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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第三章 神様、アルバイトをするの巻
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救世主登場

 助けを呼ぶ叫びとともに、フィアの魔力が迸る。


「お、来るか?」

「来ますね」


 アスタロトとモラクスはじっと見守った。すると未だ死闘を繰り広げるフィアとリリスのすぐそばに何者かが魔力で連れて来られる。


「おわっ、なんだ?」


 フィアの魔力で召喚されたシェイドがスタジオセットを驚いたように見渡した。そしてタコに締め上げられているフィアに目をとめる。

 引きつった顔で彼は叫んだ。


「って、タコまだ締めてないのかよ!」

「勇者様、どうかお助けください!」

「助けてぇ!」


 シェイドはリリスとともにフィアからタコを引き剥がし始めた。


「ここで神様の呼び声に応じて、第九百九十九代勇者シェイド・ブラックが登場です」


 シェイドはタコを引っ張りながらモラクスに言った。


「何だよ、九百九十九代って!」

「あなたは九百九十九人目の勇者なんですよ。これでも私は初代勇者のころから『追え、勇者の珍道中』の司会者をしてましてね。あなたが十六歳で旅立ったころから知っています」

「人のプライバシーなんだと思ってんだ! 隠し撮りの挙句、魔界全土に放送して!」

「えー。そう言われましても。ねぇ、アスタロト様」

「そうだな」


 シェイドとリリスの奮闘の甲斐あってフィアは魔界ダコの足から解放された。ばったりと床に倒れこむ。


「大丈夫か!」

「勇者様、このタコ……どうしましょう」

「流しにでも放り込んどけ! フィア、しっかりしろ」

「う、うう……」


 料理とはかくも危険なものだろうか。フィアはヨロヨロと起き上がる。

 シェイドは一つため息をつくと、腕まくりした。そして流しへと近づく。作業台の上からアイスピックのようなものを手に取った。


「まずはタコを締めるぞ」


 フィアは慌てて彼のそばに駆け寄り踏み台にのぼった。そしてその手元を覗き込む。

 シェイドはタコの目の間あたりを一突きした。ぐねぐねと動いていたタコが急にぐったりする。

 すごい。一撃必殺だ。


「そして墨袋と内臓をとる。墨袋破らないように注意しろ。生臭くなるし、タコについた汚れもおちなくなる」


 シェイドはタコの頭を口のような所からひっくり返し、包丁を上手くつかって中身を出す。そしてまた頭を元通りにした。

 タコの頭をひっくり返すのは面白そうである。ちょっと自分もやってみたい。


「んで、何作るんだ?」

「えっとね、タコ飯と煮ダコ、あとは何かもう一品だって」

「煮物にもすんのか。でももう一度塩かけてるしな。ま、いいか」


 シェイドはぶつぶつ独り言を言うとザルの中にタコを入れ、その上に塩をかけた。そしてしっかり揉んで洗い流す。


「煮るんだったら大根おろしかぬかでやるほうがいい。塩だと身が少しかたくなる」

「あ、ヌルヌルなくなった」


 そしてリリスに命じて準備しておいた鍋の方にタコを持っていった。これから下茹でとやらをするそうだ。



 フィアは下茹でが終わり、面白いかたちに茹で上がったタコを切り分けていた。シェイドにならった通り、包丁をつかい丁寧に切る。

 包丁で何かを切るのは楽しい。特に家の包丁は切れ味抜群だ。


「リリス、大根の下茹で終わったか?」

「はい!」

「まずカツオでとった出汁に砂糖と酒、大根を入れる。沸騰したらタコをいれて落し蓋だ」


 フィアは切り終えて分けておいた分をシェイドに手渡した。今フィアが切っているのは別に使う分だ。

