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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
死からはじまる物語
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フィアとリリス、それぞれの本音

 突如リリスは音を立てて立ち上がった。

 酔いつぶれて寝ている者以外がぎょっとなる。フィアもハラハラしながらリリスを見守った。何かあったら止めねばなるまい。

 しかし、フィアの心配をよそにリリスは意見してきた人間の娘ではなく空を睨んでいる。皆が静まり返り様子を伺うなか、おもむろにリリスは口を開いた。


「大体おかしいわ。みな、私もそうだけど……有りのままの自分を愛して欲しいと願ってる。そのくせ有りのままの相手のことを愛そうとしないのよ!」


 リリスは手にしたグラスの中身を飲み干し、自らおかわりを注ぐ。そしてまた続けた。


「私はいつも相手の有りのままの姿を愛してきたし、愛そうと努力してきた。お互い取り繕うところもあるから、そうでない彼の姿を知るために様々な手段を講じてね……」


 様々な手段とはあれだろうか、とフィアはリリスのあれやこれやを思い出す。


「時に盗聴し、時に隠し撮りし、時に深夜に突然彼の元を訪れて『来ちゃった』なんて可愛く言ってみたり。すべては有りのままの相手の姿を知るためよ。私だって隠すことなく己をぶつけてきた。それなのに!」


 フィアはその場の雰囲気が変なことに気づき、そろそろと周囲を見渡す。リリスの話を聞いていた娘たちの顔は若干引きつっている。

 不幸中の幸いといえるのはリリス本人がそれに気づいてないことだ。

 彼女は周りの者のことなどすっかり頭から抜けているらしい。空を睨みつけ続けた。


「それなのに、よ。私の魔界での言われようときたら、ストーカー気質だのなんだのと……。私は真実の愛の探求者よ。間違わないで!」


 そこまで言い切るとリリスはぜえぜえと息を乱し、がくりと椅子に座り込んだ。フィアは慌てて水の入ったグラスを手渡してやる。明らかに飲み過ぎだ。

 ついさっきまで新しい恋に浮かれていた女とは思えない。

 リリスは無言でフィアの差し出したグラスを受け取ると、ぐいと飲み干した。そしてぽつりと呟く。


「でもね、本当はわかってる。魔界基準とは私がずれてるんだわ。だからいつもいつも……。そもそも、誰がこんな私にした……。神、神よね。私を創った神が悪いのよ。チクショー!」


 突然叫び、俯いていた顔を上げたリリスからフィアは慌てて離れる。

 ちなみにリリスを創った責任は自分にはないはずだ。先代の神の仕事である。それとも同じ神である自分はその責任すら引き継ぐのだろうか。


「誰か、神にこんな風に創られてしまった私を、有りのままの私を愛して受け入れてよ!」

「あのー。盛り上がっているところ申し訳ないが……」


 リリスの心の叫びを遮るように男の声がした。

 慌てて振り返ると、やはりゼムリヤだ。気まずそうな顔でフィアたちを見ている。リリスときたら叫んだまま口すら閉じることが出来ず、立ち竦んでいる。それはそうだろう。よりにもよって現在絶賛片思い中の相手に聞かれたい話でないはずだ。

 静まり返り凍りつく空気にゼムリヤは咳払いし、続けた。きっと彼もリリスと同じくらい気まずいのだろう。


「申し訳ないが、そろそろ食堂を閉めたい。なので悪いが飲み会はお開きに……」


 人間の娘たちは慌ててゼムリヤに頭を下げ、酔いつぶれている娘たちは他の者に抱えられ、その場から去っていく。全員リリスがゼムリヤに想いを寄せているのは聞いていたので、気遣わしげな視線を彼女に向けながらおやすみと言って。


