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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第八章 神様と元勇者と変わる世界
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神様、召喚する

 フィアが魔力熱で倒れて二日が経った。

 シェイドはほぼ平熱にまで熱も下がり、体力も戻ってきつつある。しかしフィアは依然として意識が戻らない。熱も下がる気配がなかった。

 シェイドはフィアの額に触れ、ため息をついた。


「一体、どうしたんだろうな……」


 ルシファーやエルヴァンの話では魔力熱はその日の内に良くなることが殆どだという。元々魔力を完全に制御していたフィアがこんなにも寝込むなど、まず考えられないことらしい。

 掛け布団を掛け直してやったその時、シェイドの保護者フォンが鳴った。見ればルシファーからである。珍しいこともあるものだ。


「はい」

「勇者、お子様神様はまだ寝込んでるか?」

「え、ああ。まだ変わらず……」

「分かった。すぐそっちにメフィストフェレスを向かわせる」


 突然彼の従者であるメフィストフェレスの名前が出てきたことにシェイドは面食らう。


「お、おい。どうした?」

「あまりにもおかしいんだ」

「何が?」

「お子様神様と仲良くしている高位魔族の幼体三人が次々と魔力熱で倒れてる。しかもお子様神様同様全く意識がない」


 それが何の関係がある、と問い返そうとして止めた。伝染するような病気ならともかく、魔力熱なのだ。フィアに続いて仲の良い幼体が同じように倒れるのはさすがにおかしい。

 何かフィアと関係があるのではと考えても無理はない。

 用件を伝えすぐに切れた保護者フォンを見下ろす。何もかもが分からない。

 シェイドは意識のないフィアのそばに座り、その小さな手をそっと握った。



 ***



「遊園地?」


 フィアは周囲を見渡して驚いた。何故ここに自分はいるのだろうと首を傾げた。


「うーん、うーん。そういえばフィアさっきまで何をしてたんだっけ……?」


 どんなに考えても自分が今まで何をしていて、何故ここにいるか思い出せなかった。


「ま、いいか!」


 せっかく念願の遊園地なのだ。楽しまなければ意味がない。

 でも自分一人では少し寂しいし、勿体無い。これはお友達を呼んだ方がいいだろうとフィアは考えた。ポケットに手を入れたが、いつもそこにある幼体フォンがない。


「んにゃー、何でー?」


 ごそごそと洋服のポケットというポケットを漁るが見つからない。フィアは思わずふくれっ面になった。


「これじゃあ、ティーちゃんも、ストラスもセーレも呼べないよ!」


 そう愚痴った瞬間、背後から驚いたような声が聞こえた。


「うわっ!」

「きゃっ」

「な、何だ?」


 聞き覚えのある声に慌ててフィアが振り返ると、そこにはフィアが呼ぼうとした三人がいた。三人は驚いたように周囲を見渡している。


「みんな!」


 一緒に遊びたかった三人が何故か目の前に現れたことにフィアは笑顔になる。そして目をぱちくりとさせている彼らに駆け寄った。


「神様?」

「遊ぼう! 遊園地だよ!」

「え、え? どうして私、ここにいるの?」

「俺は自分の部屋でテレビ見てたんだぞ?」

「僕はお店でお父さんの手伝いしてたんだけど……」

「むー。そんな事より遊ぼうよ!」


 フィアの言葉に三人は顔を見合わせている。どうやらここに突然来てしまったことが腑に落ちないようだ。


「ほら、早く!」


 乗り物の方に向かいながら、フィアは彼らを手招きする。三人は未だに戸惑いの表情を隠せない。だがさっさとフィアが歩き始めると後をついてきた。

 周りには着ぐるみを着た遊園地のスタッフがいるだけで、フィア達以外誰もお客がいない。貸切だ、と嬉しくなった。

 すたすたと歩いていたフィアの手が誰かの手と繋がれた。思わずフィアは立ち止まり、その手の主ストラスを見る。

 彼は心配そうにフィアを見つめていた。


「どうしたの?」

「いや、フィア……お家の人が病気で寝込んでいたんじゃないの?」

「お家の人? 病気?」


 意味のわからない言葉にフィアは思わずきょとんとなり、首を傾げる。

 一体ストラスは何を言っているのだろうか。病気とは何の事で、お家の人とは誰だろう。

 フィアの意味が分からないという表情に気づいたのだろう。ストラスが口を開きかけた。だがその時、背後にいたセーレが話に割り込んだ。


「勇者だよ! 人間の。父上が言ってたぞ……勇者が病気で寝込んでるって」

「私もお父様に聞きました」

「フィア、ここで遊んでて大丈夫なの?」


 フィアは三人の顔を順番に見ていく。三人とも心配そうな表情でフィアを見つめていた。

 心当たりのない話にフィアは居心地が悪くなって思わず言い返した。


「病気? 人間? 勇者って……何のこと……?」


 フィアの言葉は三人にとって思いがけない言葉だったのだろう。彼らは衝撃を受けたかのような顔になっていた。

 三人の中で一番最初に我に返ったセーレがフィアと並んで立っているストラスを手招きする。彼とティーちゃんはフィアから少し離れた場所に並んで立っていた。ストラスはフィアにちょっとごめんね、と謝ってから繋いだその手を離した。そしてセーレの目の前にまで歩いて行く。

