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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第八章 神様と元勇者と変わる世界
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元勇者、心配する

 数日間、フィアは神様業で出かける以外の時間全てをシェイドのそばで過ごしていた。

 その日薬を飲み、しばらく眠っていたシェイドは物音で目を覚ました。かなり気分も良くなっているし、熱も微熱位にまで下がっているようだ。


「久々にこんな寝込んだな……」


 苦笑して呟くと視線を布団のすぐ傍に移した。ここ数日いつもフィアが座り込んでいた場所である。だがそこにいるフィアはいつもと様子が違った。その場で突っ伏している。何かおかしい。

 驚いたシェイドは慌てて起き上がる。このところ寝込んでいたせいで身体が重いが仕方ない。


「フィア、こんなところで昼寝したら寒いだろ」


 そっと声を掛けたが反応がない。腕を伸ばし彼女の身体に触れた瞬間、シェイドの顔が凍りついた。


「フィア? どうした?」


 呼びかけても反応がない。

 フィアの身体は燃えるように熱かった。手のひらを額に当てると、やはり熱がある。

 人間の子どもならば自分のリュウカンが伝染したと考えられるが、フィアは人間ではない。肉の器を持つ人のように病気にかかったりしないのだ。それなのにこの高熱は一体どうした事だろう。

 シェイドはひとまずフィアを抱え、今まで自分が寝ていた布団に寝かせた。そして悩んだ末に保護者フォンを取り出して、エルヴァンに連絡をとった。呼び出し音が何度か鳴り、やっと彼が通話に応じる。


「あれ、勇者くん?」

「エルヴァンさん、フィアが大変なんです。熱を出したみたいで。でも人間じゃないから病気になんてなりませんよね? それならこの発熱は何なんですか?」

「まあまあ、勇者くん。落ち着きなよ」

「落ち着けって……。意識もないんですよ」


 もしかしてずっと体調が悪いのに無理をして自分の看病をしていたのかとシェイドは思った。


「まあまあ、すぐそっちに行くから。待っててよ」

「はい、お願……ってもう?」


 人の気配にはっと顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべたエルヴァンが立っている。転移でさっそくやって来たらしい。

 彼は呆気にとられるシェイドに構わず布団のそばに座り、フィアの様子を確かめ始めた。


「うーん……」

「どうですか?」

「多分、魔力熱じゃないかな」

「魔力熱?」


 聞いたことのない言葉にシェイドは首を傾げた。


「まだ魔力のコントロールが上手く出来ない幼体に良くある症状だけど……。フィアがなるなんて意外だなぁ。この子神様だけあって桁違いの魔力持ってるけど、創造と破壊の相反する力がバランスをとって、強大な魔力をコントロールしてたから」


 過去にフィアのことを調べた事のあるエルヴァンは意外だねと繰り返した。


「これは良くなるんですか?」

「うん。安静にしてたら治るよ。勇者くんこそ、リュウカンなんだって? どうなの、体調は」

「俺はかなり良くなりましたよ。ただここ何日か寝込んでる間、ほぼずっとフィアが看病してくれて……。それが良くなかったんでしょうか……」

「うーん。それはちょっと私にも分からないな。ごめんね」

「え、いや、そんな謝らないで下さい。子ブタちゃんまでお借りしてますし」


 慌てるシェイドにエルヴァンはいやいやと笑顔で手を振る。


「気にしないで。まだ君も全快じゃないみたいだし。私も別に困ってない。良くなるまで子ブタちゃんを貸すから、ゆっくり休んだ方がいい」

「ありがとうございます」

「うんうん。フィアも早く良くなるといいね。じゃあ、私は帰るよ。また何かあったら連絡して」


 立ち上がり見送ろうとしたシェイドをエルヴァンは手で制し、次の瞬間その場から消えた。

 シェイドは僅かに赤く、苦しそうな顔で眠るフィアを見下ろす。少しでも楽になるようにと思い、氷水で冷やした布を額にのせた。ついさっきまでフィアが自分にそうしてくれていたように。


「フィアの布団、ここに持ってくるか……」


 自分もまだ熱があり、身体が怠いから安静にすべきだ。だがフィアの様子も気になる。ならばここに彼女の布団も持って来て、隣に寝かせておくのが一番だろう。

 シェイドはそう考え、フィアの部屋に彼女の布団を取りに行くべく襖を開けた。廊下に出ようとしたその時、玄関の方から子ブタちゃんに案内され、ルシファーとベルゼブブがやって来るのが目に入った。


