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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
番外編 フィアとパン屋の少年
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フィアとパン屋の少年 中

 フィアはリリスと別れた後、昨日メロンパンを買ったサレオスの店へと向かった。彼の十二歳になる息子とやらと会うためだ。

 店の近くに来ると今日もパンの良い香りが漂っているのに気づいた。少し歩くとすぐに店の赤い屋根が見えて来た。外から中を覗くと、何人かの客がいる。カウンターにはサレオスの姿があった。

 そっと扉を押し開く。来客を告げるベルが鳴り、いらっしゃいませとサレオスが言ってこちらを見た。彼の顔に笑みが浮かぶ。彼は会計をしていた客に商品と釣りを渡した後、くるりと後ろを向き、背後の部屋に向かって誰かの名を呼んだ。きっと彼の息子が奥にいるのだろう。

 フィアは店内のパンを見て回りながら、サレオスの息子が現れるまで待った。昨日来た時はじっくり見なかったが、改めて見れば色々な種類のパンがある。商品名を一つ一つ見て行った。昼過ぎのせいかトレイは空っぽのものが多い。プレーンなパンもあれば、菓子パンや惣菜パンも種類がある。

 今日も何か買っていこうかと真剣に悩んでいると、背後から恐る恐るといった感じで声をかけられた。


「あのぉ……」

「う?」


 慌てて振り返れば、そこにフィアと同じくらいの身長の男の子が立っている。確か十二歳と言っていたから、こんなものだろう。真っ黒な髪の毛に、魔族特有の赤い瞳だ。彼の後ろには父親のサレオスが立っている。


「これが昨日話したウチの息子。ストラスだ」

「フィアだよ! よろしくね!」


 ストラスははにかみながら頷いた。


「折角来てもらったから、上がってもらったらどうだ?」


 どうやらこの店の上の階は住居になっているらしい。サレオスは天井を指差し、息子へと言った。


「うん。じゃあ、こっちだよ」


 ストラスは手招きし、奥へと向かう。フィアはその後ろについて行きながら、仲良くなれるといいなと思った。

 ストラスは男の子だからマレンジャーを見ている可能性が高い。それならば共通の話題もある。エアーバイク友達の話もしてみよう、と決めた。



 ***



 フィアはエアーバイクで魔界の空を駆けていた。

 つい先ほどまでフィアはベルゼブブの城でティーちゃんと勉強をしていた。ちょうど同じ年頃ということもあり、ベルゼブブが二人で一緒に学んではどうかと提案してきたのだ。

 魔界では幼体義務教育の決まりがあり、それぞれの種族ごとに定められた年齢で決められた内容を勉強することになっている。高位魔族は幼体があまりに少ないので、下位の魔族たちのようにガッコウなる場所には行かず、家庭教師がつくのだ。

 フィアは二十五年前、シェイドとともに旅をしている時、文字や計算などを教えてもらった。だがそれだけでは今後のことを考えると心許ない、とシェイドは悩んでいたらしい。そこへ今回のベルゼブブの提案である。

 かくしてフィアは魔界義務教育をベルゼブブの娘とともに受けることになった。


「シュクダイって難しいのかなぁ」


 ううむ、と運転しながらフィアは唸る。授業の終わりに教師から渡された問題集。それの指定された頁をやって行かねばならないらしい。


「わからなかったら、どうしよう……」


 今日習ったところだという話だが、不安は残る。分からなかったらどうすれば良いのだろうか。シェイドに聞ければいいが、魔界と人間界では教育内容が違うはずだ。

 うんうん悩んだ末、先日知り合ったストラスもルシファーの城から家庭教師が来て幼体義務教育を受けていると言っていたことを思い出す。ベルゼブブのような魔王の子どもだけでなく、ストラスのような一般家庭の子どもでも家庭教師は派遣されているのだ。

 それに彼はフィアよりも六つ年上である。フィアの分からないところも彼は分かるのではないだろうか。

 まだ会ったのは一度だけだがストラスは好感の持てる少年だ。フィアの話を楽しそうに聞いてくれるし、何より優しい。

 先日初めて会った時、彼の母親がお茶とおやつを出してくれると言うので、フィアはメロンパンが食べたいと頼んだ。ストラスにサクサクした上の部分が好きだと言ったら、彼は自分の分のそれをフィアにくれた。まるでシェイドのように。

 そんな事もあってフィアはストラスと話していると、まるでシェイドとお話ししている時のように心がぽかぽかと温かくなるのだ。まだ一度しか会ったことがないが、自分の直感はきっと間違ってないと思う。

 今度週末のお休みの日にサレオスのパン屋近くを案内してもらう約束をとりつけているし、もっと仲良しになれるだろう。

 ただ、一つだけ問題があった。

 ストラスもその父親サレオスもフィアが神であると気づいてないようだ。フィアも言いそびれてしまっている。


「言わないといけないよね……」


 それを考えると気分が重くなった。何も知らないストラスはフィアを普通の友人として扱ってくれる。彼はフィアの名前を呼んでくれる数少ない存在だ。今やフィアの名前を呼ぶ者は片手で数えられるほどしかいない。ティーちゃんが最近やっと他の人がいない場所でならフィアちゃんと呼んでくれるようになったが、この世の殆どの者にとってフィアはフィアでなく『神様』なのだ。

