豆まきと言う名の戦場
シェイドは自転車を全力でこいでいた。フィアは後ろの幼児用座席に座らせている。先ほどまでもっとスピードを出せと背後から要求していたスピード狂が今は大人しい。老いて衰えたとは言え元勇者の全力漕ぎだ。文句は言えまい。
本来ならば安全運転一番のシェイドがこんなにも急いでいるのは理由がある。今日は肉の日。肉屋が特売を行っているのだ。売り切れとなれば終了の特売に駆けつけるため全力疾走をしているのである。
視界の中の肉屋がぐんぐん近づいてくる。シェイドは徐々にスピードを落とし、肉屋の目の前でとまった。
「勇者さん!」
肉屋の亭主がシェイドに気づき、声をかけてきた。
「間に合いましたか?」
「ええ、まだ一通り残ってますよ」
亭主の返事にシェイドは笑顔になる。急いで来た甲斐があった。シェイドは喜びを分かち合う為、フィアを振り返りながら言った。
「良かったな!」
だが振り返ったシェイドの目に飛び込んできたのは、むにゃむにゃと寝言のようなことを言いながら眠りこけているフィアの姿だ。
「ありゃ、お嬢さん寝ちゃったみたいですね」
「そうですね……。あの全力疾走の中で眠れる神経が凄いですけど」
シェイドは思わず苦笑した。肉屋の亭主もつられて笑い、ふと思い出したように言った。
「そう言えば……勇者さんとこでは売ってるんですか、豆?」
「豆?」
シェイドは首を傾げる。
何故、豆なのか。自分のところで売っているかと聞くのならば、豆は豆でも豆菓子の話だろうが……。
「ほら、もうすぐ節分でしょう?」
「え、ああ!」
「うちの坊主も楽しみにしてるんですよ。ま、あいつが楽しみにしてるのは豆まきの後の豆菓子ですけどね」
オウガは外、神は内。闇の大陸に伝わる伝統行事の一つである節分は、豆をまきオウガを払うという代物だ。
亭主が言っていた豆はその豆らしい。子ども会でも豆まきは必ず行われる。そして豆まきをした後に子供達は豆菓子を食べるのだ。
「いや、うちの菓子は魔界の菓子ばっかりなんで節分の豆菓子はないですね」
そう言ったシェイドは一つの可能性が頭に浮かび凍りついた。
子ども会、豆まき。
恐る恐る背後の幼児用座席を振り返る。小さな神様は気持ち良さそうに眠っている。果たして彼女は節分を豆まきのことを知っているのだろうか。
「勇者さん?」
肉屋の亭主の訝しむ声にシェイドは我に返った。
「え、ああ。いや、なんでも」
シェイドは首を横に振ると肉の注文を手早く済ませる。
自分は早く帰って恐怖の節分に備えなければならないのだ。
金を払い、包んでもらった肉を受け取る。もう買うべきものは買ったからすぐに帰宅しよう。シェイドは回れ右をすると来た時以上の全力疾走で家に戻っていった。
家にたどり着くと自転車をとめる。そして荷物を片手に、幼児用座席に座って眠っているフィアをもう片手に抱え上げ家に入った。
茶の間にフィアを寝かせ、買ってきたものを片付ける。普段ならば即座に夕食の支度にとりかかるところだが、今はそれどころではない。
自分の命がかかっているのだ。
「えーっと……盾、盾はっと……」
シェイドはすぐさま自室へと向かい、最近使ってなかった盾を引っ張り出す。昔エルヴァンに創ってもらったオレイカルコス製の立派な盾だ。
引っ張り出したそれをじっと眺める。果たしてこれでフィアの攻撃から無事に身を守れるだろうか……。
イメージトレーニングとばかりに盾を手に彼女の攻撃を防ぐことを考える。
「……強化してもらっとくか」
二十五年前ならばこのままでも何とかなったかもしれない。だが今や自分はそこかしこが衰えてきた中年だ。対するフィアは神様として復活し、昔より強大な敵となり己の前に立ちふさがっている。
