神と神、対決する 1
「さあ、どうであろう? 私がお前達をここへ連れて来たと思い込むのは自由だが。何のために?」
ルシファーの詰問に動じることなくアイテールは言った。
確かにこの異世界の神アイテールが自分達をここへ連れてくる理由はない。別にこの男から何か要求された訳でもない。
あえて消えゆく空間に放り込んで殺すためにわざわざ異界から人を呼ぶだろうか。
フィアは色々解せないことがありつつも、一番肝心な要求をすることにした。
犯人探しをしたくない訳ではないが、一番大切なのは皆で帰ることだ。犯人を野放しにすれば再び呼ばれる可能性もあるが、それに対してはいくらでも対策を取れるのだから。
「アイテールが犯人じゃないなら、フィアたちに用はないんだよね? それなら、ここから出られたらフィア自分の力で帰るから出して欲しいな」
「異界の神よ。それは出来ない」
「なんで? ここはアイテールしか出入り出来ないなんて言い訳信じないもん」
「可能不可能の前に……誰が何の目的で呼んだかも知れないお前達をここから出せないな。外に出した途端なにをするか分かったものではない。ここに放り込んでおけば、少なくとも我が世界は安泰だ」
アイテールの言葉にフィアはむくれた。
つまりこいつは自分達を危険物扱いしているわけだ。この場所もろとも滅せば面倒はないと。
自分達だって誰に何の目的で呼ばれたか分からないのに迷惑極まりない。
そもそもアイテールが何故この場を封じているのかも謎だし、彼が自分達をここから出そうとしない理由も納得がいくものではなかった。大体自分達はこの世界へ害意などない。
ミカエルのあれは別として……。
「今回の一件を起こした者がお前たちを何故あえてこの場所に召喚したのか分からぬのだから、ご理解頂こう」
「むー! 何それ! 大体この場所なんなの? 何か変だよ……」
「知る必要はない」
フィアが何か言い返そうとしたその時、今まで黙ってうつむいていたミカエルがずかずかと前に進み出た。
「神様」
「なに?」
「このような者も、このような神に創られた世界も許してはおけません。制裁……いえ、これは聖戦です!」
「聖戦……」
「そうです。全てを焼き尽くしましょう!」
ミカエルの言葉にフィアは少し考える。
聖戦。
確かにこの異界の神アイテールは憎らしい。帰ることを邪魔するならば全力で排除しなければならないが……。帰ることさえ叶えばどうでも良い相手である。
別世界の存在で今後なんらかの関係を持つことなどあるまい。
それに自分は予定が詰まっているのだ。二月程前に復活してから少しのんびりし過ぎた。
これからは予定をどんどんこなさねばならないのだ。特に年明けには大きな行事を抱えている。
聖戦などしている暇はない。
そう考え、フィアはミカエルに言った。
「でもね、ミカエル。フィア子ども会の劇の練習があるから、聖戦なんてやってる暇がないよ。やめよう」
新年早々に予定されている子ども会の劇。自分もちゃんと役をもらったのだ。台詞も一言だがちゃんとある。
衣装はシェイドのお手製でばっちりだ。しっかり公民館で行われる練習には行かねばならない。
「ですが神様、宜しいのですか……この様な不届きものを!」
「あー、ミカエルお前が出ると話がややこしくなる」
「俺たちちょっと離れたとこで聞いてるわ」
「なっ! 離せ!」
ミカエルの両腕をルシファーとアザゼルがそれぞれ拘束し、ずるずると背後へ下がっていく。
その姿を見ながらアイテールはミカエルに言った。
「私や私の世界をどうこうするよりも自分たちの生命の心配でもすべきだな」
その少し馬鹿にしたような口調にフィアはむっとした。
思わず言い返そうとしたその時、先に後ろへと下がったアザゼルが口を開く。
