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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第五章 神様、合宿免許への巻
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卒検

 フィアはセーレの話から解放されるとすぐに寮の自室へと戻った。そして幼体フォンでシェイドに連絡し、さっきは言えなかった愚痴をあれこれ聞いてもらった。

 ずっと黙ってフィアの話を聞いてくれたシェイドはまだ二日目だから上手く乗れなくても仕方ない、ちゃんと教えられた通りやればいいと言ってくれた。それでフィアの気持ちはかなりすっきりしたのだ。

 翌朝、他の三人と朝食をとっていると二人の幼体が通りすがりに声をかけてきた。


「よ、ルーキーたち。二日目の洗礼は堪えたみたいだな」


 きょとんとする四人にもう一人の方の幼体が説明してくれる。


「二日目で心折れる奴多いんだよなー。こいつももう家に帰るってピーピー泣いてたし」

「うるせぇ、お前も親に連絡してただろ!」

「それを言うなって。ま、二日目乗り越えたらあとは何てことはない。後は卒検だけだ。俺たちは今日でこことおさらばだ!」

「そうだな。一つアドバイスしとくぞ。自分より先に入校した連中から情報もらっとけ。そして自分より後に入ってきた連中にそれを教えてやれ。みんなそうしてるんだ」


 二人はうんうん頷きながら、フィアたちに頑張れよと言って去っていく。


「あの人たち、今日で終わりなんだ」


 メロの言葉にセーレは皮肉っぽく言った。


「卒検に受かればな」


 卒検。最終日にあるそれは今のフィアにとってはとても遠いものだ。でもきっとそこまで頑張れる。

 フィアは三人に言った。


「フィアたちも頑張ろうね!」



 ***



 日がたつのはあっという間だ。

 あれから毎日四人は励ましあって一人も脱落することなく、教習を乗り越えた。三日目の朝、その日で終わりだと言っていた幼体二人の言葉に従って先に入校した幼体たちからポイントを教わり、そしてそれを後から入ってきた者に教えたりした。

 この数日で四人はすっかり仲良くなっている。お互いの性格もかなりわかってきた。

 例えばメロはしっかり者で実はけっこう気が強い。ある日の夕食でおかわりしようとしたら、デザートは一つしか残ってなかった。そんな一つしか残らなかったイチゴのケーキをセーレが独り占めしようとした時のことだ。


「セーレ様はこの中で一番年上で大人なんですから。まさか、独り占めしたりしませんよね……まさか?」


 と言ってセーレに詰め寄ったのだ。そう言われたセーレは独り占めなど出来るわけがない。たった一つのケーキは四等分され、皆で仲良く食べた。

 メロは強い、ゴブリンなのに強い。セーレもたじたじだ。

 トシーノは大人しいが優しい男の子だ。やっぱり四人の中では一番運転がうまい。他の三人は空き時間に彼からコツを教わったくらいだ。

 そしてフィアにとって一番嬉しかったのは彼がかなりのマレンジャーファンであることだ。フィアも集めているマレンジャーチョコのおまけシールをトシーノも集めていた。もし二枚同じのを持っていたら交換しようと約束した。何十種類もあるシールをコンプリートする日が近づいた気がする。

 セーレはワガママでおバカなところもあるが仲良くなれば憎めない奴だ。二十五年前に比べれば、その性格はかなりマシになっている。

 ちらっと聞いた話では幼体保護法を盾に好き勝手やっていた彼は一度ベルゼブブに雷を落とされたらしい。それも言葉の通りの雷撃だ。怒りのあまりベルゼブブはつい雷撃を放ってしまったらしい。魔界一の常識人である彼をそこまで怒らせるとは余程のことだろう。

 セーレ本人が言うには『あまりの恐ろしさに心を入れかえた』そうだ。

 そんな彼は事あるごとにライラの話ばかりしてメロとトシーノに呆れられていたくらいである。メロは『ま、ふられるでしょうけど』とクールに言っていた。


 そんな風に仲良く毎日乗り越えてきた四人も明日とうとう卒検である。

 卒検を明日にひかえた四人はメロの提案で夕食を寮でとらず、外食することにした。あらかじめ寮母に言っておけば外食も可能なのだ。もちろん門限はあるからそれまでに戻る必要がある。