 シェイドはキッチンタイマーをセットする。


「まずは十分くらいか。そのあと更に醤油を入れて弱火でじっくり煮る。じゃあ煮てる間にタコ飯の方にとりかかるか」

「んにゃっ」

「簡単だぞ。調味料とタコを一緒に入れて炊けばいい。普通に土鍋で米を炊くのと一緒だ」


 リリスが持ってきた土鍋に予めといでおいた米を入れる。


「水は同じくらいだ。そこにフィアが切ったタコを入れる。味付けは酒、醤油。あとは砂糖と塩をちょっとだけ」


 そう言って土鍋を火にかけ始めた。

 その様子を見て、モラクスが感心したように言う。


「いやー。やりますねぇ。最初一人で旅立ったときは視聴者とともに私もどうなるかと心配したものですが。立派な主夫勇者となられて……感無量です」

「色々な意味で規格外だったからな」


 アスタロトもうんうんと頷いている。


「魔界で最初についたあだ名は一人エンターテイナーでしたからね」

「何だよ、それ!」


 シェイドは土鍋の火加減を見ながらモラクスに叫んだ。


「いえね。あなたの旅があまりに面白くて。今まで『追え、勇者の珍道中!』は僧兵を連れて旅をする勇者に、我々番組側がベヒモスとかドラゴンとかいった魔物を仕掛ける番組だったんですが……。あなたは我々のそういった企画を必要としない勇者でしたから」

「むしろ企画と言う名の下手な横槍を入れるより、お前の笑える一人旅そのものを楽しむ番組へとなったんだ」


 怒りに震えるシェイドに構わず二人は笑っている。そこでいったんストップがかかった。

 煮たり、炊いたりするのに時間がかかるからだろう。

 アスタロトとモラクスがセットから出ていった。休憩らしい。


「お三方も休憩されてください」

「あー、その間に次に使う野菜でも切っとくよ」


 シェイドは首を横に振った。そしてフィアとリリスを振り返る。


「二人は休憩してきたら?」

「フィアはお手伝いするんだもん」

「私もです」

「えっ……むしろ……いや何でもない」


 シェイドはがくりと肩を落とした。どうしたのだろう。

 フィアは包丁を握りしめシェイドを見上げる。


「シェイド、何やるの?」

「はぁ、じゃあフィアは生姜を千切り。リリスは……さっきの煮物のキッチンタイマー見ててくれ。鳴ったら教えてくれるか?」


 フィアはいそいそと生姜の千切りを始めた。ゆっくり丁寧に。急いでやると包丁が飛んでいったりするのだ。煮物の鍋の前でリリスが十分にセットしたキッチンタイマーを凝視している。

 シェイドは湯むきしたトマトを小さく小さく刻みながら僅かにため息をついた。フィアでなければ聞き逃すようなため息だ。

 フィアは生姜を刻む手を止め、シェイドを見上げた。彼がフィアの視線に気づき苦笑する。


「どうしたの?」


 シェイドは少し離れたところでキッチンタイマーを必死に見つめるリリスの様子を伺い、小声で言った。


「俺こういうの好きじゃないな」

「こういうの?」


 どういう意味か分からず、フィアは首を傾げる。


「いや、さ。お前もリリスもろくに料理できないだろ? そんな二人にぶっつけ本番でタコ締めるとこからやらせるとか。失敗してロクでもないもん作るの前提な番組じゃないか」


 シェイドは刻み終わったトマトをよけ、今度は玉ねぎのみじん切りを始めた。


「そのドタバタを楽しむって言われてもなぁ。食べ物粗末に扱ってるみたいで嫌なんだよ」


 フィアはシェイドが食べ物を粗末にするなと言っていたのを思い出した。


「フィアも忘れんなよ。思い出せ。あの食べる物がなくて毒キノコだって食べてた旅の途中のことを」


 フィアは頷いた。

 そうだ。自分たちはお金がなくて、旅の途中毒キノコだって食べてたのだ。フィアは人間でないから毒キノコなど平気だが、人間であるシェイド達は防毒の魔法を自分にかけてまで食べていた。

