とある世界の崩壊
「神よ、やはり私とお前は相入れぬ運命らしい」
異界の神が放った力により自分自身を封じていた結界が崩壊する。間近にあるこの空間の外殻。僅かに外の世界の滅びの気配を感じた。
今まで抑え込んでいたものが噴き出す。己の破壊の力が本能が暴走をはじめたのを感じながら、それでも残された理性をかき集め自分たちの神へとルシファーは呟いた。
そして理性を失わない内に自分の破壊の力を外殻へとぶつけた。
砕け散っていく外殻。そこから大量に入ってくる滅びの気配。それによって自分自身が奪われていくのを感じた。これから自分は本能に突き動かされた化け物となる。
もう後戻りは出来ない。
理性が蝕まれていく中で、長年自分に付き従った魔族達に詫びた。本来ならば彼らに直接言わねばならないのに、二度とそれは叶わない。
自分は何も知らなかった。
別世界のルシファーが語るのを聞くまで、自分たちが何者で何のために存在感するかなど知らなかった。
ただ世界がボロボロになりはじめた頃から違和感を感じていた。自分の中で暴れそうになる力。正気を保てなくなる予感。己自身が敵のようだった。
そんな日がしばらく続いたある日。
突如神の手により魔界の入り口が封じられ、更にその場所を別の空間へと創り変えられた。おそらく神は自分たち魔族たちの存在理由を知ったのだろう。
それが自ら悟ったのか、混沌の記憶でも覗いたのか、誰かに教えられたせいなのかは分からない。
だがその時のルシファーには神の行動の理由が分からなかった。分かるのは自分自身の危険性のみだったのだ。
このままでは周囲の者達に害をなす。そう思い自らを封印した。一体自分がどういう状態なのか、神は何をしたいのか、この状況を打開する方法はないのか。それを考える時間も欲しかった。
結局時ばかりが過ぎていった。自力ではどうしようもなく、自分を救える者を異世界から召喚することにし、現れたのがあの幼児にしか見えない異界の神だ。
滅びの運命は変えられなかったが、自分の大切なものを真っ先に壊すことだけは免れた。
それで良しとしよう。
これより自分は全てを壊し、滅ぼし、そして最後に一人消えていく。
***
フィアは背後に現れたアイテールを慌てて振り返った。この世界の神は無表情に自分を見つめていた。
「あれ。落書き消えてるぞ」
シェイドの指摘にフィアは一つだけ彼が自力であの落書きを消す方法を思いつく。
「うーん。多分、自分の首ちょん切って捨ててから、新しく再生させたんだと思うよ」
フィアの答えにシェイドが僅かに青くなり首を手で触れた。
自分たちは肉の器に魂が入っている人間とは違う。魔力とエーテル体と精神体がその生命の本質であり、魔力によって肉体を形成している。だから首がはねられても死なない。
フィアも昔シェイドの旅に同行している時、戦闘中うっかり首を飛ばされたことがある。だが胴体部分が歩いて首のところまで行き、取れた首を拾って自分でくっつけた。シェイドはそれを見て腰を抜かしていたが……。
取れた身体の一部も放置すれば消滅する。取れたものをくっつけるだけでなく、新しい部位を再生することも可能だ。
おそらくアイテールもそうなのだろう。
アイテールは落書きの話にはまったく乗ってこなかった。ただ静かにフィアへと言った。
「異界の神よ。自分が何をしたか分かってるか?」
「わかってるよ」
フィアの答えにアイテールはため息をついた。その様子にフィアは気になっていたことを質問する。
「ねぇ、アイテール。何で、世界の滅びを止めようとしなかったの?」
そもそも魔界ごとここに封じ、消滅させようとするより世界の滅びを回避するほうが容易く手っ取り早いはずだ。もし魔界の消滅が上手くいかなかったら、全てが無意味になるのだから。
どう考えても良い策ではない。
だがそこでフィアは意識を失っているときに聞いた声を思い出す。
——駄目ならば壊せばよい。壊してまた新しく創り直すまで!