 四人は誰一人として子どもだけで外食したことがなかった。だからメロの提案に一も二もなく飛びついたのである。冒険のようでワクワクした。

 話し合いの結果、近くにあるファミリーレストランなる場所へ行くことになった。マーテルにそれを伝え、教習所からファミリーレストランに連絡してもらう。幼体だけでは入店お断りと言われたら困るからだ。

 お店側からも承諾をもらい、四人は緊張した面持ちでファミリーレストランに入った。席に案内され、ほっと一息つく。

 メニューを開いて何にするか相談する。ここは幼体メニューではなく大人のメニューでいくべきだ。


「神様、何にします?」


 トシーノに聞かれ、フィアは迷わずに答えた。


「フィア、カツ丼にする」


 メニューでこれを見た瞬間即決したのだ。

 何故ならば家ではトンカツは食卓にのっても、カツ丼だけは出てこない。どうやらシェイドにはカツはサクサクしていなければならないというこだわりがあるらしい。彼が言うにはカツ丼は揚げ物を冒涜した邪道な代物だそうだ。

 だがフィアは前々からカツ丼を食べたいと思っていたのだ。確かにカツはサクサクじゃないかもしれない。でもあのとろりとした卵と僅かに甘い汁の香り。きっとお肉とご飯にぴったりあうに違いない。

 今日こそ念願のカツ丼を食べるのだ。


「僕はハンバーグにしようかな」

「私はビーフシチュー」

「俺はステーキ丼」


 それぞれ食べたい物が決まり注文する。料理よりも先に全員が頼んだジュース——ネクタールが運ばれてきた。

 誰からともなくグラスを手にとり掲げる。そして全員で言った。


「卒検頑張るぞ!」


 四人は頷きあう。


「乾杯!」



 ***



 卒検では四人それぞれの個性がよく現れていた。

 トシーノはやはり見事な運転だったし、メロは特別うまいという訳ではないが着実にこなしていった。臆病なセーレは臆病さを注意深さにかえて運転をしていたし、フィアはこのゆっくり運転も今だけだと言い聞かせ決められた速度で走った。

 人間界でエアーバイクに乗る予定のフィアは購入したエアーバイクをエルヴァンに改造してもらうつもりだ。そうすればもっと速度を上げられる。

 シェイドに知られたら叱られるだろうかと少し心配になった。


「あー、ドキドキした!」


 メロの言葉にフィアは頷いた。どうやら緊張していたのは自分だけではないらしい。

 四人全員が卒検を終え、今は教室の中にいる。ここで合否の発表だ。合格していれば免許証が発行される。既に学科試験は全員クリアしていた。

 そろそろ発表の時間だ。フィア達は緊張した面持ちで教室の魔力掲示板を眺めた。ここに合格者の番号が表示されるのだ。

 時間をしらせるベルが鳴る。掲示板に番号が浮かび上がった。


「あ、あった!」

「僕も!」

「フィアも!」

「俺もだ!」


 無事四人は卒検に合格したらしい。ほっと胸を撫で下ろす。

 一日目は一人ぼっちで寂しかった。二日目は危険予測と急制動に打ちのめされた。三日目からは四人で支え合い頑張った。先に入校した幼体達からも情報をいっぱい教えてもらった。

 フィアはあきらめなくて良かったと嬉しくなる。

 教室にヴォランが入ってきた。


「はーい、皆さん。合格おめでとう! これから免許証つくりますからねー。移動するのでついて来てくださいね」


 四人はヴォランについて移動する。そして免許証を作るため魔力測定や写真撮影などを行った。

 免許証は完成まで少し時間がいるとのことで一旦寮へ戻る。今のうちに帰り支度をするのだ。出来上がった免許証は寮へ届けられる。それを受け取れば全て終了だ。夕方前には家に帰れる。

