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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第六章 神様と元勇者、旅に出るの巻
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神様、一日工房体験をする

「アダムー!」


 フィアは魔法車をおりると迎えに来てくれたアダムに飛びついた。アダムはいつものようにのっぺらぼうの顔にチョコレートの涙を流している。

 どうやらアダムは涙もろいようだ。


「忘年会ぶりだね!」


 フィアの言葉にアダムは何度も頷いた。目も鼻も口もないから喋れないのは仕方ないが、いつか自分が立派な神様になった時には喋れるようにしてあげたいと思っている。

 フィアと違い、ミカエルはアダムが何を言いたいかすぐ分かるらしい。羨ましいが一体何故だろう。ミカエルは『表情で分かります』と言っていた。だかアダムはのっぺらぼうなのだ。表情などある訳がない。やはりこれも自分が未熟者だから分からないだけなのだろうか。


「お、アダム。出迎えか」


 シェイドの声が背後から聞こえ、フィアは振り返った。


「フィア、どうする?」

「んー。先にヴェルンドの所行こうかな。アダム、ヴェルンドの所に案内してくれる?」


 フィアの言葉にアダムは頷くと歩き始めた。シェイドと二人でその後に続く。フィアは周囲をキョロキョロと眺めながら歩いた。

 二十五年前に来た時はセフィロトの樹しか見てなかったし、復活してすぐ訪れた時はアダムに会うことしか考えてなかった。だから周囲を見たりしていなかったのだ。

 当然のことながら純血のエルフが沢山いる。建ち並ぶ建物も人間の家屋とは少し様式が異なり、見ていて面白い。ふとフィアは自分がもっと小さい頃、ヴェルンドと一緒に暮らしていた時の家はここの様式と同じものだと気がついた。

 少し歩き、とある建物の前でアダムが立ち止まった。小ぶりな緑色の看板を掲げたここがヴェルンドの工房らしい。アダムは扉を叩いた。待つまでもなく内側から扉が開かれる。


「アダム……と神様?」


 入り口から顔を出したのはフィアの知らないエルフの青年だ。


「うん。フィアね、ヴェルンドに用事があってきたの」

「分かりました。どうぞ」


 あっさりと青年は三人を中に入れてくれる。彼は入ってすぐのところにある部屋に三人を案内した。大きめの机と椅子が四脚ある。そんなに広くない部屋だ。


「すぐに呼んできます」


 そう言うと彼は部屋から出て行った。


「商談用の部屋か何かかな」


 シェイドは机と椅子以外何もない部屋を見て言った。その時扉を叩く音がした。返事をすると久々に会うヴェルンドが入ってくる。すぐに、と言っていたが本当に早かった。

 彼と会うのは本当に久しぶりである。復活し、ここを訪れた時ヴェルンドには会っていないのだ。最後に彼の顔を見て、言葉をかわしたのは二十五年前、セフィロトの樹の中だ。

 純血のエルフであるから当然だが彼は二十五年前と全く変わりがない。強いて言えば髪が少し短くなったくらいだろうか。

 複雑そうな表情を浮かべ、フィアを見ている。何を言って良いのかわからないのかも知れない。

 ヴェルンドも黙っている。フィアも何も言わない。沈黙が流れる中で最初に口を開いたのはシェイドであった。


「旅行中なんだ。ハーフエルフの村でゼムリヤさんに会ってな。あんたが工房やってるから是非見学してみてくれって」

「兄が?」


 思いがけない話だったのだろう。ヴェルンドは驚いた表情でシェイドに問い返した。


「そうだ。だから見学させてくれないか?」


 ヴェルンドは困惑した表情でシェイドとフィアを交互に見ると小さく頷いた。


「作業場はこっちになってる」


 手招きする彼の後に続いて三人は廊下に出た。真っ直ぐと奥に続く廊下を歩き、突き当たりの扉を開く。そこはかなり広い部屋になっており、十人弱のエルフ達が作業を行っていた。室内を見渡せば錬金術の材料や作りかけの武具があちこちに置いてある。壁には大きな窓があり、窓際には棚が並んでいた。出来上がった武具はそこに展示されている。

