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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第三章 神様、アルバイトをするの巻
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悩める婚活女子

 フィアとシェイドはコキュートスにあるスーパーマーケットを訪れていた。

 モラクスとの約束まで時間がある。だから買い物をすませ、一度家に帰って荷物を置き、待ち合わせ場所に行く予定だ。

 シェイドは幼体を座らせる椅子付きのカートをカート置き場からとって来た。そしてフィアに言う。


「ほら、フィア」


 椅子に座らせるつもりだ。

 フィアは首を横にぶんぶん振った。

 あんな椅子になど座りたくないのだ。縦横無尽に動けないではないか。スーパーマーケットは楽しいのに勿体ない。

 そんなフィアにシェイドはため息をつく。


「そんな事だろうと思った」


 彼はフィアを椅子に座らせるのを諦めたらしい。空のカートを押し、売り場へと入って行く。フィアも遅れないようにその後に続いた。

 シェイドは果物や野菜のコーナーで、人間界では買えないものを選びだすとカートへ入れた。もちろんバナナも忘れずにだ。

 フィアは紫色の果皮を持つ魔界リンゴを見つけ、それをカートにいれる。これはそのまま食べても美味しいがコンポートにしてもらうと最高だ。

 シェイドはカートを調味料や乾物、缶詰、瓶詰めのコーナーへ進める。コンソメの素なるものやツナ缶、瓶詰めのソースなどを放り込む。フィアも負けじと自分の食べたいものをぽいぽい放り込んだが、シェイドに素早い動きで元の棚へと戻された。


「むー、なんでー」


 ふくれっ面をするとシェイドの両手が自分へと伸びて来た。それをさっとかわす。

 危ない、もう少しで座らせられるところだった。

 その後お菓子コーナーは素通りされ、肉のコーナーに入る前シェイドはフィアを手招きした。渋々と彼に近づく。シェイドはフィアを抱え上げ、カートの椅子に問答無用で座らせた。

 自分は肉コーナーでは前科者なのである。

 初めてスーパーマーケットに来た時、フィアはパック詰めされた肉を包みの上から指で押して遊んだ。それがシェイドにしっかり目撃されたのだ。知らんぷりするタイプでない彼は、責任を取り自発的にその肉を全て買った。そしてフィアは肉コーナーでの自由を失ったのだ。

 シェイドは特売の肉を吟味し、カートへ入れた。


「魚も何かいいのあるかな」


 シェイドは呟きながらカートを魚コーナーへと進めた。

 もう肉コーナーは出たのだから、この椅子から逃れたい。フィアはそう思い、期待を込めてシェイドを見つめた。だがシェイドの視線は魚の特売品に向けられていて、フィアの視線には気づかない。


「お、タラが安い」


 シェイドはほくほく顔で特売の魚を選び出すと、会計へ向かった。



 ***



「いやぁ、リリスさんは見事なキッチンタイマー係りでしたね」


 コキュートスの一画にある小さな屋台。ゴブリン夫婦が営むその小さなおでん屋こそ、アスタロトやルシファーもお忍びで訪れる名店だ。

 モラクスの言葉にリリスがふて腐れた。


「何言ってるのよ。それだけじゃなくてちゃんと手伝ったじゃない」

「そうですねぇ」

「美味しいね。これお餅が中に入ってるよ」

「ああ、この牛スジもなかなかのもんだ」


 四人は横に並び、おでんを食べている。フィアのお気に入りは玉子と餅巾着だ。


「勇者様って本当にお料理得意なのね。感動したわ」

「そうですね。あのマリネなんてアスタロト様が皿を抱えて手放して下さらない挙句、酒もってこいって……」


 モラクスが思い出し笑いをする。

 出来上がった料理は試食の分以外、みんなで少しずつ分けて食べた。スタッフもその中に含まれ、一人一人のお腹におさまった量はごくわずか。

 いつでもシェイドの料理を食べられるフィアは遠慮した。おでんが控えていたからでもある。


「私もお料理出来るようになるかしら……」

「出来ることからやっていけばいいんじゃないか。魔界は人間界に比べて何でも揃ってるから。フィアだって最初は包丁握らせたら、俺に向かって包丁飛ばしてくる始末だったし……」