「わかったよ。おやすみ、ゼムリヤ」

「あ、ああ。頼む」


 頼むとは、さっさとリリスを部屋に連れて帰ってくれという意味だろう。

 フィアは立ち上がると突っ伏しているリリスの肩を揺さぶった。


「リリス、帰ろう……。お話があるなら部屋でフィアが聞くよ」

「……終わった。おわりだわ」


 まるでリリスは世界の終わりかのように呟いた。


 ※※※


 フィアは必要ならばリリスを抱えて転移しようと思っていた。しかし思いの外リリスは酔ってなかった。いや酔いが醒めたというべきだろうか。

 部屋に戻り、ベッドに倒れこむリリスに何と声をかけるべきか考える。

 慰めはおかしいだろう。別にリリスは振られたわけではない。本人は終わったといっていたが、まだ分からぬ話だ。

 そう思うのはフィアが恋が何か知らぬからだろうか。そう疑問に思い、首をかしげる。

 フィアが言葉を選んでいると、リリスから話しかけてきた。


「フィアたん、ごめんね。気を使わせて」

「ううん……。リリス、ゼムリヤはあんなこと気にしないよ」


 盗撮だの盗聴だのまで聞かれていたらどうか分からぬが、基本的には良くも悪くも農業にしか興味のない男だ。だからきっと間違いない。

 他に何と言って良いか分からないフィアは正直に言った。


「フィアはまだオトナじゃないから……恋もわからないし、なんて言っていいのか分からないけど」


 フィアの言葉にリリスは少し驚いたように目を見開き、そして微笑した。


「フィアたんは知り合ったときから変わらないわね」

「うん……まだ幼体だよ」

「うーん。そういう意味じゃないんだけど」


 リリスの言葉にフィアは首をかしげた。


「でも、でも。幼体だもん。フィアはね、変わりたくないんだ」


 そう言いつつ、最近自分が嫌な子になってきているのを思い出し、自嘲した。かつての幼馴染たちを妬み、遠ざけている自分。幼体であることを言い訳にしている自分。

 誰よりも自分が一番よくわかっている。


「変わりたくない、か……」

「うん。オトナになんかなりたくないよ。このまま幼体でいたいもん」


 フィアの血を吐くような告白に、リリスはふーんと言うとあっさり頷いた。


「じゃあ、好きなだけ幼体でいればいいんじゃない。無理してオトナになんてならなくてもいいと思うわ」


 想像もしなかった返事にフィアは驚いた。

 皆がフィアはオトナになるべきだと思っている。だから何故オトナになれないのか調べて解決しようとしたり、いつまでも幼体でいることを案じている。

 それはフィアの望むところでないというのに。

 だが、リリスは好きなだけ幼体でいれば良いという。これはどうしたことか。

 リリスはベッドに寝そべり、じっと天井を見上げたまま続けた。


「私たち……神直々に創られたものは皆幼体の時なんてなかったから、それがどんな大切なものか正直わからないのだけど。でも、私たちって死はあっても寿命ないでしょう。気が遠くなるほどの年数生きていかなきゃならない。その年数から考えると本来幼体である二百年なんてあっという間よね。フィアたんにとってそれが短すぎて、もっと長い間、幼体でいたいならそれはそれで構わないと思うのよ。たとえば一千年、一万年幼体でいたって過ぎてしまえば大したことのない時間だわ。フィアたんにとってそれが必要な時間なら、ずっと好きなだけ幼体でいていいと思うわ」

「好きなだけ?」

「そう。気が済むまで。いつかオトナになりたい、って思った時に幼体であることを止めればいいんだから。無理やりオトナになったって、何も得るものなんてないと思うけど」


 リリスの言葉にフィアは頷く。

 そうだ、自分は幼体でいたいのだ。オトナになどなりたくない。

 わかってはいたけれど、それを皆に対して認めるわけにいかなかった。でも誰かにそれを気づいて欲しかったのだろう。


 しんみりとした空気を変えるためだろう。突如リリスが話題を変えた。


「それはそうと……。フィアたん、噂になってた人喰いの件、確かめに行く?」

「うん。行くよ。なんか変だもん」


 アルフヘイムからここへ向かう魔法車のなかで聞いた噂話と同じ話をここで他の従業員たちからも聞いた。車中で聞いた時、気になってはいたものの信憑性があまりないと思っていたのだ。だが、こんなにも色々な人間が同じことを言っていれば流石に気になってしまう。

 曰く、人を喰らう化け物がいる、と。

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