とある男女の結末
シェイドはカイムの転移魔法で見知らぬ民家の玄関に転移した。転移が完了した途端、目の前の光景に驚く。男が拘束魔法でぐるぐる巻きにされ、床に転がっていた。
まさか本当に人さらいのアジトを突き止めて乗り込んだのだろうか。
フィアの靴が脱ぎ捨ててあるのに気付き、シェイドは慌てて自分も靴を脱ぐと家にあがる。
「フィア! どこだ? フィア!」
名前を呼びながら廊下を真っ直ぐ奥へと向かった。所々に男が拘束され転がされているのを見ながら、ずっと奥へと進む。廊下の先に壁が見えた。突き当たりだ。ここが一番奥だろう。
その手前にある扉の前にも男が一人転がっている。扉の中がなにやら騒がしい。
シェイドは迷わず扉を開けた。
「フィア!」
そこにフィアはいた。シェイドに呼ばれ、驚き飛び上がる。そして恐る恐る振り返った。
その時、彼女が何かを自分の背中に隠したのをシェイドはしっかり見てしまい、視線を鋭くする。フィアはシェイドの視線に慌てて何か口の中でもぐもぐやっていたものを飲み込んだ。
フィアの目の前には四人の男が、その奥にはさらわれた者たちだろう女子どもが何人かいた。
シェイドは自分の背後をちらりと見た。カイムは廊下に隠れて、部屋の中を様子をうかがっているようだ。奥にいる女子どもの中にシェイドの見覚えのある顔はない。もちろんミリアムもだ。
もしかしたら別の部屋に監禁されているのかもしれないが、と思いつつ目の前のフィアに近づく。何よりもまず先にシェイドがしなければならない事がある。
フィアの目の前で立ち止まり、彼女を見下ろした。
「フィア、さっき何を隠した?」
「んにゃっ……べ、別になんでもないもん……」
「ほー……何でもないなら、さっさと出せ」
シェイドはフィアに向けて手を差し出した。渋々といった感じでフィアが何かの紙包みを差し出す。仄かにあたたかいそれは食べ物が入っているものだとシェイドはぴんときた。
包みの中をのぞきこむ。中に二つ程カラアゲが入っていた。シェイドの表情が厳しくなる。
「フィア、このカラアゲは……」
「おい、さっきから何だ? 人様の家に勝手に上がり込んで!」
武器のつもりなのだろう小ぶりな刃物をちらつかせながら男が近づいてくる。シェイドは舌打ちした。子どもの教育の邪魔はしないで欲しい。
シェイドは近づいてきた男ではなく、奥で身を寄せ合う女子どもに声をかけた。
「こいつらは人さらいか?」
シェイドの言葉に何人もが首を縦に振る。
なるほど、とシェイドは近づいて来た男を空いている片手で殴り飛ばす。
「お前たちは後だ。ちょっと待ってろ……。で、フィア。このカラアゲはどうしたんだ?」
「これは……ここの悪者たちのだもん……」
「前に言ったよなぁ。相手が誰であれ、人の物をとって食べたらいけませんって」
「う……」
「悪者だろうがそれは一緒だからな」
「でも、でも。こいつらフィアにカラアゲくれるって言ったもん。だからここに来たんだもん」
言った後にフィアがしまったという表情になった。
あれほど知らない人についていくな、食べものにつられるなと言っておいたのに。ネロとの会話に気を取られ、脱走を許した自分も悪いのかもしれないが……。
シェイドはため息をつく。それを見てフィアが益々身を小さくした。
「うう……ごめんにゃたい……」
「わかったならいい。同じ事もうするなよ」
シェイドの言葉にフィアはうんうん頷いている。とりあえずフィアの方はこれで良いだろう。
シェイドは警戒心を露わに自分たちを睨んでいる人さらい共に視線を移した。
「フィア、こいつらにも拘束魔法かけとけ」
「はーい」
しょぼんとしていたフィアが正義の味方再びとばかりに瞳を輝かせた。シェイドは抵抗するかのように向かってきた男たちを適当に殴り飛ばす。吹っ飛んだ男たちは順番にフィアの拘束魔法でぐるぐる巻きにされた。