 シェイドはその時のことを思い出したのか顔が青い。

 モラクスはそんなシェイドを笑い、大進歩ですねと言った。そして彼はせっせとビールを飲んでいるリリスへ話題を向ける。


「それにしてもリリスさん。よく貴女は今回の出演依頼を受けましたね。あ、私は大根お願いします」

「どういう意味なの、それは」

「いや……こんな番組出たら、貴女が家事全般ダメなのが魔界中に知られて婚期が遠のくでしょう」

「な……なんですって?」


 リリスは傾けかけたビール瓶を元に戻す。彼女はずっと手酌で飲んでいるのだ。

 衝撃のあまり硬直したリリスにシェイドが言った。


「家事できる男と結婚すればいいんじゃないのか。うちの死んだ嫁も家事なんて全く出来なかったけど」

「勇者様、私と……」


 シェイドはリリスが何か言い終わる前にさっと顔をそらす。そしてフィアに皿の上の串を見せて言った。


「ほら、フィア。牛スジ美味いぞ。食べてみろ」

「うん、食べる」

「何なのよ!」

「だから、リリスさん。それが駄目なんですよ。がっつきすぎ。ダボハゼじゃないんだから」


 フィアは牛スジをもぐもぐやりながらリリスを見た。どうやらリリスは落ち込んでいるようだ。

 どうしたのだろうか。


「もういっそ貴女はその愉快なキャラを売りにした方がいいですよ。変に気取るより」

「私は女優なんだけど」

「まあ、いいんじゃないか。仕事は演技派美人女優、プライベートは愉快な三枚目美女とか中々おいしいぞ」

「勇者様まで!」


 フィアはがっくりと肩を落とすリリスを見て、これは大変だと思った。

 リリスが落ち込んでしまった。励まさなければ。


「大丈夫だよ!」


 フィアの言葉にリリスが顔をあげる。

 フィアは力強く頷いて言った。


「リリスは面白いもん!」

「か、神様まで……」

「でも勇者さんの言う事は一理ありますよ。リリスさん、貴女は方向性を間違っています」


 改まった様子で語り始めたモラクスに三人が注目する。彼は熱燗を店主夫人に頼んでから、続いて口を開く。


「貴女の目指しているのは、察するにベリアル様の奥方様あたりではありませんか?」


 その言葉にリリスはぎょっとなった。どうやら図星らしい。

 モラクスはやはりか、と言う顔でうんうん頷く。


「やはりそうですか。では最初に言っておきましょう。貴女が彼女を目指すのは、到底無理な話です」

「なんでよ!」

「まあ……気持ちは分かります。彼女は魔界における玉の輿の代名詞のような女性ですからね。しかも貴女と同じ芸能界出身」

「ねぇねぇ。ベリアルって誰?」


 フィアは牛スジのお代わりをもらい、シェイドに尋ねた。モラクスとリリスの話を邪魔するのは悪いと思ったのだ。

 だがその問いにはモラクスが答えてくれた。


「ルシファー様にお仕えしている方で魔界では上位の実力派です。コキュートスチャンネルのライバルであるリンボチャンネルの出資者でもありますね」

「ふうーん」


 自分は会った事があるだろうか。色々な魔族を知っているがちゃんと名前まで覚えているのは少ないのだ。

 フィアは首を傾げた。


「神様は息子のセーレの方をよくご存知なのでは? セーレはむかし神様にコテンパンにされたと聞いていますよ」


 コテンパン、ベリアルの息子……。

 そこでフィアははっとなった。あいつだ。フィアの事を雑種だとか言って耳まで切断してきた失礼な幼体。

 会ったのは二十五年前で当時三十歳だったあいつは、幼体保護法を盾に好き勝手やっていた。

 その時のことを思い出し、フィアはしかめっ面になる。


「ろくな躾されてないガキだったな。俺も知ってる。ただベリアルと一緒だと借りてきた猫みたいにおとなしいんだ」

「私も知ってるわ。本当に嫌な幼体よね。何かと言うと父親の名前出すんだから」

「まああの幼体の話はさておき……話を戻しますね。ベリアル様の奥方様は、確かに美女です。しかもゴブリンどころか虫一匹殺せないような儚げな雰囲気のお方です。しかし……」

「しかし?」


 リリスは目を輝かせ身を乗り出す。

 フィアは隣のシェイドが苦笑しているのに気づいた。モラクスは意味深な視線をシェイドに送ってから、続きを話す。


「あの奥方様はね。おっそろしい女性なんですよ。そりゃあもう」

「ベリアルが昔言ってたな。この世で最も恐ろしい生き物は妻である、って」


 シェイドは思い出し笑いをして、ビールを飲んだ。


「あの女が恐ろしい女なのは分かったけど、どうして私がそれを目指すのは無理なわけ?」

「それはね、リリスさん。貴女と彼女の性格の違いです。貴女は確かに綺麗で一見とっつき辛くも見える美人さんですけど……その中身はポンコツで残念。でもとても愉快な方です」

「ねぇ、私馬鹿にされてないかしら……」

「馬鹿になどしてませんよ。むしろほめてます。そして何より、貴女は彼女など比べ物にならないほど人が良いんですよ。彼女みたいになるには、人の良さが邪魔をします。極端な言い方をすると、自分の欲望の為に他者を踏みつけに出来るタイプじゃないと、ああはなれません」


 リリスは黙って俯き、グラスの酒をじっと見ている。


「まあそれでも彼女は彼女で大変でしょうけどね。生まれた息子の力は父親と比べると雲泥の差。第二世代での劣化なんて言われる始末ですから」

「モラクス……あなた結構いい奴だったのね」

「……ちなみに私は妻帯者なので」

「何なのよ、それ!」


 リリスはグラスの酒を一気に煽ると、また注ぎ足す。モラクスとシェイドはそれを楽しそうに眺めていた。


「まあ、リリスはいい奴だよ。何と言ってもフィアが懐いてるくらいだからな。珍しいぞ」

「神様が?」


 フィアはシェイドの言葉に、玉子を頬張りながらうんうんと頷く。リリスは良い奴だ。間違いない。


「神様って人見知りだったんですか?」


 モラクスの問いかけにシェイドは首を横に振った。


「いや。母親がまあ何だ……あれだったから。フィアは大人の女の人が苦手なんだよ。こう見えても」

「勇者様……」

「ま、まあ、そう言うことだ! 上っ面に騙されるようなロクでもない男なんかじゃなくて、リリスの良さを分かってくれる男と結婚した方がいいぞ! 魔族同士でな」

「はぁ……もし今いる男達が全滅だったら、新しい生命体でイイ男作って下さいね。神様」


 フィアはリリスの懇願に玉子を飲み込み、任せておけと力強く頷いた。


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