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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
死からはじまる物語
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人喰いの影 1

 最初フィアは魔法車のなかで人を喰らう化け物がいると商人たちが話しているのを聞いた時、そんな馬鹿なと思った。正直なところ、怪談のような噂話に過ぎないと思ったのだ。

 なぜならば、とうの昔に魔物は人間界から消えた。人間にとって魔物以上の脅威であった原初のエルフに創り出された異形化エルフたちも、かなり昔に駆逐されている。

 仮に本当に何者かに襲われ喰われたのだとしても、その正体は森の餓えた獣であろう。おそらく話に尾ひれがついてしまったのではないかと考えた。

 しかし、ここに来てゼムリヤ農場の従業員たちから聞いた話を考慮すると、そうも言い切れないと思い始めたのだ。

 この農場に出入りしていた業者にもかなりの行方不明者がいるらしい。ただ一人だけ生き残って帰った者がいるらしいが、その者は正気を失い『化け物が』と繰り返して、最終的にはどういうわけか全身から血を吹き出し亡くなったという。

 あまりの異様な事態にこの辺を治める人間の国は動いた。軍を動かし、行方不明者が続出する場所に調査隊を送ったという。その成果はなく、調査隊そのものも誰一人として帰ってくることがなかった。

 フィアはその行方不明者が続出する場所を聞いた時、思考が止まった。何故ならばそこは異形化エルフを大量に生み出していた場所であり、それらとの最終決戦の場であったからだ。


「また、あの化け物エルフがいるのかしら」


 リリスの言葉にフィアは首を横に振る。

 その可能性はない。あの多くの犠牲を出した決戦の後、散々確認したのだ。その後百年以上、あれと同じ存在を感じることはなかった。フィアは神であり、神は世界そのものといえる。神の創造物でないエルフは神にとっても世界にとっても異物だ。すぐにその存在を感じとれるはずなのだ。

 とはいえ、フィアは先代の神とは違う。神としての経験も浅ければ、そもそもこの世界の創造主でない。情報を読み違えている可能性は否定できない。

 ただ、原初のエルフの負の想念の塊と言っても過言でない異形化エルフたちに残党がいたならば、人間を襲い、人間界を訪れた魔族たちをも襲うだろう。ましてあれらは本能だけに突き動かされて行動しているような生命体だ。今回の『人喰い』のように正体を悟らせず、隠密に行動することなどあり得ぬだろう。


「たぶん違うと思うよ。でも、はっきりと言い切れない。うーん、なんだろ……」


 原初のエルフがいなくなった今、あれらが進化を遂げる術はないはずだ。いや、もし彼が生存していたとしても、それを行うのは不可能だ。それゆえ彼は神になれなかったのだから。

 混沌の意思ケイオスの言葉をフィアは思い出す。

 混沌の中にある無数の世界にとって、特別な存在は創造する神と破壊するルシファーだけ、と。

 どんなに足掻いても原初のエルフには神と同じことは出来ぬのだ。フィアは己が生き延びるために喰い殺した原初のエルフを思い出した。嫌な思い出しかない相手だが、この上なく憐れな存在でもあった。


「とりあえず、あの場所の近くに行ってみようかと思うんだ」

「やだ、大丈夫……?」


 思わずといった感じで身を起こし問いかけたリリスにフィアは首をかしげる。何を心配しているのだろうか。


「なにが?」

「だって、か弱い乙女二人なのよ」

「か弱い……」


 フィアはあんぐりと口を開け、リリスを見つめてしまった。

 あまりにも予想外の言葉だ。

 リリスは先代の神が創った一番最初の女天使であった。当然特別製であるがゆえに、力も強い……はずなのだが、どうしたことか。

 フィアの様子に気付いたのか、リリスが少しだけ頬を赤らめる。


「あ、ごめんなさい。これは勇者フィアの世直しの旅だっていうのに。私ったら怖じ気づいちゃって」

「う、ううん……」


 そういうことを言いたいのではないが、フィアは首を横に振るにとどめた。


 ※※※


 翌朝フィアは更に情報収集するために、ゼムリヤの元へ赴いた。

 彼の朝は早い。フィアはこれから朝食だが、ゼムリヤは朝食どころか外ですでに一仕事さえ済ませていた。

 前日の夜、人喰いの件で聞きたいことがあるとメッセージを送っておいたら、この時間を指定されたのだ。

 ちなみに渋るリリスも連れてきた。二人で聞いておくべきだし、そもそもゼムリヤが昨日のことを気にしているとも思えなかったのだ。案の定、ゼムリヤのリリスへの態度はいつもと変わらぬものだった。