善は急げだ。
シェイドは盾を小脇に抱え、すぐ近くに住んでいるエルヴァンの家に向かった。
***
「——と言うわけなんですよ」
盾を作業台の上にのせ、シェイドはエルヴァンと向かい合っていた。
突然訪れて盾の強化をして欲しいと言ったシェイドの話を興味津々といった顔で聞いていたエルヴァンが笑い出す。その様子にシェイドはむっとなった。
「いや、いや。ごめん。君が急に盾の強化して欲しいなんて言うから。てっきり近隣で大規模掃討でもあるのかと思えば……。節分って、豆まきって……!」
「笑い事じゃないですよ。相手があのフィアなんですから!」
フィアに投げさせた豆はもはや豆ではない。飛び道具だ。最悪の場合、オレイカルコス製の盾を貫通するかもしれない。そうなれば自分は蜂の巣だ。
ふとエルヴァンが思い出したように言った。
「そう言えばさぁ。二十五年前に君たちが私の家を初めて訪れた時のことだけど……。フィアが私に夕食に出た豆を『飛び道具』って言ってくれたんだよなぁ」
「豆?」
シェイドは二十五年前を思い出そうとしたが、さすがに夕食のメニューまでは詳しく思い出せない。
「豆……なんて出ましたっけ?」
「ほら、ステーキの添え物で」
エルヴァンの言葉にシェイドはその時のことを思い出し、ああと頷く。肉のそばに芋と緑色の小さな豆があった。
「フィアの中で豆は飛び道具って分類なのかな」
「違いますよ、エルヴァンさん。あいつはあの豆が大嫌いなんです。青臭いから嫌っていっていつも残すんですよ。間違って落としたふりしたりして……テーブルの上にあの豆が大量に転がってることなんかしょっちゅうでした。きっとその時も食べたくなかったんでしょうね」
「へー。じゃあ私は押し付けられたわけか」
なるほどとエルヴァン頷くと、作業台の盾を手にとった。
「でも、盾だけで大丈夫なの?」
「と、言いますと?」
「いや、これだけじゃ全身守れなくない?」
「確かに……。でも子ども会の行事に全身鎧に盾ってどうなんでしょう?」
「それ言うなら、そもそも子ども会の行事に盾持参も変だよね?」
シェイドとエルヴァンは唸る。
こうなってはもはやほのぼのとした子ども会の行事の話ではない。節分の豆まきと言えば大人たちがオウガ役でオウガの面をつけるのであって、全身鎧に盾で迎え撃つのではないのだ。
シェイドは苦々しく呟いた。
「それに豆を投げる……となると、被害は俺だけで済まないかもしれません」
オウガ役をする他の保護者たちも巻き込まれる可能性がある。最悪の場合には他の子供たちの身も危ないかもしれない。ああ見えてフィアは命中率が低いのだ。輪投げなどはことごとく外す。そのくせ彼女の手から飛んでいった杖や彼女が蹴躓いた石が自分の頭を直撃するのはどうした事だろう。
これはやはり自分の運が悪いせいなのか……。
「えー。じゃあ、他の保護者も全身鎧に盾装備で豆まきやるの?」
「いや、一般の人間が全身鎧に盾を装備して満足に動ける訳がありません」
「そうだよねぇ。どうしよう。軽量のものにするとか……。あとは防御魔法でカバーするしかないよね」
シェイドはエルヴァンの言葉に首を横に振る。勇者である自分ですら身の安全が危ぶまれるのだ。その程度では他の保護者は即死だろう。
勇んでここへ盾を持ち込んだは良いが問題が次から次へと浮かび上がる。
そこでふとシェイドは思いつき、言った。
「エルヴァンさん、その日俺の代わりに……」
シェイドの言葉を最後まで聞かず、エルヴァンは慌てて言う。
