこれは、行方不明者が最後に目撃された集落の近くにまで行くのだ。

 最初、フィアとリリスは転移して例の場所にまで行こうかと考えた。何せフィアはあの場所に行ったことがある。実際に乗り込んで確かめるのが一番早い。

 とはいえ、今回の行方不明事件についてフィアたちは何も知らないに等しい。その上、人喰いたちが例の場所を本拠地にしている証拠も何もないのだ。もし存在したとして、人喰いという生き物がどんな生き物なのかも分からない。

 それを考えると少しずつ地道な調査をした上で、人喰いと思われるもの達がいる場所を割り出し、乗り込むべきだと結論付けたのだ。どうせ時間ならばたっぷりある。


「人喰い、不気味な生き物じゃないといいけど。気持ち悪いのは私苦手なのよね……」


 はあ、と魔界フォンを抱きしめリリスが呟いた。

 あの魔窟のような汚い散らかった部屋に住むリリスにも苦手なものがあるとは意外である。

 その時、次の停留所の接近を知らせるアナウンスが流れた。その停留所名にフィアは顔を上げる。


「あ、リリス。着いたみたいだよ」

「案外近かったわね」


 二人は頷きあい、降車ボタンを押した。

 これはリリスに頼んでフィアが押させてもらった。思わず笑みがこぼれる。こういうボタンを押すのは大好きだ。シェイドとお出かけするときも、こうやって乗り合い魔法車の降車ボタンを押すのはフィアの役だった。


 ※※※


 あっと言う間に停留所へ到着した。

 どう見ても山道のそこで降りたのはフィアとリリスのみ。普段から近隣の集落の住人しか利用しないのだろう。まして最近は人喰いの噂のある場所だ。


「えーっと、この道をまっすぐ」


 リリスは魔界フォンの地図モードで集落までの道のりを確認している。

 フィアは何だか落ち着かない気分で周囲を見渡した。誰かに見られているような感じがする。しかし、知っている生命体の気配は感じない。

 まさか人喰いだろうか。


「フィアたん、行きましょう」

「う、うん」


 リリスに促され、フィアは山道を歩き出す。


「リリスは何かを感じない?」

「え?」


 驚いた表情で彼女は首を横に振った。どうやらあの感覚は自分だけらしい。


「そっか。なら、いいんだ」

「何か感じたのね。とりあえず警戒は怠らないようにしましょう」


 二人は頷きあい、慎重に山道を登っていく。リリスの話では二人の足でもそんなにかからない場所に集落はあるはずだ。

 しばらく二人はあれこれと喋りながら歩き続けた。そして、二人同時にふと足を止める。

 何か騒いでいる人間の声が聞こえた。かなり離れている。人間では聞き取れないであろう距離だが、二人には問題ない。


「何かしらね」

「道が通れないとか騒いでるよ」

「ええ。急いでいってみましょう」


 早足で歩き始めたその時、フィアは気がついた。先ほどまで途絶えていた、あの誰かに見られているような感覚に。

 思わずきつい視線を周囲に巡らせる。だが周りは今向かう先で人が騒いでいる声以外、不気味なほど静かであった。

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