「おい、さっきから黙って聞いてれば……調子に乗るのも大概にしろよ、若造」
「若造?」
「若造だろ。確かに俺たちはここじゃ魔法は使えないが、お前から感じ取れる魔力の強さとか質で歳がいくつ位かは分かるぞ。どう見ても、たかだか数億年位しか生きてないだろうが!」
「アザゼルの言うとおりだ、若造。我々の前に無防備に立っていることに危機感を持て。私もアザゼルも確かに魔法は使えないが、それでもお前に負ける気はしない。我々はお前の百倍は生きているのだからな、若造め!」
若造、若造と言われたアイテールの顔が引きつる。
だがフィアとて他人事ではない。何億年も生きているアイテールが若造ならば、幼児の自分など微生物のようなものではないか。
思わず俯いてしまったフィアを見てミカエルが声を荒げた。
「ルシファー、アザゼル! お前達は神様を愚弄する気か!」
「あー、ミカエル。別に二人はフィアの事言ってないぞ。フィアも落ち込むな」
「うん……」
「頼むからミカエル、お前は黙っていてくれ……」
その時ばさりと羽ばたきの音がして一同は慌ててそちらを見る。
アイテールが白い翼を羽ばたかせ空に飛び立っていた。
「私はこれで失礼する。もしかしたらまた会うことがあるかもしれないが……」
そう言い残すと高度を上げながらこの場所から遠ざかっていく。
フィアは我に返った。ここで逃げられては困るのだ。
今魔法を使えるのは自分だけ。慌てて遠ざかるアイテールを走って追いかける。
「待てぇー!」
ついでに雷撃を放つがあっさりかわされる。灼熱の炎は掻き消された。
走りながらフィアは消滅魔法をアイテールへと放った。もちろん今ここで殺して外に出られなくなったら厄介なので、足止め程度にあたるように調節した。
ここがアイテールの力で封じられている空間ならば、奴を殺せば解放される可能性が高いが念のためだ。
わずかに掠めた消滅魔法はアイテールの片腕を消し去った。
その時やっとアイテールの動きが止まる。
今までになく苛立ちを浮かべた険しい表情で消えた腕を見つめるその姿にチャンスだと思った。
アイテムボックスから愛用の杖を取り出す。そしてそれを思い切り振りかぶった。全力で、更にとある魔法を付与して空中にとどまっているアイテール目掛けて投げる。
彼は魔法での攻撃には警戒していた。だが何かを投げつけて攻撃してくるとは想像もしてなかったのだろう。
かつてシェイドから『とんでもない怪力』と呼ばれたフィアの渾身の力をこめて投げられた杖は見事にアイテールの頭に直撃した。
彼は杖の直撃を受け仰け反る。空中で少しバランスを崩した。
背後から皆の拍手喝采が聞こえる。
「よくやった!」
「神様、お見事です!」
「鳥野郎め、ざまぁみろ!」
「相変わらずの怪力だな。あれ痛いんだよなぁ……。よくあいつ頭かち割れなかったな」
うんうんとフィアは頷く。
魔法で手元に杖を取り戻した。何とか立ち直ったアイテールはそれを見て慌てて上空へと舞い上がる。ぐんぐん高度を上げて、ある高さを超えた時点で突如消えた。
彼が消える寸前、フィアは青白く光る膜のようなものを空に見た。そしてその膜を通り抜けアイテールは消えていったのだ。
その時、フィアは気づいた。この空間は先ほど見た膜のようなもので包まれている。そしてここがアイテールしか出入り出来ないのも、この空間が消滅する運命にあるのもあの膜のせいなのだ。
膜が見えたあの時、フィアはそれがどのような魔力でどのように構成された代物か確認した。それで分かったのは、あの膜はこの空間の外枠で徐々に収縮していく。そしてその結果、時が来ればこの空間は消滅するのだ。この空間はあえてそのように創られている。
何故そんな空間を創ったのかと疑問に思った。だがフィアは一つの可能性に辿り着く。