 フィア達は満面の笑みで寮の扉を開けた。マーテルが迎えてくれる。どうやら彼女にも結果が届いているらしい。おめでとうと言ってもらえた。

 四人は階段をのぼり、各自の部屋に帰ろうとした。その時階段脇の長椅子に座り込んで落ち込んでいる様子の三人の幼体がいた。


「あの子達は?」


 メロの言葉にセーレが答える。


「ああ、昨日入校した連中だ」


 そういうなり彼は三人に近づいていった。そして彼らの前で立ち止まる。突然近づいて来たセーレを怪訝そうな表情で三人の幼体が見上げた。


「よう、『ルーキー』達。二日目の洗礼は堪えたみたいだな。二日目で心折れる奴は多いんだ。こいつらもピーピー泣いてたぞ」


 こいつら、とセーレに指差されたフィアをはじめとする三人はむっとする。セーレはまるで自分は違うという口ぶりだが、もう嫌だと喚いて親まで呼ばれたのは誰だと問い返したい。

 フィアが口を開くより先にメロが叫んだ。


「なによ! セーレ様なんてお母様がわざわざいらっしゃってたくせに!」

「な……ばか! それを言うなよ!」

「でも、本当だもん」


 フィアもうんうんと頷く。トシーノもフィアの陰に隠れて頷いていた。


「ま、まあ。なんだ。誰しも通る道だ!」


 セーレが慌てて言った言葉にフィアたちは頷いた。それは間違いない。


「そうそう。だから元気だして!」

「三人仲良く卒業目指してね!」

「先に入校した子に情報もらうといいよ!」


 メロがトシーノがフィアが口々に言う言葉に落ち込んでいた二日目の幼体たちが小さく頷く。

 フィア達四人は三人の姿に二日目の自分達を思い出してちょっと笑った。そして三人に手を振り、二階の自室へと戻っていったのだった。



 ***



 帰り支度が済んだ頃、免許証が届けられた。それと荷物を手にフィアは一階へとおりる。

 とうとうここともお別れだ。

 ヴォランと八人のマーテルが見送りに来ていた。相変わらず八人は区別がつかない。

 フィアに続いて三人がおりてくる。すると入り口の扉が開いて、フィアを除く三人の迎えが入ってきた。

 驚いたことにメロとトシーノの父親はフィアの知っている相手だ。メロの父親はフィアが二十五年前魔界に来た時に知り合ったやたらと名前の長い美味しい魔界リンゴをくれたゴブリンだった。もしかしたらメロの本名もすごく長いのかもしれない。

 トシーノの父親も二十五年前にセーレにいじめられていたのを助けたオークだった。彼らと自分やセーレに流れる時の違いを思い知らされる。自分もセーレもあの時と変わらない姿なのに彼——ハモンドはもう大人でお父さんなのだ。随分若いお父さんだが……。しかもトシーノの上にもう一人男の子がいるらしい。

 セーレの迎えは彼の家の執事だった。その姿を見て思わずフィアは呟く。


「羊の執事……」

「羊ではありません。山羊にございます、神様」

「ねえねえ、山羊と羊ってどう違うの?」

「お、俺に聞くな!」


 三人は迎えと共に帰っていく。フィアが帰るのは人間界だから、その場で皆と別れた。誰もが何度も振り返り手を振る。

 また会おうと約束したし、いつでも会える。でも少し寂しかった。


「フィアも帰ろう……」


 家に帰ればシェイドが待っている。やっとシェイドに会えるのだ。

 フィアはそう考え、人間界への道を開いた。


 自宅の前に到着したフィアは急いで戸を開ける。店番君が店頭にいた。シェイドの姿がない。夕食の準備をしているのだろう。

 フィアは靴を脱ぎ捨てると家にあがった。


「シェイドー、シェイドー。フィア帰ったよー!」


 大声で言いながら台所へ向かう。やはりそこにシェイドはいた。

 フィアはその背中を見た途端駆け出した。シェイドが振り向くより前に飛び付く。


「おわっ! おかえり、フィア」

「ただいまー! ただいま!」


 フィアは飛び付いたシェイドの背中にしがみつき、自分の頭をぐりぐりと彼の首筋に押し付ける。やっと帰ってきたのだ。


「フィアねぇ、ちゃんと免許証もらったんだよ!」

「お、すごい、すごい」

「お友達もちゃんと出来たんだ!」

「そうか。良かったな」


 フィアは何から話そうかと考える。十日間の出来事は一杯だ。時間はいくらでもある。ゆっくりシェイドに話を聞いてもらおう。

 フィアはそう思い、心からの笑みを浮かべた。


【第五章 完】

第六章は来週水曜日からスタート予定です。

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