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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
死からはじまる物語
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キュカンバ畑に咲く恋

 フィアとリリスは早速ゼムリヤに従業員寮へと案内してもらった。

 農場の一角にあるその建物はかなり大きく、多くの人間がここで暮らしているという。ただこの時間は全く人気がない。

 ゼムリヤいわく、今の時期は一年で何本かの指に入る忙しい時期なのだそうだ。夏野菜の収穫が、とフィアたちにはわからぬ話を熱のこもった調子で語っている。

 そしてリリスはそんな彼を獲物を狙う猛禽のような目で見つめていた。本人曰く恋する乙女の目らしいのだが、フィアには猛禽の目にしか見えない。恋する乙女と猛禽は同類なのだろうか、と恋したことのないフィアは首をかしげる。

 しかしそんな刺すような視線にも、農業一筋、フィア同様男女の機微になどとんと疎い彼は気づかない。気づかないのはある意味幸せかもしれないけれど。


「早速で悪いが、荷物を置いたらすぐ来てもらえるか?」


 二人の希望で決まったベッドが二つあるこじんまりとした、だが清潔な部屋の扉を開けながらゼムリヤは振り返る。


「あちこちで魔道具の不具合が出てて、俺だけじゃ手が足りないんだ」

「ええ、もちろん」


 リリスは満面の笑みを浮かべて頷く。

 この笑顔はあれだ。モラクス言う所の女優スマイルだ。テレビや舞台、雑誌で彼女が浮かべている最高の笑顔である。

 フィアはゼムリヤとリリスの顔を交互に見比べる。

 果たして猛禽と鍬エルフの戦いはどちらが勝つのだろうか、と思いながら。


 ※※※


 フィアとリリスは手分けして魔道具の調整を手伝った。かたや神、かたや原初の女である。問題なく次々と作業をこなし、ゼムリヤも驚くほど早く与えられた仕事を終えた。

 そして手の空いた二人は今、夏野菜の代名詞キュカンバの収穫の手伝いに来ている。

 キュカンバは緑の細長い野菜で、漬物やサラダにする野菜だ。野菜嫌いのフィアもこの浅漬けとご飯の組み合わせが大好きである。

 どうやらこのキュカンバはあっという間に成長するらしい。そして余りに大きくなると皮が固くなり、売り物にはならなくなる。だから日に三度、従業員の多くを動員して収穫するそうだ。

 キュカンバのツルは高くまで伸び、かなり高いところにまで設置してあるアーチに絡みついている。そして所々に覗く深緑色のキュカンバ。

 フィアとリリスは魔法で宙に浮き、人間の従業員たちが収穫しづらい高い場所の収穫を請け負った。今、フィアとリリスがいるエリアは中年の女性が多い。彼女たちは手をてきぱきと動かし、キュカンバを収穫し、選別して箱に収めている。そうしながらも口はひっきりなしに動き、楽しそうにあれこれとおしゃべりしていた。

 もちろん新参者のフィアたちにも声をかけてくれる。


「まあ、人間じゃないお手伝いの方なんて久々じゃない?」

「そんなことないでしょ。この前ゼムリヤさんの弟さんが来て、無理やり手伝わされていたじゃない」


 彼女たちの噂話にフィアは思わず笑みをこぼす。あのヴェルンドに農作業させるなどゼムリヤはなかなかやるでないか。

 その時、フィアは何気なく手に取った目の前のキュカンバの形を見て、目をまん丸にした。他のまっすぐに伸びたキュカンバとは違う。丸まった形をしている。

 まるでウロボロスの印のようだ。

 大きさ的にさすがにフィアの腕は入らない。だが指輪のように指にはめることが出来た。

 嬉しくなって思わず下を見下ろし、従業員の女性たちにそれを見せる。


「見てみて。これ、凄いよ」


 フィアの無邪気なその様子に彼女たちは笑みをこぼした。


「あら、丸まっちゃったのね」

「なるべく全部まっすぐになるように育ててるけど、たまにそういうの出来るのよ。ほら特にそこ高い場所で目が届きにくいから」


 フィアは手元の輪になったキュカンバをじっと見つめ、尋ねた。


「これ、どうするの?」

「うーん。売り物には出来ないから、私たちの賄いに使うとか。希望を出せばもらえるけど」

「そうなんだ。じゃあフィア、これもらっちゃおっと」


 せっかくのアルバイト記念だ。フィアはウロボロスの印のようなキュカンバに保存魔法をかけて、仕舞おうとした。そこでふと気づく。すぐ近くで作業をしているはずのリリスにまだ見せていない。是非これを見せよう。

