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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第七章 神様の初恋とヴァレンタインの巻
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神様の初恋の君

 フィアとリリスは渡されたレシピを真剣に読んでいた。


「簡単なガトーショコラだって!」


 美味しそうだ、とフィアは笑顔になる。しかも簡単に作れるというのは嬉しい。お菓子作りは二回くらいしかしたことがないが、これならば何とかなるだろう。今日この教室が終わったら、買い物に行って必要なものを買う。そしてリリスの家へ戻ってプレゼント用を作る予定だ。


「リリスさん、どなたにチョコレート渡すの?」


 背後から声が聞こえ、フィアは来たと思った。そっと背後を見ればルサルカだ。よほどリリスに絡みたいらしい。


「あら、私の彼のことを聞きたいの?」


 しかしリリスは嬉しそうに満面の笑みで問い返した。ルサルカは面食らっている。

 だがその二人をそばで見ながらフィアは首を傾げた。私の彼、とはどういうことか。まだリリスはお付き合いしてなかった気がする。でも彼女の中では既に結婚一歩手前のようだ。

 まあ、いいかと思いフィアは道具を確認した。簡単に作れるというだけあって使うものも少なかった。その時教室の奥の扉が開く。先生が入ってきたようだ。

 始まるらしい、と思ってリリスとルサルカを見れば話し込んでいる。フィアは自分の作業台を確認する。誰がどこの作業台かは決まっているから、やはり空いている場所はない。話を中断しない二人にフィアは意を決し、ルサルカに話しかける。


「ルサルカ、どこの席?」

「え、神様……あちらです」

「うん、わかった。フィアがそこに行くから、ここどうぞ」

「え!」


 驚く二人を置いて、フィアはさっさと移動する。こうすれば二人は話し続けられる。それにもしルサルカがリリスの変なスイッチを押しても、自分には被害がない。責任は原因となったルサルカにとってもらえる。


「こんにちは」


 フィアはぴょこんと挨拶し、元々ルサルカの席であった場所に座った。同じ作業台の女たちは笑顔で挨拶をしてくれる。

 先生が挨拶をし、教室は始まった。


「神様、だれにあげるんですか?」

「フィアはねー。いつもお世話になってるシェイドとお友達と仲良くなりたい人にあげるんだ」

「仲良くなりたい人?」

「やだ、初恋?」

「んにゃ……。違うもん。お話ししたいだけだもん」

「ふふ、いいわねぇ」


 みんなボールに刻んだチョコレートや無塩バター、生クリームを入れ、湯せんにかけている。ある程度溶けたら砂糖を加えさらに混ぜながら、フィアは女たちに相談を始めた。


「でも、でも。フィア勇気がなくて、話しかけられなくて。だからチョコレート渡す時に話しかけるんだ」

「頑張って。話しかけちゃえば何てことなかったりするものよ」

「そうなのかなぁ」


 フィアは丁寧にヘラで混ぜながら、ふと気になってリリスの方を見た。やはり二人は険悪な雰囲気で、それでも何か話しながら作業している。あれではまた変なお菓子が出来てしまいそうだ。

 味見の時が怖い、と思いながらフィアは続きの作業に取り掛かった。お酒をちょっと、溶き卵を少しずつ入れ、また混ぜる。粉類をふるって入れ、しっかり混ぜればあとは焼くだけだ。



 ***



 教室中に良い香りが漂っている。

 フィアは出来上がったガトーショコラを前にしてお腹が空いてきた。先生の作ったガトーショコラの試食がこれからあるから楽しみだ。もう既に何人かのアシスタントが試食の準備を始めていた。

 フィアはぴょこぴょこと歩いてリリスのそばに近づいた。先ほどから気になっていたのである。何やらリリスのまとう雰囲気が黒い。暗いのではない。黒いのだ。

 背後から恐る恐る近づいて、彼女を覗き込む。リリスはじっと出来上がったガトーショコラを見つめていた。そこで気がついたのだが、リリスだけでなくルサルカも己の作ったガトーショコラを凝視している。同じ作業台の他の女たちは二人を見ないようにしていた。