一番奥で様子を見ていた男だけが残される。おそらくこいつが頭だろう。シェイドはそいつに歩み寄った。男はじりじりと後ろに下がる。そして背中が壁にぶつかった。
シェイドは男の目の前で立ち止まると、さっきフィアから取り上げたカラアゲの袋を押し付けた。
「こちらはお返ししますよ」
「へ?」
「フィア、こいつに拘束魔法かけたら、転移魔法で警吏の詰め所行ってきて、ここに連れて来てくれ。お前が勇者のところの子だって言ったら、すぐついて来るだろうからさ」
「警吏?」
「あー、わかんないか。んじゃ、さっき俺と話してたネロわかるか?」
「うん、熊さんだね」
熊さんの一言にシェイドは笑ってしまう。確かに熊だ。やはり坊主は似合わない。止めて正解だった。
「そうだ。あいつの所に言って、人さらいの家見つけたって言ってくれ。後はあいつが警吏の所に行くから、それについて行って全員まとめてここに連れてきて欲しい」
フィアはどこで覚えたのかびしっと敬礼した。やはり正義の味方ごっこは今も続いているらしい。そして最後の一人に拘束魔法をかけると、彼女の姿がその場から消えた。
シェイドは奥にいる者達を安心させるように声をかけてから、部屋から一度出た。そこにはまだ封筒を手にしたカイムがいた。
「ミリアムがいないな。どっか別の部屋にも隠してるのか」
フィアが戻ってくるまでの間に家中を探してまわるか、とシェイドが考えたその時。黙っていたカイムが口を開いた。
「この家には神様の魔法で拘束され転がされている連中とその部屋にいる者達以外、誰もいない。気配がない」
他の人間が囚われていないか探すため、玄関の方に逆戻りし始めていたシェイドはその言葉に立ち止まる。
「じゃあ、ミリアムはこいつらにさらわれた訳じゃないのか……?」
では彼女はどこへ行ったのだろうと考え込むシェイドに、カイムはまるで独り言のように呟いた。かつて魔法学院の校舎であった場所のことを。
老朽化と生徒の増加によって学院が新校舎にその全てを移し、近々取り壊しが始まる予定のそこを思い出す。シェイドはあの場所は立ち入り出来ないはずだと訝しんだ。入り口の門はかたく閉ざされている。
「裏手側。神殿近くの塀が壊れている。彼女はいつもそこから入っていた」
「へー、お前達のデートスポットって訳ですか」
カイムはそれに答えず、手にした封筒をシェイドに押し付けた。そしてその場から転移で消え去る。
「え、おい!」
呼びかけたが遅かった。シェイドは押し付けられた封筒を手に、今日何度目か考えるのも嫌になるような深いため息をついた。
***
カイムの言った通り、家の中には奥の部屋にいた者以外さらわれた者はいなかった。一通り家中を調べ終え、奥の部屋にフィアの魔法で拘束された者達を集め終えた時、フィアが沢山の人間を連れて戻ってきた。
シェイドは事情を説明し、あとの処理を警吏たちに任せる。そして今度はミリアムを探す為、フィアに神殿まで転移してもらった。神殿をまわりこみ、魔法学院の旧校舎の塀を調べる。カイムの言う通り、崩れている部分があった。
「よし、行くか」
シェイドはフィアを促し校舎の敷地内へと入った。おそらく校舎そのものは施錠されている。ミリアムがいるとすれば庭あたりだろう。
フィアとともに石造りの校舎のまわりをぐるりと歩く。二人はとある一角で立ち止まった。少し先に東屋がある。
ミリアムはそこにいた。シェイド達に背中を向け、備え付けられた椅子に腰掛け目の前の池を眺めている。
シェイドはこっそりと近くの木陰から彼女の様子をうかがう。こちらにはまだ気付いてない。
どう声をかけるか、と悩んでいるとフィアがシェイドの外套の裾を引っ張った。彼女に小声でたずねる。