自分は破壊の力も持っているが、通常の神は創造の力しか持たないと言う。この空間は、そのような通常の神であるアイテールが創った断頭台のような代物なのではないか。強大な神の魔力をもってしても消滅させることの出来ない何かを閉じ込め空間もろとも消滅させるのが目的ならば、あの膜を創り上げている創造の力の構成も納得いくのだ。
このままでは自分達もいずれ訪れるその時に巻き込まれる。ここがどれ位の広さのある場所かも調べてみないと分からない。だがさほど持たないだろう。
フィアが収縮する膜に対抗するような結界を張れば多少は時間が稼げるが、それもいつまで持つか分からないのだ。
だから一刻も早くここから出なければならない。
何としてもアイテールにこの場所から自分たちを解放させるのだ。
今回は逃げられた。
だが問題ない。先ほど投げた杖に付与した魔法。あれが奴をここへ来させるはずだ。
次は羽を毟って翼をハゲにしてやるとフィアは心に誓い笑みを浮かべた。
「逃げられたな」
シェイドが残念そうに言いながら近づいてくる。
「平気」
「へ? 何でだ?」
フィアは彼らの方を振り向いた。
「だって、さっきの杖に魔法付与しといたもん」
「どんな?」
フィアはシェイドの問いに胸を張って答えた。
「ここから出たら、顔に落書きが現れるんだ! 眉毛と眉毛がつながって、口周りにヒゲでしょ。後はね、んーと……鼻毛の落書きとほっぺにはくるくる渦巻きで、おデコには『神様』って書いてるの! フィアじゃないと魔法解除出来ない仕組みなんだ。どんなに洗っても絶対にぜーったい取れないんだから!」
「地味に嫌な魔法だな……」
シェイドだけでなく、ルシファーもアザゼルも渇いた笑いを漏らす。ミカエルだけが、さすがは我らが神様と頷いていた。
「じゃあ、奴はここに戻ってくる可能性が高いな」
「うん」
シェイドの言葉にフィアは頷いた。
奴が帰ってくるまでに、この場所について自分が知った事——先ほどの膜のことを話すことにする。ここがどれ位の広さなのか自分の力で分かるかもしれないから、それも試さねば。
ついでに拠点代わりの家も創造の力で創ろう。どれ位ここにいる事になるか分からないのだ。
すんなりいけばアイテールが戻り次第帰れるだろう。
だが交渉が決裂した場合のことも考えなければならないのだ。
その場合どうするかは連れの四人とケイオスに考えてもらうのが一番だろう。お子様の自分に考えつくことなど、たかが知れている。
一人じゃなくて良かった、とフィアは胸を撫で下ろす。
自分はひとまずアイテールの羽を上手く毟ることを考えていれば良い。
フィアはどう説明しようかと頭を働かせていた時、ルシファーが突然言った。
「先ほどから気になる気配がある。そこへ行って確かめたいと思うのだがいいか?」
***
「何て奴らだ!」
アイテールは苛立たしげに叫ぶ。
その背後から声がかかった。
「神様、如何ですか?」
「ミカエルか……? ダメだ! 何をやっても落ちん! 忌々しいクソガキめ!」
ミカエルと呼ばれた金髪碧眼の青年は振り返ったアイテールの落書きだらけの顔にも表情ひとつ変えない。
「大体、誰だ! あんなとんでもない連中呼んだやつは!」
「やはり……魔界では?」
「ルシファーか? あいつは今動けん」
「他にも有力な魔族はおります」
「たとえそうであっても、外界からも外界へも……あの場所は干渉を遮断しているのだぞ」
「左様でございますね」
アイテールはひとつため息をつくと踵を返した。その背中に金髪のミカエルが問いかける。
「神様、どちらへ?」
「異界の神の元だ!」
腹立たしげに去っていくアイテールを金髪のミカエルは物憂げな笑みで見送った。