 フィアは二人が見つめるそれぞれのガトーショコラを見て絶句した。

 表面のヒビがまるで人の顔のようだ。ちょっと、いやかなり怖い。人面ガトーショコラである。

 たまたまだろうか。いや違うだろう。きっと作る時に負の感情と魔力を込めてしまったのだろう。

 フィアは二人にかける言葉もなく立ち尽くす。


「これ、どういうことかしら」

「さあ……これは夫用でいいわね……」


 ふふ、ふふふと二人が笑い合う姿にフィアは恐怖し、脱兎のごとくその場から逃げ、自分の席に戻って行った。



 ***



 二人は教室が終わった後、デパートに寄って材料やラッピング用品を購入した。フィアに引きずられるようにして教室を出たリリスは最初こそ落ち込んでいたものの、デパートに到着したころにはいつもの彼女に戻っていた。

 材料や道具は決まっている物を買うだけだから問題ない。リリスは気合を入れて大きなハート型を買っていた。二人が頭を悩ませたのはラッピング用品だ。あれでもない、これでもないと悩んでいると、かなり時間を取られてしまった。

 慌てて二人はリリスの部屋に戻る。今日もリリスの家に泊まるとは言え、ヴァレンタインは明日なのだ。時間があまりない。失敗して作り直す可能性があることを考えると、なるべく早めに取り掛かるに限る。

 ちなみにフィアは教室で作ったこれをシェイドにあげるつもりだ。とても綺麗に出来ているし、美味しそうだから問題ない。シェイドと一緒に食べようと心に決める。

 だからフィアが作るのは少し大き目のを一つ、小さめのものを四つだ。

 二人は早速ガトーショコラ作りに取り掛かる。それに専念するため、今日の夕食は鍋物にしようとリリスと決めた。鍋物ならば失敗もないし、手早く作れて美味しい。

 二人は教室で習った通り、順調に作業を進めた。無事焼きあがり、オーブンから取り出す。型から外したそれは全く問題なさそうだ。


「見て、見て、リリス!」


 フィアは嬉しくなってリリスの方を向いた。そして凍りつく。また彼女は剣呑な目でガトーショコラを見ている。


「ど、どうしたの?」

「不吉だわ」


 その言葉につられて彼女のガトーショコラを見た。

 大きなハート型。その真ん中にヒビが綺麗に入っている——それも縦に。


「つ、作り直すの?」

「ええ」


 リリスは力強く頷くと宣言した。


「私の結婚がかかっているんですもの!」



 ***



 シェイドは戸が開く音で顔を上げた。魔界のリリスの家に二泊したフィアが帰ってきた。彼女は荷物を抱えて入ってくる。


「おかえり」

「ただいまー」

「どうだった、リリスの家」

「え。えーと、その……うん」


 よくわからない回答が返って来る。シェイドは意味がわからず首を傾げた。


「後で話すね」

「え、ああ。お茶でも飲むか?」


 そろそろ自分も店番君に店を任せ休憩しようと思っていた、とシェイドは腰をあげる。だがフィアは首を横に振り、慌てた様子で手にした箱を渡してきた。


「これは?」

「ヴァレンタインのプレゼント!」

「ヴァレンタイン?」


 聞きなれない言葉を問い返したが、すでにフィアは回れ右して再び家から出て行こうとしていた。


「おい、フィア!」

「フィア用事があるから、ちょっと出かけてくる!」

「用事?」

「チョコレート渡しに行くんだもん。夕方までには帰るよー」


 そそくさと出かけていったフィアの背中を見送り、一人残されたシェイドは呟いた。


「ヴァレンタインって、なんだよ」


 しかし出かけてしまったものは仕方ない。空間を開いて消えて行ったから、多分行き先は魔界だ。シェイドはもらった箱を開けて中身を確認した。チョコレートケーキのようだ。


「フィアが作ったのかね」


 多分そうだろうと考え、それを持ち台所へ向かう。ひとまずこれを冷保存庫に仕舞おうと思ったのだ。ヴァレンタインが何か気になるが、フィアが帰ってきたら聞けばいい。

 冷保存庫にケーキを仕舞い、ついでに休憩をしようと茶の間へ向かう。襖を開けるとそこに来客がいた。いや、来客ではない不法侵入だ。勝手にコタツに入ってくつろがれても困る。