「どうした?」
フィアは何も言わず、少し離れた場所を指差した。そちらを見るとカイムが樹に隠れ立っている。シェイド達と目が合うと彼の姿は消えた。
カイムはずっとここで自分達が来るまで待っていたのだろう。
シェイドは何とも言えない気分になった。だがその時、自分の足元にいたはずのフィアがトコトコとミリアムに近づいて行っているのに気付きぎょっとする。
フィアはシェイドの動揺などお構いなしにどんどんミリアムに近づいていった。ミリアムも足音に気付いたのだろう。弾かれたように顔を上げ、振り返る。だがそこにいた者の姿に表情を曇らせた。自分が待っていた相手ではなかったからだろう。
フィアはミリアムのすぐそばで立ち止まった。そして彼女に話しかける。
「ねえ、お姉ちゃん。カイムに会いたいの?」
突然見知らぬ子どもにカイムの名前を出され戸惑ったのだろう。ミリアムはしばらく黙ってフィアを見つめていた。
答えないミリアムに焦れたのかフィアが更に言った。
「お姉ちゃん、カイムに会いたいんでしょ? フィアがカイムの所に連れていってあげるよ!」
シェイドはフィアを止めるべきか悩んだ。フィアが二人の置かれている状況をちゃんと理解しているとは思えない。困っているなら助けてあげようという、子どもの思いつきだ。
だが果たしてこのままでいるのがミリアムの為になるのだろうか。
悩んだ末、シェイドは一歩踏み出した。しかしフィアの申し出に驚いた表情を浮かべていたミリアムが首を横に振ったのを見て、立ち止まった。
「いいえ。気持ちは嬉しいけど、彼には会いに行けない」
「なんで? 会いたくないの? フィアならカイムの所に連れていってあげられるよ」
「会いたくないなんて事ない。会いたくてしかたない……でも……」
意味が分からないといった表情を浮かべ、更に何か言おうとしたフィアが口を噤む。ミリアムが涙を流しているのを見たからだろう。
「でも、もし私から会いに行って、彼から別れを告げられたら……完全に終わってしまう。それだったら、ずっとこうやって待っていたい。今日来ないなら、明日。明日来なければ明後日。終わらなければ私はいつまでも待っていられるから……」
フィアとミリアムが黙り込む。シェイドは二人に向かって歩いて行った。二人がシェイドに気付き顔をあげる。
シェイドは二人に言った。
「帰ろう」
***
人さらい達がつかまってから二日たった。シェイドはあの後ミリアムをチムノー司祭の元へ送り届け、フィアと家に帰った。あれから家を出ていたミリアムは父親の元で再び生活しているらしい。今朝チムノー司祭がそう言っていた。
今、シェイドとフィアはダンケルハイト行の定期便に揺られていた。シェイドとフィアがダンケルハイトに向かっているのは墓参りの為だ。今朝チムノー司祭がわざわざシェイドの家を訪れ、先日の礼とともに依頼していた両親の件を報告してくれた。養父母は既に亡く、ダンケルハイトに墓所があるという。
そこで早速墓参りに行く事にしたのだ。
「フィア、ダンケルハイトはじめて」
「そう言えばそうだな。ま、なーんもないぞ」
「そうなの?」
「うーん……ああ、揚げ饅頭がうまかったかな。墓参りの後で食べるか」
「うん!」
二人はダンケルハイトに着くとすぐに墓所へと向かった。神殿の手が行き届いているのだろう。養父母の墓は綺麗に掃除され、花が供えられていた。
シェイドは彼らが生きている内に会えなかった事を残念に思いながら、墓前であれこれと報告する。もちろん親不孝な息子であったことをちゃんと詫びた上で。
そして墓参りを済ませた後、揚げ饅頭を食べるべく、フィアと街を歩いた。
「んー。あんまり何にもないね」
「そうだなぁ」
街はアンブラーの方が栄えているし、同じ宗教都市としても光の教団本拠地ウァティカヌスにも及ばない。
