夜の日課
フィアは大きく一つ欠伸をして、睡魔を追い払うように何度か首を振った。
今日は疲れた。朝から変な機械を身体中につけられ、エルヴァンが作った解析くんの中に放り込まれて一日を過ごしたのだ。そしてつい今しがたカツカレーの大盛りを食べ終えたところだ。
これでは眠くなっても仕方ない。
だがまだやることがある。フィアにとってここ二百年の間の日課だ。
自室の机の引き出しを開け、中から分厚いノートをとりだす。一体これは何冊目だろうかと少し考え、思わず苦笑いした。何冊など数えられる訳もない。
フィアは少し考え、ペンでノートに書き込み始めた。
『シェイドへ。
今日はまた検査だったよ。時間がたつのが遅くて、早く終わって欲しいと思いました。
フィアは相変わらずです。
なにも変わらないよ。変わらず幼体のまま。
なんでかな?
オトナになるってどういうこと?
このまま幼体でいちゃダメなのかな?
最近分からなくなってきたよ。
オトナになってどうするんだろう?
そう思います。
そうだ。今日はね、カツカレーだったんだよ。シェイドの好きなカツカレー。
ミカエルはシェイドと違ってニンジン残しても何も怒らないよ。
でもね、フィアはそれが少し寂しい。
もうフィアはずっと、ずっと、これからずーっとシェイドに好き嫌いするなとか怒られることないし、シェイドのお皿に嫌いな野菜を転送することも出来ないよ』
そこまで書いて、フィアは慌ててペンを置いた。
これは良くない兆候だ。やめろ、ともう一人の自分の声が聞こえる。
フィアが天界の城からわざわざ魔界へと引越したのには訳があった。
時折、我慢できなくなる。衝動のままに、己の力をふるい、理を曲げてしまいそうになる。
シェイドの、いや正確にはシェイドであった魂はフィアが天界に住んでいた時、未だ転生していなかった。
死後、天界へ戻った魂はフィアが作った魂洗濯機で洗われ、生前の記憶や人格を消される。そして、天界のとある場所で転生の時が来るのを待つのだ。
神であるフィアには力がある。たいていのことを歪められる力が。
その気になればシェイドの魂を引っ張り出し、神の力でもって、そこにシェイドの人格と記憶を戻すこともほぼ可能だとフィアは考えている。
だからフィアは天界から去った。
己の未練が恐ろしかった。
どんなことでも可能とする己の力も恐ろしかった。
人と魔族でありながら、ともに生きることを望み、全てを捨てて天界で暮らすとある男女はフィアのそんな欲望を否定しない。だがフィアは彼らと自分たちは違うと考えている。
彼らは己の生涯の伴侶として、互いを選んだ。だが自分とシェイドは親子のようなものだ。生前シェイドはよく言っていた。子はいつか親のもとから巣立つ、と。子は親離れし、親は子離れする。
つまり自分とシェイドは離れなければならない。
彼はよくフィアが望むならば、寂しいならば、魂だけになってそばにいても構わないと言っていた。だが、それはフィアが幼体であったからだろう。
子どもは親を必要とする。だから、自分の人としての生を歪めてでも、側にいてくれると言ったのだ。
フィアは何度か深呼吸し、再びペンを手にとる。
『もう寝るね。おやすみ、シェイド』
あえて天界から報告されないようにしているが、フィアはふと疑問に思った。
自分が天界を去った時に眠っていたシェイドの魂はもう転生しただろうか、と。