「おい、勝手に人の家に侵入するなよ……ルシファー」


 さすがは魔界の主、図々しい。シェイドはうんざりしながら彼の向かいに座った。見れば勝手に茶まで飲んでいる。

 いつの間に我が家は休憩所になったのか、とシェイドはぼやいた。


「なんか用事か?」

「いや、団子を食べに来たついでに寄っただけだ」

「なんだよ、それ……」


 自分の湯のみにポットから茶を注ぎながらため息をつく。そこでシェイドは先ほどの疑問を思い出した。お茶を一口飲んでから、切り出す。


「そういや、ヴァレンタインってのは魔界の行事か?」


 シェイドの言葉にルシファーが頷いた。どこかうんざりしたような表情である。


「どんな行事なんだ。フィアからチョコレートケーキもらったんだが」

「女が男にチョコレートを贈る行事だ。お前がもらったのはいわゆる義理チョコだな。家族や友人に日頃の感謝を込めて贈るらしい」

「へぇ、そんな行事があるのか。まさかそれで人間界に逃走してるのか?」


 図星だったらしくルシファーは顔をそむけた。だが何か悪いことを思いついたような顔になり、シェイドの方に再び向き直る。


「そういえば、お子様神様は?」

「フィアはチョコレート渡しに行くって言って、そそくさと出かけた」


 それを聞いたルシファーの笑みが深まる。


「なるほど。あのお子様も初恋か?」

「そうそう、って……初恋?」

「そう。ヴァレンタインのメインは本命チョコだ。好きな男に贈り、告白するという」

「……バカな。あのフィアが」


 フィアはマレンジャーとお菓子と三度の食事、それに三輪車やエアーバイクでの暴走くらいしか興味のなさそうな幼児なのだ。

 シェイドの動揺にルシファーはニヤニヤしている。


「さあ、どうかな。何と言っても最近あの神様がとある男の周りをちょろちょろしていると噂がある……って、く、首が締まる!」


 シェイドは身を乗り出し、ルシファーの襟首を掴む。

 大変だ。こうはしていられない。


「ルシファー、フィアの後を追うぞ!」

「意味が分からん!」

「変な男に引っかかってたらどうする!」


 あれでも神様だ。その力を利用しようとするバカがいるかもしれない。それにまだお子様なのである。


「アホか!」

「いいから、急げ!」


 シェイドはルシファーをがくがく揺さぶり、無理矢理立たせる。そしてフィアの後を追うため魔界へと急がせたのだった。



 ***



「なんかコソコソしてるな」


 物陰からシェイドはフィアを見て首を傾げた。彼女もまたシェイド達のように柱の陰に隠れ、誰かを見ているようだ。


「なあ、ここどこだ?」

「ベルゼブブの城だ」

「へぇ。じゃあフィアが——」

「ルシファー様?」


 ヒソヒソと話す二人に怪訝そうな声が掛けられる。振り向けばベルゼブブだ。


「勇者も。ここで何を?」

「フィアが男に引っかかってるらしいんだ!」

「何?」

「ちょっと、待て。おかしいぞ、勇者」

「どこがおかしい。フィアはその男にヴァレンタインのチョコレートを渡すため、ここに来てるんだ!」


 やれやれとルシファーはため息をついている。だがベルゼブブの方は驚いた顔をし、次の瞬間には激しい怒りが顔に浮かぶ。彼は怒りもあらわに言い放つ。


「幼い子どもを誑かすなど言語道断!」

「いやいや、ベルゼブブ。お前も勇者につられるな!」

「ルシファー様、あなたには娘を持つ父親の気持ちなど分かりませんよ!」

「そうだそうだ!」

「この……バカ親ども」


 シェイドはそんなことよりフィアだ、と彼女が見つめる先を見て仰天した。


「ふ、フローレティ!」

「なんだと!」


 シェイドとベルゼブブは柱の陰から身を乗り出してその男を凝視する。二人が射殺さんばかりの目で見守る中、フィアはフローレティに駆け寄った。そして何か一言二言言って、大きな箱を渡す。