 三人は顔を寄せ合い小声で話していた。フィアにはその内容が聞こえない。近づこうとしたら、セーレから少しそこで待てと言われた為諦める。手持ち無沙汰に彼らの姿を眺めながら、先ほど言われた言葉を思い出す。

 人間、勇者、病気。

 何も思い出せない。その言葉を考えると頭が痛くなってくる。だからフィアはぶんぶんと首を振り、考えることを放棄した。

 しばらく三人は何事か話し合い、頷きあうと全員でフィアの前にまで歩いてきた。みんなさっきと打って変わり笑みを浮かべている。


「お話終わった?」

「うん、大丈夫。じゃあフィア遊ぼう」


 さっとストラスはフィアの隣に来て手を握る。

 何の話だったか分からないが、やっと遊べるらしい。フィアも三人に笑いかけ、四人は手近な乗り物へと近づいて行った。



 ***



 四人はスタッフと着ぐるみ以外誰もいない遊園地を満喫していた。

 色々な乗り物に乗ってまわり、疲れたらベンチに腰掛けジュースを飲んだりお菓子を食べる。園内はお菓子もジュースも無料だ。今四人はソフトクリームを食べながら、ベンチに座り目の前を通り過ぎていくパレードを見学している。


「このパレードっていうのも季節ごとに違うんだって! すごいねー!」


 フィアはソフトクリームの最後の一口を食べ終え、興奮した口調で並んで座る友人たちに言った。


「そうだね。ところで、フィア……」


 笑顔でフィアの言葉に同意したストラスは恐る恐るといった感じで何か言おうとしている。彼の横に座っているティーちゃんとセーレも固唾を飲んでそれを見守っていた。


「なあに?」

「ほら、乗り物も乗れるのは殆ど乗っちゃったし、パレードも見たし……そろそろお家に帰らない?」


 思いがけない提案にフィアの顔が強張る。どうして、と咄嗟に言い返したフィアの声は掠れていた。

 三人は緊張した面持ちでフィアの様子を伺っている。もう一度フィアは問い返した。


「どうして?」

「どうして、って……。じゃあ、どうしてフィアは帰りたくないの?」


 ストラスの言葉が何故か胸に突き刺さる。

 そうだ。何故、自分は帰りたくないのだろう。

 フィアはその『理由』を思い出そうとしたが、頭痛がそれを邪魔して無理だった。勇気を振り絞り、フィアは彼らに尋ねた。


「じゃあ……どうしてみんなは帰りたいの?」


 どうしてだろう。ここには楽しい乗り物が一杯だ。お菓子もジュースも沢山ある。ずっとここにいれば楽しいし幸せだし寂しくない。


「それは……」


 ストラスは口ごもったが、ティーちゃんが悲しげに本音を漏らした。


「お父様に会いたい。黙って来ちゃったから心配してると思う」


 それを聞き、フィアは弾かれたように立ち上がった。己の身体がぶるぶると震えているのが分かる。きっと今自分の顔は真っ青だろう。


「ティーちゃん!」


 珍しく真剣な表情のセーレに腕を引かれ、はっと我に返ったティーちゃんが慌てて俯く。


「どうして……どうして? ここにいれば楽しいのに。フィアは、みんなと一緒にいたいのに……!」


 ぐつぐつと煮えたぎるような、何とも言い表し難い感情がこみ上げてくるのをフィアは感じた。三人は悲しげにそんなフィアを見つめている。

 ああ、お友達を困らせている。そう思うと自分で自分が嫌になった。

 自分でもダメだと分かっている。理不尽だと分かっている。それでも感情を抑えられない。

 いつもは我慢しているのに。何故今日はこんなにも我慢が出来ないのだろう。


「もういいよ!」


 フィアは涙がこみ上げてくるのを感じ、彼ら三人に叫ぶとその場を走り去る。行く先など考えてない。とにかくこの場から逃れたかった。

 背後から自分を呼び止める声が聞こえた。だが立ち止まらず走り続ける。どこか別の場所へ。彼らの追って来ることの出来ない場所へと心の中で叫びながら。

 散々走り続け、息が切れ、立ち止まる。周囲を見渡すと、そこはもう遊園地ではなかった。お菓子の家が並んでいる。その光景はどこか天界に似ていた。

 背後を振り返ったが、友達三人の姿はない。

 彼らは追って来ることが出来ない。フィアがそれを拒んだからだ。『この世界』ではフィアの意に沿わないことは出来ない。フィアはそれにもう気づいている。

 フィアはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 酷い、酷い、酷い。

 心の中の叫びにフィアは少し笑った。酷いのはどちらだろう。明らかに自分だ。こんな『自分の世界』に彼らを無理やり引きずりこんで付き合わせて。

 だが彼らが羨ましかった。寿命のない、自分たちが大人になるまで見守ってくれる両親。フィアが望んでも得られないそれを彼らは持っている。

 彼らはフィアのようにいつかひとりぼっちになったりしないのだ。

 ぽろりと涙が零れる。今まで我慢していたものが溢れだしてくるのを感じた。フィアはぼろぼろと涙を流しながら、頭からあえて消していた者の名前を呟いた。


「シェイド……!」

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