第七章 オマケ
フィアは達成感に満ち溢れ、笑顔で『豚一番』の扉を開いた。
魔界でも人気の料理屋であるトシーノの父親の店は、フィアとそのエアーバイク友達の集合場所である。
レッドともお話しできたし、あとはお友達にガトーショコラを渡すのだ。ティーちゃんはお勉強中ということで会えなかったから、城の使用人に預けておいた。
店はランチが終わったところで客はいない。客のいない店内のテーブルには既にメロやトシーノ、セーレの姿があった。
「神様!」
フィアはメロの隣に座り、首を傾げた。
「ねえねえ、何でセーレはあんななの?」
「え、あれは……」
セーレは一人離れたところに座り項垂れている。何故あんなところに座っているのか意味がわからない。
「しかも空気がどよよんってしてるよ」
「本当ですね。この世の終わりみたいな顔しちゃって……たかがヴァレンタインで!」
「め、メロちゃん!」
トシーノが慌ててメロを止めた。だがメロはそれに構うことなく続けた。
「さっきからああなんですよ。ライラにチョコレートもらえなかったって言って」
「そうなんだ。あ、フィアね。みんなにチョコレート持ってきた!」
「あ、私もです」
フィアとメロは互いに友チョコを交換しあい、それぞれトシーノにチョコレートを渡す。そして最後の一つセーレの分を手に二人は目を見合わせた。
先に口を開いたのはメロの方だ。
「セーレ様。私と神様から義理チョコです! いつまでもうじうじしてる男は嫌われますよ!」
やはりメロは強い。ゴブリン族への考え方を改めねばならない。
彼女の一言は絶大な威力があったらしい。セーレははじかれた様に顔を上げ、慌てて三人の方へ駆け寄り近くの椅子に座った。
「別にうじうじなどしていない! うちのオバサンが作ったガトーショコラがまずかっただけだ!」
セーレは二人から義理チョコをもらいながら言い返す。うちのオバサンとは彼の母親ルサルカだろう。どうやら人面ガトーショコラは夫のベリアルだけでなく、息子であるセーレの元にも渡ったらしい。
フィアは思わずセーレに尋ねた。
「人面ガトーショコラ食べたの?」
セーレは物凄い勢いでフィアを見た。目まで見開いている。その様子にフィアの方も驚いてしまう。
「何でそれを知ってるんだ!」
「だって教室で一緒だったもん」
「そうか……」
「ねえ、どうだったの?」
フィアは恐る恐る味について聞いた。それを聞かねばならない理由が自分にはある。
そんなフィアにセーレは思い切りしかめ面になり、答えた。
「まずいとか言う以前に、にが過ぎて食べられない。あんなの菓子じゃない!」
「うにゃあ……」
きっと怨嗟のチョコレートテリーヌのような味だったのだろう。他人事ながらフィアはフローレティは大丈夫かと心配になる。
実はフィアがリリスに頼まれて渡したものは、お菓子教室で作った人面ガトーショコラだったのだ。リリスの部屋で二人はガトーショコラを作った。だがリリスのハート型の本命チョコは作っても作っても真ん中に綺麗にヒビが入る。最終的に材料がなくなり、不吉なハートのガトーショコラか教室で作った人面ガトーショコラのどちらか選ばざるを得なくなった。
悩んだリリスが選んだのは人面ガトーショコラだったのだ。二人はごまかすためにココアをガトーショコラの表面に振った。そしてそれをラッピングし、フィアがフローレティへと届けたのだ。
人面ガトーショコラのせいで二人が上手くいかなかったらどうしよう。ここ数日リリスに頼まれてフローレティの様子を報告したり、ティーちゃんに聞いて情報を集めたり、写真を撮ってもらったのが無駄になってしまう。
謝礼として特大チョコレートパフェを奢ってもらう予定だったのだ。もちろん振られてもリリスはちゃんと約束は守るだろうが、落ち込んでいる彼女を見るのは忍びない。
「しかも、父上は朝から逃げたんだ。しばらくルシファー様の城から戻らないって言って!」
セーレはぷりぷりと怒っている。もしかしたらルサルカのチョコレートが酷いのは毎年のことなのだろうか。
実はリリスと彼女は似た者同士なのかもしれない。
フィアはそんなことを考えながら、メロからもらった包みを開けた。
「クッキーだ!」
「はい。お母さんと一緒に作りました。チョコクッキーです」
フィアはさっそく一つ口にいれる。
「メロ、美味しいよ!」
「ありがとうございます。あ、神様のはケーキ?」
「ガトーショコラだね。美味しいです、神様」
先に一口食べたトシーノが褒めてくれた。嬉しくなったフィアは笑顔になる。
「良かった。ティーちゃんも喜んでくれるといいなぁ」
「ティーちゃんってこの前言ってた子ですか?」
トシーノはフィアが前に彼女の事を話したのを覚えていたらしい。
「そうだよ、ベルゼブブの娘なんだ。そうだ、今度みんなで遊びに行こう!」
フィアの提案に三人は頷いてくれた。一番乗り気なのはセーレだ。身を乗り出してティーちゃんのことを聞いてくる。フィアがティーちゃんは可愛いと言うと、更に食いついてくる。
そんなセーレを見てメロは言った。
「切り替えの早い男。サイテー」
——やはりメロは強い。
***
その日夕食後、フィアはシェイドとともに自分が贈ったガトーショコラを食べていた。しっとりしていて我ながら美味しい。
半分こしたそれをせっせと食べるフィアに、シェイドが恐る恐るという感じで尋ねた。
「フィアは最近リリスから何か頼まれてたのか?」
フィアはフォークを持った手を止め頷いた。
「うん。リリスの結婚のためだよ」
「そ、そうか」
「リリス結婚出来るといいなぁ。結婚式には呼んでくれるって言ってた。ご馳走がいっぱいなんだって!」
「え、そういうのは結婚決まってから約束するものだと思うが……。まあ、結婚しそうだぞ……多分」
「そうなの?」
フィアはどこか歯切れの悪いシェイドに首を傾げる。だがシェイドが言うことだ。間違いないだろう。ならば一安心だ。
「そっかぁ。良かった。フィア、フローレティに人面ガトーショコラ渡しちゃったもん」
そう言うと再びガトーショコラを食べ始める。やっぱり美味しい。フィアは何故か固まってしまったシェイドの目の前の皿をじっと見る。食べないなら自分にくれないだろうか、という願いを込めて。
「な、なあフィア。人面……ガトーショコラ?」
どうやらシェイドは人面ガトーショコラのことが気になるようだ。仕方なくフィアはお菓子教室での経緯とセーレが食べたそれの話をする。全て聞き終えたシェイドが引きつった顔で言った。
「それがフローレティに渡されたのか……」
「うん。そうだよ。ねえ、シェイド。その半分残ってるのフィアに頂戴」
フィアはまだ引きつっているシェイドの返事も聞かず、さっさと皿を奪う。そしていそいそと皿に残っているガトーショコラを食べ始めたのであった。