 ひどい時はスープの具が毒キノコしかなかった時もある。それでもフィアは自分はしあわせだと思っていた。もちろん今も。


「まあ、俺も親元で暮らしてて食べるに困ることが無かった時はそんなこと思わなかったけど……」


 シェイドは手早くみじん切りした玉ねぎをよけて、今度は黄色い柑橘を手にする。確かあれの魔界での名前はレモンだったはずだ。

 人間界と魔界では微妙に名前が違うから覚えるのが大変だ。フィアもシェイドも魔界のスーパーマーケットで名前を覚えたようなものだ。

 そこでフィアは大切な事を思い出した。


「シェイド、またバナナケーキつくってね」

「ん、じゃあ帰り道スーパー寄ってから人間界に帰るか」

「お二人さん、飲み物でもどうぞ」


 スーパーに寄る話をしている二人の間にモラクスが入った。彼は手にカップを持っている。

 邪魔にならないようにカップを二つフィア達のそばに置いた。わざわざ持ってきてくれたらしい。

 フィアは手を拭うとカップをとった。チョコレートの香りが漂う。


「ホットチョコレートです」

「美味しそう」


 フィアは一口飲んで笑みを浮かべた。飲むチョコレートは初めてだ。

 シェイドも同じように一口飲んで頷いている。


「勇者様! タイマーなりました」

「ああ、今行く」


 シェイドはその場を離れ、鍋の所へ行った。そして醤油を加えて火加減を弱くし、再びタイマーをセットした。


「こっちももう終わるから、リリスも休憩して来たらいい」

「ええ」


 シェイドはリリスがセットから出て行くのを見送って戻ってきた。

 モラクスが戻ってきたシェイドに笑顔で言う。


「勇者さん、今日終わったら食事でもどうですか? この調子だと夕方前には終わると思いますから」

「魔界の芸能界きっての司会者さんはお忙しいんじゃないのか?」

「いえいえ、今日はもう他に予定を入れてませんよ。そもそもこんなに早く終わると思ってなかったですし。それに試食する身ですからね。どんなマズイものを食べることになるか分からないでしょう? 我々魔族は人間のように体調崩すとは思えませんが、万が一ってこともありますからね。予定を空けてたんですよ。ま、勇者さんのおかげでその危機も回避した訳ですが」

「フィアたち終わったらスーパーにお買い物に行くんだもん」

「そうなんですか。なら尚更丁度いいですね。私は終わった後に次回の打ち合わせあるんで。外で待ち合わせましょう」

「もう俺たちが行くのは決定か……」

「そんな嫌そうな顔しないで下さいって。美味しいおでんの店あるんですよ。うちの経費で落とすんで」

「おでん……」


 フィアは思わずシェイドを見た。おでんなる物を食べてみたい。

 シェイドはフィアの視線を受け、諦めたように言った。


「分かったよ」

「じゃあ、勇者さん。後で連絡先交換しましょう。お二人も少し休憩されたほうがいいですよ」


 モラクスはそう言うとその場を離れ、再びセットから出て行った。



 収録は再開された。

 タコの煮物は弱火で煮込まれており、タコ飯は火からおろされ蒸らしている。残すは最後の一品だ。

 そう言えばフィアは何を作るのかシェイドに聞いていない。

 フィアよりも先にモラクスがシェイドに尋ねた。


「ところで最後の一品は何にされるのですか?」

「酒飲みにはたまらん一品だ」


 シェイドはボウルに切ったタコを入れ、先ほど切った野菜を入れる。そして混ぜた。


「トマトと玉ねぎが入りましたね。おっと、次は……何でしょうか」


 モラクスが席を離れ近くまでやってくる。そしてボウルの中を覗いた。


「これはレモンのようですね。果肉を小さく刻んだものに果皮の部分もちょっと入ってます」

「フィア刻みニンニク入れてくれ」

「はーい。全部?」

「ああ」


 フィアは小皿を傾けボウルの中に全て入れた。するとシェイドはボウルの中へ塩コショウを振る。


「あとは酢とオイルを入れて完成。ちなみに分量はお好みだが、大体酢がオイルの半分だと思ってくれていい。よく混ぜて味を馴染ませたら完成」


 シェイドは丁寧に混ぜ終えると、煮物の鍋の方に行った。蓋を開け味を確認する。土鍋のタコ飯も同じように確認して頷いた。


「生姜を添えれば完了だ」


 タコ飯を茶碗によそい、上に生姜の千切りを散らす。ほんのりと色づいたお米、その中に僅かにお焦げが見えた。

 タコの大根の煮物も上に生姜を散らしている。しっかり煮込まれた具は味が染みていた。タコも大根も柔らかく仕上がっている。

 そしてシェイド曰く、タコ飯やら煮物との相性がいいかは分からんが酒との相性は最高のマリネ。

 試食する二人の前に並べられた食器をフィアとリリスは凝視する。

 フィアはシェイドの作るものが美味しくないなんて事はありえないと思っている。だがそれでも緊張し、二人が試食する様子を見つめた。

 モラクスとアスタロトがフォークを手にとる。そして料理を口に運んだ。二人の口元に笑みが浮かぶ。

 評価は聞くまでもなかった。


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