「ルシファー? ベルゼブブまで何で?」

「何で、とはご挨拶だな。お子様神様が『お前が死んでしまうかもしれない』と騒いでたから来たのに」

「それはそれは……ご丁寧にどうも」


 ただのリュウカンでそこまで騒がれると何とも言えない気分になる。抵抗力の弱い小さな子どもや老人ならともかく、まだ体力もある大人の男がリュウカンで死ぬことはあまりない。だが病気をすることのないフィアやルシファー達がそれを知らなくても仕方ないとシェイドは自分に言い聞かせた。


「先日全魔界会議があったのだが、そこであまりに神様が落ち込んでいるから、『とうとう勇者にもその時が来たか』という話になってな。今日私とルシファー様がここを訪れると知った者たちからこれを預かっている」


 ベルゼブブはこれ、と懐から封筒をちらりと見せた。その正体を察し、シェイドはさっと青くなる。


「それ、まさか……香典? 香典なのか?」

「え、いや、まあ……そんなところ……ですかね、ルシファー様?」

「私に聞くな」


 シェイドは二人の格好はまさか喪服か、と引きつった。いくらなんでも酷い。酷すぎる。

 もしやテレビをつけたら魔界ニュースで自分の訃報でも流れてたりするのではないだろうか。想像したくもない。


「勝手に殺すな!」

「いやいや、落ち着け!」

「それだけあのお子様神様は心配してたってことだ。そう思え!」

「とりあえず、それ持って帰ってくれ! 縁起が悪い!」


 シェイドにびしっと指差され、慌ててベルゼブブが懐に封筒を仕舞う。


「そんなことより。勇者、お前寝込んでたんじゃないのか?」

「ああ。かなり良くなったがまだ安静にしてる。でもちょっとな。フィアが……」

「お子様神様がどうした?」

「熱を出して意識がない。エルヴァンさんの話じゃ魔力熱だって話だが……」


 シェイドの言葉にルシファーとベルゼブブが顔を見合わせた。再びシェイドへと顔を向けたルシファーの表情は彼にしては珍しく厳しい。


「ちょっと見せてくれ」

「え、ああ。どうぞ。あ、子ブタちゃん。フィアの布団をここに持ってきてもらえるか?」


 シェイドは客人二人を自分の部屋に招き入れながら、子ブタちゃんに布団を頼んだ。

 部屋に入ったルシファーはフィアのすぐそばに歩みより、片膝をついた。そして右手を伸ばし、彼女の顔に触れる。ベルゼブブもルシファーの隣でその様子を見つめていた。


「勇者、これはいつからだ?」

「さっき俺が目を覚ました時にはこうだった」

「そうか……」


 ルシファーはフィアから手を離すと少し俯き、何か考え込んでいる。


「エルヴァンさんは幼体とはいえフィアがこうなるとは思わなかったと言っていた」


 シェイドの言葉にルシファーはそうだろうな、と頷く。ベルゼブブも同じように頷いていた。

 ふと思いついたようにルシファーは身を乗り出し、意識のないフィアに意地悪そうに話しかけた。


「お子様神様、のん気に寝てていいのか? お前のカラアゲを全て私が食べてしまうぞ!」


 あまりに突拍子もない、大人気ない言葉にシェイドもベルゼブブも呆れてしまう。

 一体この男は何を言い出すのだろう。


「ルシファー様、一体何を?」

「いやいや、カラアゲの為に復活してくるかとおも……ぎゃっ!」

「え?」

「る、ルシファー様!」


 突如意識のないフィアが拳を突き上げ、それがルシファーの頬を直撃した。無防備だった彼は思い切り背後に吹っ飛ぶ。


「何だ?」


 シェイドは壁に叩きつけられたルシファーとゆっくりと拳を元にもどしたフィアを交互に見る。


「神様? やはり意識は戻っていないようだな。しかしこの状態でもカラアゲに執着するとは恐るべし……。ルシファー様、不用意にからかうものではありませんよ」

「まさかこの状態で反撃してくるとは普通思わんだろうが!」

「相手は神様です。普通は通じません」


 ベルゼブブの言葉にシェイドは苦笑を漏らす。全くその通りだと思ったのだ。

 やはりフィアは寝込んでいたとしてもフィアであった。


「早く良くなれよ。カラアゲ食べられないぞ」


 シェイドは苦しそうな表情で眠るフィアにそっと声をかけた。

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