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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第五章 神様、合宿免許への巻
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恋は盲目

 フィアはライラについて熱心に語るセーレに何か言おうとし、ちょっと考えて止めた。

 ルクスが言っていたではないか。恋は盲目であると。それを考えるとセーレに何か言うのは無駄だ。

 彼は自分は父親と違う、上っ面に騙されて性悪な女に引っかかったりしないと言っていたが果たしてベリアルはルサルカの上っ面に騙されているのだろうか。フィアはそうは思えない。ベリアルはあのルシファーの部下である。ルシファー直属の者達は優秀だが捻くれている者が多い。メフィストフェレスしかり、ルキフグスロフォカルスしかり……。

 それを考えたフィアの脳裏に浮かんだのはルクスの胡散臭い笑顔だ。これまた彼が言っていた事であるが、『どんなに紳士的で品行方正な男もどんなに淑やかで心優しく美しい女も、その中には醜い中身がいっぱい詰まっている』らしい。そしてルクスは『異性に幻想を抱いていられる時期が人生では最も幸せだと言うが、取り繕った美しい表面から時折覗く醜い中身を垣間見るのを楽しめるようになる』と言っていた。それを聞いたシェイドとグレンが歪み過ぎだと顔を引きつらせていたが……。ベリアルもそういった変な趣味があるのかもしれない。

 今セーレは異性に幻想を抱くことが出来る最も幸せな時期なのだろう。親しくもない自分がそれをあえて壊す必要はない。

 フィアはそう考えてセーレの言葉を聞き流した。


 お腹いっぱいすき焼きを食べ、デザートのミルクプリンの苺ソース掛けまで完食し、四人の幼体は席を立った。フィアとトシーノはこのままメロの部屋に行くのだ。


「じゃあなー」


 セーレは三人にひらひらと手を振ると自分の部屋へ戻っていく。フィア達も食堂を出た。三人で話しながら廊下を歩き、階段をのぼる。


「デザート美味しかったね」


 トシーノの言葉にフィアは頷いた。甘すぎないミルクプリンに酸味の強い苺ソースがよくあっていた。苺をカットしたものがゴロゴロ入っていたのも嬉しい。


「あ、ここです」


 メロが一つの扉を指差し、それを開けた。

 フィアとトシーノは勧められるまま、椅子に腰掛ける。メロが先ほど言っていたアップルティーを入れてくれた。部屋にはお湯を沸かせるポットがあるのだ。

 爽やかなリンゴの香りにフィアは笑みを浮かべた。


「いい匂いだね」

「うちで採れたリンゴを使ってます」


 メロはこの近くにあるリンゴ農園の娘だそうだ。トシーノは第八層にある料理屋の息子らしい。フィアより一つ年下だ。

 砂糖を一つだけ入れてアップルティーを飲んだ。


「美味しい」

「ありがとうございます。あっ、はじまりますよ」


 メロの言葉にフィアは慌ててテレビの画面に視線を移した。

 どうぶつ摩訶不思議は人間界や魔界の動物を面白おかしく紹介している番組のようだ。司会者がモラクスだった事にフィアは驚く。彼は一体どれくらい番組を持っているのだろうか。本人の話では『追え、勇者の珍道中!』がない時期は比較的暇とのことだが……。

 それにしても知り合いをテレビの中でみるのは何とも不思議な気分である。


「人間界もいっぱい珍しい動物がいるんですね」


 トシーノの言葉にフィアは頷いた。


「フィアも見たことがない動物ばっかり」

「人間界かぁ。一度行ってみたいけど……」


 メロが残念そうに言った言葉にフィアは首を傾げた。

 行きたいのならば行けばいい。だがそこで思い直す。もしかしたら魔界の決まりで行けないのかもしれない。フィアも魔界の法を全て知っている訳ではない。

 フィアの怪訝な表情に気付いたのだろう。メロが教えてくれる。


「人間界へ行けるのは高位魔族のお方だけです。私たちは魔界の瘴気の中じゃないと、理性を失ってしまうらしくて」

「そうなんだ」


 フィアは人間界にいる魔物と魔界に住む魔物が同じ種であってもあまりに違うと思っていた。その理由は瘴気の有無にあるらしい。


「僕たちじゃ人間界への道を開けません。でもたまに人間界との間の綻びを通って、向こうに行っちゃう魔族もいるそうです。そういう魔族たちは弱肉強食の魔界に耐えられなくて逃げ出したんだって言われますけど……」