 と言っても、彼女はそんな離れた場所にいない。振り返ればすぐそこにいるはずだ。いつもならばフィアがこれを手に騒いでいる時点で彼女は反応するはずだが、一体どうしたことか。

 フィアは怪訝に思いながら、リリスがいるそこを振り返る。リリスは手にしたキュカンバをうっとりと眺めていた。


「ど、どうしたの。リリス」


 フィアの問いかけにリリスは我に返ったように顔を上げた。


「ふふ、ふふふふ」

「う、うにゃっ。リリス、変だよ?」


 突然笑い出したリリスにフィアは飛び上がって驚く。下で作業している女たちもフィアたちに注目していた。

 一体どうしたのだろう。さっきまでリリスはキュカンバを凝視していて、今はそれを大切そうに両手で握りしめている。もしかしたらフィアのように面白い形のキュカンバでも見つけたのだろうか。


「リリス?」

「あ、ごめんなさいね。フィアたん。私とってもとっても素敵なキュカンバ見つけちゃったの」

「す、すてき?」


 一体どんなキュカンバなのだろうか。フィアは思わず彼女の手元を凝視する。少なくともフィアが見つけたキュカンバのように変な形ではないようだが。


「そう。これはまさに啓示……私の前に運命が示されたのよ!」


 彼女が差し出したキュカンバをフィアは恐る恐る受け取る。形は問題ない。まっすぐに近い。

 だが、それをよくよく見てフィアはあっと声を上げた。


「ふ、二つのキュカンバがくっついてる!」


 二つのキュカンバがぴったりとくっつき、一つのキュカンバのようになっていた。

 まあ、とそれを見ていた他の女たちが納得したように頷いている。これもたまにある変形なのだろうか。

 リリスは嬉しそうに頷きながら、フィアが返したキュカンバを大切そうに受け取った。

 しかし、とフィアは疑問に思う。運命とはなんだろうか。ただ二つのキュカンバがくっついているそれに彼女は一体何の運命を感じたのだろう。


「ねぇ、リリス。運命って何の?」


 フィアの問いかけにリリスは真っ赤になった。


「い、いやだ、フィアたんたら。決まってるじゃない。これは私とゼムリヤの運命をあらわしているのよ!」

「う、うにゃあ……」

「まあ、ゼムリヤさんとの。ってことはリリスさんはあのゼムリヤさんが好きなのかしら?」


 思ってもみなかった展開なのだろう。先ほどまでよく出来た魔道具のように、口を動かしながらも手を休めることなかった女たちが手を止め、瞳を輝かせリリスに尋ねる。

 これはコイバナに食いつくときのリリスと同じ目だ。

 リリスは恥ずかしそうにもじもじしながら彼女たちに頷いた。


「今朝会ったばかりなのだけど。運命的なものを感じたの」

「まあまあ、若いわね」


 ちなみにリリスは彼女たちからすると気が遠くなるほどの年月を生きているが、この際それは置いておこう。フィアはコイバナに盛り上がる女たちを眺め、そう思った。

 リリスは繋がったキュカンバを胸に抱き、うっとりと呟く。


「ああ、このキュカンバのようにいついかなる時も離れることなくあなたに寄り添いたい……!」

「でもあの農業一筋のゼムリヤさんはきっと難攻不落よ」


 長きに渡りこの農場で働いてきたと思われる女たちの心配げな声にリリスは笑みを浮かべた。余裕たっぷりの女優スマイルだ。


「やりがいがあって最高。この私に落とせない男はいないわ」


 リリスの言葉に女たちがきゃあきゃあと騒ぐ。

 フィアはリリスと彼女たちを眺めながら、ふと思い出した。今のリリスの言葉は、この前主演していたドラマの台詞ではなかっただろうか、と。







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