 作業しているエルフたちはちらりとヴェルンドと来客である三人を一瞥するとまた作業に戻る。その様子を見てシェイドはヴェルンドに尋ねた。


「ふーん。良く見学は来るのか?」

「買い付けに来た人間たちはここで商品を見ている」

「なるほど」


 シェイドはヴェルンドの説明にうんうん頷いていた。だがフィアはそれどころではない。錬金術でオレイカルコスを創りだすのを見て、自分もやりたくなってきたのだ。面白そうである。

 そう考えると居ても立っても居られず、背後のヴェルンドを振り返り言った。


「フィアもやりたい!」

「え?」

「だってフィアも創造の力あるもん。きっと出来るよ!」


 だからやってみたいのだ、とヴェルンドに詰め寄る。一日工房体験だ。


「分かった」


 ヴェルンドは頷くと、道具を準備し始めた。シェイドは展示されている武具の一つ一つを手にとってみている。フィアは他のエルフが用意してくれた小さな椅子に腰をかけ、ヴェルンドが戻ってくるのをワクワクしながら待った。



 ***



 シェイドは展示されている剣を一つ一つ見ていきながら、時折背後を振り返りフィアとヴェルンドの様子をうかがっている。ヴェルンドには不審なところはない。だが彼にあまり良い印象を抱いていないシェイドは警戒心を捨てられないのだ。ヴェルンドには死の首輪がつけられているから滅多な事はしないだろうけれど、ヤケになった者の行動は読めない。

 フィアとヴェルンドの因縁を考えれば油断大敵である。アダムもフィアのそばから離れようとしない。

 フィアはヴェルンドからオレイカルコスの創り方を習っている。教えられた通りに彼女が力を使えば、その目前の空中に銀色の液体状のものが現れた。


「これを魔力で創りたいものに形を変える」

「面白い!」


 フィアは大喜びだ。粘土遊びのような感覚なのだろう。

 シェイドは手にとった剣を元の場所に戻した。ここにある武具は全て見事なものだ。自分がかつてエルヴァンに創ってもらったものも立派だが、ヴェルンドはエルフの中で最も武具の創造に長けているらしい。

 昔は金を積むだけではエルフは中々取引に応じてくれなかったと言う。仲間だったグレンの武具を創ったのはヴェルンドだと聞いたが、それを頼むのにグレンはかなり苦労したらしい。おかげで未だにグレンはヴェルンドを毛嫌いし、彼の話をしたがらない位だ。

 それが今となっては金を積めばいくらでも取引きしてもらえる。

 そんな事を考えているとフィアの無邪気な声がシェイドの耳に飛び込んできた。


「ねえねえ。ここにあるのは全部売ってるんだよね。フィアが創ったのも売れるかなぁ?」

「え……」


 フィアの目の前の空中で液体状のオレイカルコスがぐるぐる渦を巻いている。一体彼女は何を創る気だろう。そしてヴェルンドはどう答えるのか。

 思わずシェイドは彼らの方に向き直った。


「ええっと……。そうだね。買ってくれる人がいれば、ね」


 考えに考えたらしいヴェルンドの回答にフィアは目をキラキラさせている。

 そんなに売りたいのだろうか。


「そっか。フィア頑張る!」


 彼女はそう言うと目の前のオレイカルコスに集中し始めた。

 その時、入り口でシェイド達を迎えてくれたエルフが廊下から作業場に入ってきた。今もまた誰か来たらしい。彼はヴェルンドに歩み寄ると、来客を伝える。


「グリンヒル商会の会長が」

「はい?」


 青年の言葉に反応したのはヴェルンドではない。シェイドだ。ヴェルンドと青年が驚いたようにシェイドの方を見た。だがシェイドはそれどころではない。

 今、何と言った。グリンヒル商会の会長と言っただろうか。シェイドは想像もしなかった事態に衝撃を受ける。グリンヒル商会は息子が勤め、亡くなった妻の父親が営む商会である。つまり今ここを訪れている会長とやらはシェイドの義父だ。すでにかなりの高齢であるのに未だに元気な義父は自ら別大陸にまで買い付けに来るようだ。もちろん一人ではないだろうが。