あれは、アイテールの声だった。
フィアはそれに気づき、アイテールの答えを聞くまでもなく彼の意図を悟った。
「この世界滅ぼして、新しく創りなおすつもりだったんだ……?」
フィアの言葉にアイテールは答えない。
おそらく彼はそのつもりで世界を放置した。そして何らかの手段もしくは理由によりルシファーの変貌と魔族たちの存在理由を知ったのだろう。
このままでは世界もろとも自分も滅ぼされるかも知れないと彼は思ったのだ。
フィアは何か言おうとしたが止めた。
自分より遥かに長く生きてきたこの男に言えることはない。たとえ同じ神同士でも。それに自分が何か言ったくらいで思い直せるならば、彼は自力で方向転換出来ていたはずだ。
ダメだったら消してやり直す。
世界はそんな軽々しいものではない。
フィアはそう思い、アイテールに別れを告げた。
「フィア達は帰る。さようなら、異界の神アイテール」
アイテールは何も言わない。
このまま帰ろう。
だがフィアは自分の力で元の世界へと帰れるか不安になった。魔力はじゅうぶん足りている。だが異界から元の世界へと戻るためにはどうすれば良いのか。そういう魔法を知らないのだ。
魔界と人間界を行き来する時のように空間を開くイメージで良いのだろうか。
そんな事を考えたその時、フィアの小さな手をルシファーが握った。
「手伝おう。お前は力はあるが、知識が足りん」
その言葉に頷いて、魔力を集中させる。繋いだ手から、魔力がルシファーへと流れ込みそして自分へとまた戻ってきた。
魔法の構築を手伝ってもらい行う。
徐々に視界が薄くなっていく。どうやら上手く出来たようだ。
薄れていくアイテールの姿にルシファーは言った。
「我々はどの世界でも役割の変わらぬ駒。そしてプレイヤーたる神は次々と変わっていく。やり直しなどありえん」
その言葉を最後にフィアたちは異世界から脱出した。
***
アイテールは薄れていく異界の神たちをじっと見送った。
何もかもが思い通りにならない世界。神とはもっと万能ではないのか。
何故自分の思い通りにならない?
「神様」
突然背後から声が聞こえた。アイテールは振り返ることなく答える。
「ミカエルか。何だ?」
「神様をお守りするのが私の役目ですので」
「見ろ、ミカエル。全てが終わる。何故こんなことになったのだろうな。いっそのこと天使にも人間にも自由意志など与えなければ良かったのかもな」
そうすれば誰も自分に逆らわない。自分の思いのままだ。
だが自分はそれをしなかった。何故だろうか。
おそらく……人形のような存在ばかりをはべらせる気にならなかったのだろう。あくまでも彼らが自分の意志で神を愛し従うことを無意識のうちに望んでいたのかも知れない。
ふと己が滑稽に思えてきた。
空を見上げる。崩壊していくそれを眺めながらアイテールは呟いた。
「愚かな私には似合いの最期かもしれんな」
***
「ルシファー様!」
「フィア!」
目の前にすき焼きの鍋がある。
呼びかけられた声に顔をあげれば、先ほどまだ到着してなかった招待客が目を丸くし自分たちを見ていた。
「何処行ったのかと思ったぞ。酒買ってきたら全員いないんだからな」
「すみません。ゼムリヤさん」
「ルシファー様、一体どちらへ?」
「ちょっと異世界に」
ルシファーの言葉に彼らはますます訳が分からない、と言う顔をする。
ちゃんと説明をすべきだろう。だが、今はそれどころではないのだ。
フィアはシェイドに慌てて言った。
「シェイド、また卵ちょうだい!」
「え、ああ。それより前に俺たち足拭いたほうがいいぞ。ちょっと湯と布持ってくる」
フィアは鍋の肉をじっと見つめた。早く食べたい。
そんなフィアに向かいに座ったルシファーが言う。
「神よ、お前はずいぶんと沢山食べただろう。肉の量には限りがある。少し私に譲れ」
「早い者勝ちだもん」
戦いはこれからが本番のようだ。
【第一章 完】
前作 あるハーフエルフの生涯 完結御礼は予定を一日早め、今日投稿しております。最終話の後ろに投稿しました。