 魔界では法で保護され生命を守ってもらえるのは幼体の間だけだ。

 フィアは幼体保護法のことを思い出し、セーレがそれを盾に他の種の幼体を痛めつけていたことを思い出す。まだあいつはあんな事をしているのだろうか。ここで生活している姿を見る限りそんな雰囲気はないのだが。

 フィアは気になって二人にセーレのことを尋ねた。

 メロとトシーノが目を合わせて苦笑する。フィアの問いに答えてくれたのはトシーノの方だ。


「今はやってないみたいですよ。昔は酷かったみたいですけど。僕のお父さんもセーレ様にいじめられたって言ってました」


 その時トシーノが首から下げていた幼体フォンから着信音が聞こえた。彼は嬉しそうな顔で幼体フォンを見る。


「あ、お母さんからだ!」

「私もお母さんにメッセージ送ろうかなぁ」


 通話を始める気配のないトシーノとメロの言ったメッセージという言葉に興味をひかれた。


「ねえねえ、メッセージって何?」


 二人が驚いた顔でフィアを見た。


「神様はメッセージ使ってないんですか?」


 メロの問いかけにフィアは頷く。

 そういえばシェイドが通話ではなく保護者フォンを何か操作して誰かと連絡先をとっているのを見たことがある。それがメッセージなのだろうか。実はフィアはそこまで操作方法に詳しくないのだ。


「こうやって文字を入力して連絡がとれるんですよ。お手紙みたいな感じです」


 トシーノの説明にフィアはほうほうと頷く。

 これは面白い。是非シェイドにメッセージとやらを送ってみよう。


「フィアもやる!」


 フィアが自分の幼体フォンを取り出すと、トシーノが隣にやってきてやり方を教えてくれた。教えられた通りに慎重にメッセージを入力していく。今日の事、お友達が出来た事を入力し、送信した。

 あとは返事を待つだけだ。

 フィアは教えてくれたトシーノに礼を言った。トシーノはこういう物の操作が得意らしい。そう言えばエアーバイクの運転も彼が一番上手だった。

 お友達が出来て良かった。仲良くご飯を食べて、一緒にテレビを見たり出来る。そして幼体フォンの使い方まで教えてもらった。

 これならばあと九日、頑張れるだろう。明日こそは居残り無しだ。


「明日も頑張ろうね」


 フィアの言葉に二人は笑顔で頷いた。



 ***



「うにゃーー! ドラゴン! ドラゴンが!」


 ドラゴンの吐いた炎に巻き込まれる。

 フィアは既に十回は死に、百人以上の魔族を殺している。

 もちろんシミュレーターの中での話だが。今もまた通りすがりのドラゴンが吐いた炎に巻き込まれ、落下している最中だ。隣で見ていた教官のヴォランが言った。


「はい、ドラゴンには気をつけましょうね。皆さんは幼体ですから彼らから生命を狙われることはありません。しかし事故は別です。ドラゴンがくしゃみをして吐き出した炎に巻き込まれる事故は年間かなりの件数で起こっていますからね」


 昨日外で実際に乗る練習をしたフィアたちは、今日午前中は学科、午後はシミュレーターを使った危険予測の授業を受けている。

 再び注意深くスタートしたフィアの隣でセーレが忌々しげに叫んだ。


「くそっ! 突っ込んできやがった! この自殺志願者どもめ!」


 自殺志願者、まさにその通りだとフィアは思う。スクリーンにうつしだされる他のエアーバイクやドラゴン属、鳥類は狙っているかのようにこちらへと突っ込んでくる。どいつもこいつも好き勝手放題、魔界道交法など知った事かとばかりに動いている。スクリーンの中は治安が悪すぎることこの上ない。