「ここの大神殿で俺は青銅の剣と革の鎧、革の盾しかもらえなかったんだ。あ、あと路銀三百ペイももらったか……全額銅貨でな」
「うにゃー、あそこで……」
シェイドが大神殿を指差し説明すると、フィアが眉間に皺をよせてその建物を見る。どうやら昔シェイドがした話を思い出したらしい。
シェイドは揚げ饅頭を二つ買い、一つをフィアに手渡した。歩きながら二人はそれを食べる。
「あそこに森が見えるだろ?」
「うん」
「あの森を抜けて隣町に行く途中、ゴブリンと戦闘になったんだ。教団から頂いた有難い剣はあっという間に折れてなぁ……。ゴブリンの棍棒奪い取って、しばらく使ってたよ」
「棍棒のほうが強そうだね……」
シェイドは思わず笑った。あれからもう二十九年たったのだ。
二人が魔法車の停留所にたどり着くと、ちょうどアンブラー行の定期便が来ていたので乗る。
フィアと昔の話で盛り上がっているとあっという間にアンブラーに着いた。
商店街で夕食の買い物をしながら、家へと戻る。魚屋に立ち寄った時、店の女将がシェイドに気づくと声をあげた。
「勇者さん、大変! 聞いた? 司祭のお嬢さん、ミリアムちゃんのこと!」
魚を物色していたシェイドは思わぬ言葉に首を傾げる。
「いえ……彼女が何か?」
女将は周囲を見回すと、シェイドに近づき小声で言った。
「彼女、書き起き残して消えちゃったらしいわ」
「え……」
思わぬ言葉にシェイドは絶句する。そんなシェイドに構わず魚屋の女将は続けた。
「今までありがとう、探さないで下さいって。最近色々あったから司祭が心配して、ミリアムちゃんのお友達にお昼来てもらってたらしいけど……。お友達が部屋に入ったら、誰もいなくて書き置きだけが残されてたらしいの」
「それで……司祭は?」
「慌てて神殿から家に帰って、その書き置き見て倒れちゃったんですって……」
「おい、お前。勇者さんに魚も勧めず、変な話をしてんなよ!」
魚屋の旦那が慌てて駆け寄ってくる。噂好きの女房に呆れた表情だ。
「すいませんね、勇者さん。何にしましょう」
「えーと、今日のおすすめは?」
ミリアムの事も気になったが、シェイドはとりあえず魚を買う。今日オススメだという安くて脂ののった青魚スコンベルだ。
金を渡し、包みを受け取ると魚屋の息子ジャッロと話し込んでいたフィアに声をかける。スコンベルは『スコンベルの生き腐れ』なんて言葉がある程痛みやすいのだ。
「フィア、家まで頼む!」
駆け寄ってきたフィアの転移魔法で次の瞬間二人は自宅の前にいた。急いで家にあがる。
三枚におろしてもらった魚を冷保存庫に仕舞い、買ってきた他の食材もそれぞれ片付けていく。シェイドは片付けながら司祭の見舞いに行くべきか悩んだ。しかし彼にかける言葉が浮かばない。
一体ミリアムはどこへ行ったのか。生きているなら、まだ良い。最悪のことを考えてしまう。絶望した彼女がもし何処かで自殺などはかっていたら……。
そこまで考えると気が重くなった。あの二人が別れるのも止むを得ないと思ったが、それとこれとは話が別だ。
「シェイド」
台所の入り口からフィアに声をかけられる。振り向くと、そこにはフィアとベルゼブブが立っていた。
思わぬ客人にシェイドは嫌な予感がする。
フィアがさっさとその場を立ち去ったから、自分でベルゼブブを茶の間に案内し、茶を出した。そして彼と向かい合って座る。
シェイドが用件を尋ねるより前にベルゼブブが口を開いた。
「確認に来た。例の娘も姿を消したようだな」
「例の娘も……って?」
ベルゼブブが現れた時点で、何が起こったか薄々気付いてはいたが問い返す。
「カイムが消えた」
「どこに?」
「さあな。人間界を訪れる報告をした後の足取りがわからん。仕事にも出てこない。まさかと思って、ここに来てみれば例の娘も行方不明……」