「ちなみに、私はその日旅に出ているからアンブラーにはいないよ!」
「旅?」
さっと顔をそむけたエルヴァンにシェイドの視線が鋭くなる。
「引きこもりのあなたが旅に出られるなんて初耳ですね」
「わ、私だって旅に出たい気分の時もある!」
「へー。いつ決めたんです?」
「今だよ、今。君が保護者としての責任を放棄し、私に厄介事を押し付けようとした今この瞬間だ!」
「う……」
保護者としての責任を放棄しているという指摘に何も言えなくなる。正論だ。だが勇者と言っても所詮人間でしかない自分に出来ることは少ない。
やはりここはいつもの自分のやり方でいくしかないのだろう。
シェイドはそう考え、顔を上げた。
「決めました」
「勇者くん?」
「俺は明日から休みをとり、フィアと一緒に旅行にいきます」
これは良いアイディアだとシェイドは一つ頷く。エルヴァンの旅に出る、という言葉で思い出したのだ。
一年に一度、シェイドは長期休暇をとる。妻が生きている時からその休暇を使って、家族で他大陸に旅行するのが恒例だった。
「君、逃げるのか……?」
「勝てない戦いに挑んで無駄死にする趣味はありません。いつだって俺はそうやって生きてきました。もちろん勇者としての義務にあたるのならば、負け戦で死ぬことも止むを得ないでしょうが……。節分です。豆まきですよ。命を捨ててまで挑む義務ではありません」
何かを言おうとしたエルヴァンをシェイドは止めた。
「それに、俺よりはるかに強いくせにとっとと逃げようとした貴方に言われたくありませんよ」
「いやー。私は……ねぇ。ほら、あの、フィアの保護者じゃないし!」
もごもごと言い訳を始めたエルヴァンを冷たく一瞥し、シェイドは言い放った。
「確かに俺は逃げている。認めましょう。ですが俺もただの人間です。そして被害は俺だけで済まないかもしれない。だから、俺は旅に出ます。フィアにとっても二十五年たった世界を見て回るのは重要なことでしょう」
彼女のいない二十五年間で世界は様変わりした。そしてフィアはそれを知っておかなければならない立場だ。
我ながらこれは中々良い考えかもしれない。シェイドはそう思うともはや用済みとなった盾を掴み立ち上がった。
***
「んにゃ……?」
気持ちよく眠っていたフィアはがくがくと身体を揺さ振られ目を覚ました。嫌々目を開くと店番君がフィアを覗き込んでいた。どうやら何かあったようだ。
フィアは渋々起き上がると、立ち上がり店先へと歩いていく店番君の後に続く。自分と同じくらいの背丈の熊のぬいぐるみの後ろ姿を見ながら珍しい事があるものだと思った。店番君はどんな事態にも対応できるように創ってあるのだ。
店番君の背後から店の方を覗き込んだフィアの目に長身の男の後ろ姿が飛び込んできた。彼もフィアに気づいて振り返る。
突然の来客の正体に気付いたフィアは思わず彼の名前を呼んだ。
「グレン!」
かつて勇者の仲間として一緒に旅をしたハーフエルフの彼とは年末の大規模掃討の時に会った。
「フィア、久しぶり……ってほどじゃないね」
「うん。どうしたの?」
グレンが来るとは聞いてなかったフィアは首を傾げた。
「いや、何となく闇の大陸にでも行こうかなーっと思って。それでついでにここに寄ったんだ」
「そうなんだ」
「そ、今夜泊めてもらえると助かるけど。シェイドは?」
そう言えばシェイドの姿が見えない。店番君が動いているということは買い物にでも行っているのかもしれない。
「お買い物。あがって!」
ここはシェイドの代わりにお客さんのお相手をしなくては。
フィアはそう張り切るとグレンを手招きし、家に引っ張り込んだのだった。