「どうした、勇者?」

「いや、グリンヒル商会の会長は死んだ嫁さんの父親なんだ」

「そうなのか?」

「ああ」


 ヴェルンドは頷くとフィアに来客だからと断って、その場を離れる。

 シェイドはどうしようか悩んだが、とりあえずこの場所に留まることにした。息子の話では義父は仕事の邪魔をされるのを嫌うらしい。それに自分のことはヴェルンドから聞くだろう。ならば挨拶はあとで良い。

 フィアは真剣な表情で目の前のオレイカルコスを魔力で形作っている。シェイドもその様子を見守った。

 液体状のオレイカルコスがフィアの魔力を受け、徐々に形を変える。


「出来た!」


 満足そうな表情のフィアの手におさまったそれを見てシェイドはぽかんとなった。彼女はくるりとシェイドの方に向き直ると、それを見せつけながら言う。


「見て、見て!」

「え、ああ……」


 それはハニワであった。それもフィアのお気に入り踊るハニワである。銀色に輝くオレイカルコス製のハニワ……。

 シェイドは思わずこれを何に使うのだろうか、と思った。いや、ハニワだから用途は飾るくらいしかあるまい。

 それにしてもフィアは余程ハニワが好きらしい。シェイドには良く分からない趣味である。

 何とも言えない気分で輝くハニワを見つめていたシェイドは背後から声をかけられた。


「勇者殿」


 聞き覚えのある声に慌てて振り向けば、やはり義父だ。後ろに二人、商会の人間を連れている。


「お義父さん、お久しぶりです。武具の買い付けですか?」

「ああ。死ぬ前に一度はアルフヘイムに来たいと思っていてね」


 そう言うと楽しそうに老人は笑う。こんなに元気そうなのに死ぬ前も何もあったものじゃない。ヴァイスの話では誰よりも精力的に働いているという男だ。


「あとでゆっくり話そう。まずは商談を済ませたい」


 シェイドが義父に頷き返すと、ヴェルンドは彼ら三人を壁際の棚へ誘った。欲しがっているものを見せるのだろう。

 四人の背中を見送ったシェイドは彼らの後ろにフィアがついて行っているのに気づいた。思わず首を傾げる。彼女が武具に興味を持つとは思えないのだ。

 だがじっとその様子を観察していたシェイドはフィアの思惑に気付き凍りつく。ヴェルンドは棚を移動しながら人間たちに説明している。義父はいくつか剣などを手に取り確かめている。フィアは自分が創り出したハニワを頭の上に掲げるようにして持ち、その周りをチョロチョロしていた。

 あれはこれも買ってくれ、という彼女なりのアピールだろう。部屋をぐるっとまわり、シェイドの近くにまでヴェルンドと義父たちは戻ってきた。途中ヴェルンドもフィアの思惑に気づいたらしい。だが顔を若干引きつらせつつも、彼女を見ないようにしてやり過ごしていた。


「これで以上ですね。如何ですか?」


 シェイドはヴェルンドの言葉づかいに驚いた。誇り高いエルフが人間相手にあんな風に丁寧に話すなど。


「フィアの創ったお人形も売ってるよ!」


 その言葉にシェイドはぎょっとなる。まさか積極的に売り込みまでするとは思わなかったのだ。


「フィア!」


 呼び掛けたが遅かった。フィアは義父に近づき、見て見てとオレイカルコス製のハニワを見せている。思わず頭を抱えたくなった。

 だがシェイドの予想に反して義父はフィアのハニワに興味を持ったらしい。


「おおっ、これは?」

「ハニワだよ! オレイカルコスで創ったんだ。ほら見て。動くんだよ」


 思いがけない言葉にシェイドもヴェルンドもフィアを凝視する。彼女は手にしたハニワを床に置いた。その途端、ハニワは動き始める。その場でステップを踏みながら手を動かし踊っている程度の動きだ。だがそれを見た者は感嘆の声をあげた。


「これだけじゃないんだよ。えーっと……お手伝い開始! お片づけ!」


 フィアは踊っているハニワに指示を出す。するとハニワは今度は床に散らばった道具を片付け始めた。

 作業場にいる者全員がハニワに動きに驚きの声をあげた。一番喜んで見ているのは義父だ。そういえばこの人は新しい物好きだった。


「凄いでしょ? 学習機能つきだよ!」


 フィアのこの言葉が決め手となったらしい。義父であるグリンヒル商会長はフィアを見下ろし厳かに言った。


「これも買おう!」

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