 自分の正体を隠すのは良くないと分かっている。だがそれを話した途端、彼の中でフィアはフィアでなくなり神様になってしまうと考えると怖気付いてしまう。

 そんなことを悩んでいる間にもルシファーの城下町はぐんぐん近づいてくる。フィアは今日機会があれば言おうと決めた。今日ダメだったら、会う約束をしていた週末に言うのだ。

 そう決意し、フィアはエアーバイクの下降ペダルを踏んで高度を落とし始めた。



 ***



 フィアの様子がおかしい。

 シェイドは夕食後、フィアとコタツでお茶を飲んでいる時に気付いた。今彼女は物憂げにテレビ番組を見ている。シェイドもそれを一緒にみながら時折横目でフィアの様子を伺っていた。

 番組から宣伝に移り変わったとき、シェイドは意を決してフィアに尋ねた。


「フィア、元気ないな。どうした?」

「んにゃ?」

「友達と喧嘩でもしたか?」


 フィアはつい先日新しく友達が出来たと言っていた。今日帰ってくるのが少し遅かったから理由を聞いたところ、その友達のところにお邪魔して勉強していたと言う。

 まさかその友達と喧嘩したとも思えないが、喧嘩でなくともその子と何かあったのではないかと考えたのだ。今日ベルゼブブの城に行くため出かける時は元気だったのだ。だが帰ってきた途端にこの様子なのだから、シェイドがそう考えても仕方ない。

 フィアは困った顔をして視線を彷徨わせている。


「何かあったのか?」

「フィアね……。自分が神様だって言ってないんだ」

「へ?」


 思わぬ返答にシェイドは呆気にとられた。


「ええっと……その新しいお友達にか?」

「うん……。ストラスはフィアが神様だって知らなくて。言わなきゃだけど、フィア言えなかったんだもん……」


 フィアは完全にしょげている。


「神様って知ったら、何かが変わっちゃいそうで嫌だったんだもん」

「そうか。でも他の友達はみんなフィアが神様って知ってても友達だろ?」

「それは……そうだけど……」


 もごもごと何か言っていたフィアは完全に項垂れてしまった。いつにない様子にさすがのシェイドも慌ててしまう。

 改めて考えれば、今やフィアを神様として扱わない存在は貴重なのだ。きっと彼女はそれを失いたくないのだろう。

 しかしフィアは相手が自分を神様だと知らないと思い込んでいるが、本当にそうだとは限らない。フィアはドキドキクッキングで魔界のテレビに出演している。番宣の為に他の番組にも出たことがある。更にいえば、復活した時のように何か大きな出来事があると、彼女の顔写真はニュースとともに全魔界のお茶の間に映しだされているはずだ。

 それを考えると、ある程度の暮らしをしているはずの高位魔族が神様の顔を知らないということは考え辛い。

 シェイドはこれ以上フィアを傷つけないように、恐る恐る言った。


「な、なあ。フィア。もしかしてフィアが神様って知らないふりをしてくれてるだけかもしれないぞ」

「知らないふり?」

「ああ。アスタロトお墨付きなら有名な人も買いにくるパン屋じゃないか? だったら、例え知ってる相手でも『魔王様ですよね?』とか『神様ですか?』とか言わないんじゃないか?」

「うーん……そうかなぁ」

「ほら。フィアのエルフの耳に魔族の目なんて珍しすぎるだろ?」


 シェイドのその言葉にフィアは初めて気付いたとばかりに目をまん丸にして頷いた。どうやら彼女は自分が珍しい外見をしているとすっかり忘れていたらしい。


「……そうかも」

「だろ?」

「じゃあ、じゃあ。フィアが神様って言っても、ストラスは変わったりしないかな?」

「ストラス……? まさか、その名前、男……?」


 ベルゼブブの娘のように新しい友達とやらも女の子だと思い込んでいたシェイドは凍りついた。

 だがフィアはシェイドのそんな様子にも気を止めず、こともなげに頷く。


「そうだよ。うーん。多分大丈夫かなぁ……。フィアが神様って言っても、今まで通りフィアって呼んでくれるよね、きっと」

「な、名前を呼び捨て……?」

「だいじょぶ、だいじょぶ。信じよう……!」


 自分に言い聞かせるように呟くと、フィアは立ち上がった。そして呆然としているシェイドに笑顔で言った。


「ありがとう、シェイド! フィア勇気が出たよ!」

「え、ああ。な、なあ、フィア……」

「なんか安心したら眠くなっちゃった。フィアもう寝るね!」

「なあ、フィア……」

「おやすみー。あ、そうだ。フィア週末ね、ストラスと遊びに行くから!」

「遊びに? ま、まさか二人でか?」

「そうだよー。おやすみなさーい」

「ま、待ってく……」


 シェイドが呼び止めるより早く、フィアは欠伸をしながら茶の間を出て行ってしまった。

 何てことだ。想定外の展開である。

 シェイドは慌てて保護者フォンを取り出し、連絡先一覧を開いた。そしてとある人物を呼び出す。待つまでもなく相手が通話に応じた。


「リリスか? 俺だ。頼みがある」


 これは一大事だ。ヒーローショーのマレンジャーレッドどころではない。

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