 朝の挨拶を済ませ、飲み物を手に自分たちの目の前にいつもと変わらぬ様子で座ったゼムリヤを見るリリスの目が輝いている。

 リリスは立ち直ったのだろうかとフィアは疑問に思いながらも、彼女の恋愛事情はとりあえず置いておくことにした。


「人喰いの件で、と」

「うん」

「例の場所の近くだからなぁ。神様が何を疑ってるかは分かるが……。多分違うぞ。同族の気配がしない。異形化してるとはいえ連中はエルフだった。だから歪ながらも同族の気配を持っていたが……今回の件では全くそういうもんは感じられない」


 気配を隠せるようなものを創れるとしたらエルヴァンくらいだろうが、今更あの研究馬鹿が余計なことするとは思えないし、とゼムリヤは付け加える。

 それに関してはフィアも同意見だ。そもそもエルヴァンには強力な死の首輪がつけられている。もし世界に仇をなすことをすれば、即座にそれが効力を発し、彼はこの世から消えてしまうことだろう。


「フィアもね。あの辺に何も感じないんだ。魔族の気配もエルフの気配も。異物を感じない。でも……フィアはまだ未熟だから。もしかしたらフィアの知らない何かがあそこにいたとしても、それを知らないが故に感じ取れないのかも」

「なるほど。じゃあ、直接行って確かめるのがてっとり早いな」

「うん。フィアもそう思う」


 ゼムリヤは懐からこの辺の地図を取り出して、卓の上に広げた。とある場所に印がついている。この印の場所が最終決戦の地であった場所だ。

 彼は印がついたところからほど近い町や集落を指差して、説明する。


「行方不明者が続出しているのはこの近隣。どこで消えたかははっきりと分からないものの、最後に目撃されたのはいずれもこの場所に近い人里だ。これだけ近いところで何か起こってて、例の場所が関係ないとは思えない。だから人間の王もそう考えて、調査隊をこの地へと送り込んだ」

「ねえ、この最終決戦の地ってその後どうなってたの?」


 それまで黙っていたリリスが問いかけた。


「うーんとね。最初の頃はウロボロスが駐屯して、新しく異形化エルフが生まれないか、生き残りはいないか警戒してたんだ」


 フィアの答えにリリスは頷いた。更にゼムリヤが付け足しで説明する。


「ある程度たって、ウロボロスは安全宣言をして撤収。その後はあの場所は呪われた地と呼ばれて、人間たちから捨て置かれていた。誰も寄り付かなかった。……ちなみに人喰いの話につながるであろう行方不明者が出始めたのは、ここ数年だ。最近はどんどん人数が増えている。おそらく国の調査隊が消えてから特に、坂道を転げ落ちるように」

「ふぅーん。開き直ったのかしら?」

「開き直る?」


 リリスの言葉にフィアとゼムリヤは声を揃え、問い返した。

 彼女は軽く頷くと、己の意見を話し始めた。


「ええ。今まで隠れてたけど、それをしなくなったってこと。するのが無理だと思ったのか、はたまた他に何か意図があってのことか……」


 もしリリスのいうことが正しいとしたら厄介だ、とフィアは思う。

 人喰いと呼ばれる見たこともない化け物たちが開き直り、人々を犠牲にするのも困る。その根底に何かの企みがあるとしたら尚更厄介だ。

 フィアは世界を守らなければならない。神である己の義務である。

 それにシェイドの魂の為にも世界を存続させなければならない。

 だがそこまで考えてふと気付いた。

 その人喰いと呼ばれる者がどんなものかは分からない。だが、それもこの世界に生きるものならば、フィアにとっては守るべき存在ではないだろうか。

 勿論その者たちが世界を存亡の危機に陥れようとするならば、別の話だが。もしかしたら何か必要があって人間を犠牲にしているのかもしれない。

 それとも人喰いとやらも、異形化エルフのように負の想念のようなものに支配された、理性のない化け物たちなのだろうか。

 フィアは黙って立ち上がった。ゼムリヤとリリスがこちらに注目しているのを感じる。

 迷いは常に己の内にある。だがそれに惑わされ、足を止めてはならない。

 そう心に決め、フィアは二人に言った。


「フィア、その場所に行ってみるよ」


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