「はぁ……駆け落ちってやつですか……」
シェイドの言葉にベルゼブブが冷たく笑った。
「駆け落ち、な。愚かなことだ」
「どうするんだ?」
「決まっている。草の根を分けてさがす。すでに私の部下達で捜索隊がつくられ、魔界、人間界中を探している。つかまるのは時間の問題だな」
ベルゼブブならばそうするであろうと分かってはいたが、シェイドは胃が痛くなった。そしてもう一つ気になることを聞く。
本音を言うならば、あまり聞きたくはない。そもそも自分には関係のない話だ。だが聞いておくべきだと思った。
「もし二人が見つかったら」
「もし、じゃない。必ず見つけ出す」
「そのとき、あの二人をどうするつもりだ?」
「カイムは抹殺処分。娘の方は私には罰する権限がないからな。まあもし何ならメフィストフェレスかベルフェゴールあたりに言って、あの者の記憶を消して送り返そう」
抹殺処分。思った以上に重い処分だ。
だが考え直す。魔界にとっても人間界にとっても今回の件は大きいのだ。ベルゼブブが釘を刺したにも関わらず、こんな大騒動になってしまった。だから彼としても厳しい処分をせざるを得ないのだろう。今後同じような者が現れぬように。
勇者であるシェイドにとっても他人事ではない。何故なら彼のような高位魔族が人間界に長時間いれば、他の動物があっという間に魔に犯され魔物が増える。低位の魔族の存在でも何百年おきに勇者が必要な事態を起こすのだ。もし彼がずっと人間界でミリアムと隠れ住むことになれば、その影響は計り知れない。
シェイドが黙っていると、目の前のベルゼブブが立ち上がった。
「邪魔したな。私は帰る」
「いや……」
シェイドもベルゼブブを見送るために立ち上がった。
お互いそれ以上何もいう事はなく、あっさりと去っていくベルゼブブをシェイドは黙って見送った。一体彼らはいつまで逃げる事が出来るだろうか。統制のとれた集団であり、優秀な者が多いベルゼブブの配下たちである。人間界であろうと魔界であろうと瞬く間に見つけ出すだろう。
カイムだってそんな事は分かり切っていたはずだ。だが、そこまでしても共に居たかったのか。ミリアムが別れの言葉を告げられる位ならば、いつ現れるとも分からない男をずっと待ち続けたいと思ったように……。
玄関に立ち尽くし、そんな事を考えていたシェイドは背後から聞こえた小さな物音に我に返った。振り向くとフィアが柱に隠れてこちらを覗きこんでいる。フィアはシェイドと目が合うと慌てて目をそらした。
怪しい。
「フィア、どうしたんだ?」
シェイドが尋ねるとフィアはぶんぶん首を横に振り、素知らぬ顔で調子外れな口笛をふきだした。
ますます怪しい。
「なあ、お前何か知ってるのか?」
「んにゃっ! フィアはカイムとお姉ちゃんのことなんか知らないもん……」
完全に黒だ。
思えば、カイムは逃げられないことを分かっていた。だから諦めようとしていたのだ。そして二人を何とかしてやれる存在は一人だけ。もしルシファーやベルゼブブから彼の引き渡しを要求されたとして突っぱねる事が出来る存在も一人だけだ。
シェイドはギクシャクとした足取りで慌てて立ち去るフィアの後を追おうとした。だが考え直す。
自分は何も知らない方が良い。
一体何をどうしたかは知らない。だがお子様とはいえ、最近はちゃんと神様業をやってるフィアのことだ。人間界に問題が出るような事はしていないだろう。
シェイドは魔界でもなく、人間界でもない場所に去ったであろう二人の幸せを祈った。それが永遠の時を生きるあの男からすれば一瞬とも言える短さの、人間である彼女の生が終わるその時までの幸せだとしても。
【第四章 完】
第五章は火曜日からになります。