 あれは自分がもらったのよりちょっと大きい。何てことだ。

 フィアはフローレティに手を振ると転移魔法でその場から消えてしまった。

 シェイドの隣にいたベルゼブブが、受け取った箱を手に歩き出そうとした己の執務補佐官フローレティへと怒鳴った。


「フローレティ、ちょっと来い!」


 突然、己の主に怒鳴られたフローレティは驚いた顔でこちらを見て駆け寄ってくる。


「どういうことだ?」


 シェイドとベルゼブブは声を揃えて詰問した。フローレティは訳が分からない、という顔だ。


「何がでしょうか?」

「フィアのそのチョコレートだ!」


 シェイドにびしっと指をさされた彼はぽかんとした顔をしている。だがすぐに立ち直り、首を横に振った。


「恐れながら、神様は届け物をしてくださったのです」

「はい?」

「届け物?」

「ええ。とある女性から頼まれたと」

「誰だ、その女は?」


 シェイドはもしかして、と思ったが何も知らないベルゼブブは依頼主について尋ねる。フローレティは少し照れた様な表情でそれに答えた。


「女優のリリスです。先日、ベルゼブブ様に勧められて参加したお見合いパーティで知り合いまして」

「やっぱりリリスか」


 なるほど、とシェイドが頷いていると、ルシファーがぼそっと呟くのが聞こえた。


「じゃあ、お子様神様の本命は別の男か」


 その言葉にシェイドはくるりと回れ右し、再びルシファーの襟首を掴み叫んだ。


「フィアの所へ急げ!」

「錯乱するな、勇者!」



 ***



「ここは……魔界デパートの屋上?」


 ルシファーの転移でフィアを追ってきたシェイドは周りを見渡した。いつもフィアとデパートに買い物した後で訪れる、幼体向けのゲームや乗り物が並ぶ屋上だ。

 だがいつもと違う点がある。普段は見ないステージがそこには設置されていた。

 それを見たルシファーがああ、と呟いた。


「ヒーローショーだな」

「ヒーローショー?」


 問い返すシェイドにルシファーはステージの上を指差した。そこには横断幕があり、マレンジャーの文字が書かれている。


「まさか……」

「そのまさかみたいだな。ほら、あそこだ」


 何故かちゃっかりついて来たベルゼブブがステージを見つめている。どうやらもうショーは終わったらしい。マレンジャーたちは様々な種族の幼体たちに囲まれていた。そこにフィアが近づいていく。

 その手には箱を持っていた。


「レッドだな」

「ああ……レッドだ」


 フィアは緊張した面持ちでマレンジャーのレッドに箱を渡すと、赤い顔で頑張って話しかけている。

 シェイドは脱力した。


「マレンジャーとは、何て言うか。フィアらしいけど……」


 フィア……中の人、いつも違うと思うぞと心のなかで彼女に語りかける。

 そんなシェイドの背後で、フィアの相手にすっかり興味を失ったらしいルシファーとベルゼブブが話し込んでいた。


「ではお子様神様がフローレティの周りをちょろちょろしてたのはその女に頼まれたからか」

「私の城は部外者の立ち入りに厳しいので頼んだのでしょう」

「ん、そういえばリリスってあれか……ちょっとストーカーの気があるって噂の女優か!」


 何か今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。シェイドは顔を引きつらせ、恐る恐る二人へと振り向いた。


「仰る通りです、ルシファー様。ですがフローレティはそういうことに疎いというか、鈍感というか……。まあリリス相手でも平気なのでは?」

「そうか、そうか。ではお前から言って上手くまとめてやれ。少子化対策だ」

「かしこまりました。お見合いパーティーは税金でやってますからね」


 二人の会話に益々シェイドは凍りつく。それは生贄というのではないか……。いや、リリスはいい奴だ。それに美人だし、女優としても成功している。リリスの方は念願の結婚だ。だがフローレティの方がそれでいいのかどうか……。

 何とも言えない気分で再びフィアへと視線を戻した。まだ頑張ってマレンジャーレッドと話している。


「それにしても勇者。お前の実子は男で良かったな。女だったら何人もの男が人知れずお前に葬り去られていたかもしれん」


 ルシファーから投げつけられた言葉に反論しようとして、やめた。全くないとは言い切れない。シェイドは苦笑し、赤い顔で頑張るフィアを見守ったのであった。


【第七章 完】

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