 特攻隊とばかりに自分たちへ向かってくる相手に幼体四人はうんざりしていた。

 そんな幼体たちに苦笑しながらヴォランが説明した。


「いいですか、皆さん。この授業はこんな危険な事があると知るためのものです。運転をしていると遭遇するであろう事故。それを知り、安全運転にいかしても頂くための授業ですからね」


 注意深く運転をしていたフィアは目の前に飛び出してきたスカルドラゴンを避ける。だが避けた途端、スカルドラゴンの陰から突然出てきた他の幼体エアーバイクとクラッシュした。

 まただ。フィアはがっくりと肩を落とした。


 四人の幼体たちはヴォラン言うところの鬼畜仕様な危険予測シミュレーターですっかり落ち込んでしまった。そこでやっとシミュレーター講習が終わりを告げる。


「じゃあ、今度は外に出ましょう。危険予測の前にシミュレーターで練習した急制動を実際にやって頂きます」


 ヴォランの言葉に四人はのろのろと立ち上がり、外へ出る準備をした。

 トシーノが憂鬱そうな表情で呟く。


「大丈夫だよね?」

「だ、大丈夫に決まってんだろ! シミュレーターみたいに突っ込んでくる奴はもういないんだ!」


 セーレの言葉にフィアは頷いた。


「だいじょぶ、だいじょぶ……」


 もはや呪文のようだが自分へと言い聞かせる。もう危険予測の授業ではないのだ。

 しかし昨日の時点で一番運転がうまかったトシーノまでもがここまで落ち込むとは、危険予測恐るべしだ。

 四人は外へ出て、既に待っていたヴォランの前に並ぶ。そして言われた通りに各自エアーバイクに乗り込んだ。


「いいですかー。さっき習った通り、急制動は指定された速度で走ってください。そしてなるべく短距離で止まること。制動開始地点と距離を記した目印が空に浮かんでいるのが分かりますか?」


 ヴォランの指差す方向を見て、四人は頷いた。


「じゃあ皆さん、早速やってみましょう!」


 四人はそれぞれ自分のエアーバイクを浮上させた。そして加速し決められた速度で走り出す。ぐんぐん制動開始地点が近づいてきた。

 フィアは先ほどの授業でヴォランに言われた言葉を思い出す。安全かつ正確に短距離で止まること、だ。ポイントはブレーキである。

 制動開始地点に到達したフィアはブレーキをかける。姿勢が前のめりになる。だがまだ止まらない。フィアは更に強くブレーキをかけ、自分の身体が浮き上がる感じにしまったと思った。失敗だ。

 フィアの身体がエアーバイクの座席から前転するような形で放り出される。それもハンドルを握ったままであったため、エアーバイクも一緒に前転した。


「うにゃーー!」


 あまりの事態にフィアはうっかりエアーバイクのハンドルを手放した。慌てて地上へと転移する。落ちても死にやしないが痛いのは嫌なのだ。

 無事地上に着地したフィアの耳に轟音が飛び込む。


「こ、校舎が!」


 ヴォランの叫びに慌ててそちらを見ると、校舎の外壁に大穴があいていた。フィアに投げ飛ばさせるかたちとなったエアーバイクが突っ込んだようだ。


「穴ぼこになっちゃった……」


 突然の事故に騒々しくなる中、フィアは呆然と呟いたのだった。



 ***



 シェイドは風呂からあがり茶の間に戻った。コタツの上においておいた保護者フォンが光っている。どうやら着信があったようだ。


「あれ、フィアか」


 しかも通話ではなく、メッセージだ。彼女がメッセージを送ってきたのは初めてかもしれない。

 メッセージを開き内容を確認する。


『シェイドへ。

 フィアはお友達ができました。お友達にメッセージの送り方を教えてもらったんだ。寮はご飯も美味しいし、寮母さんも優しいです。運転は大丈夫、フィアは得意です。明日も頑張ります』


 運転は大丈夫、得意という言葉にシェイドは思わず呟いた。


「なんか教習所からきた報告とはえらく違うが……」


 幼体向けコースは毎日必ず保護者へと連絡がある。今日シェイドに送られてきた報告では『暴走癖あり』とあったのだが。


「フィアのやつ、大丈夫かね」


 入校してしまった今となっては遅いが、シェイドは無事卒業し免許がとれるだろうかと心配した。


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