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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第三章 神様、アルバイトをするの巻
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厳選食材 魔界ダコ

 とうとう収録の日がやって来た。

 この日までにフィアは毎日せっせとシェイドのもとで修行した。包丁の握り方から始まったそれは中々厳しいものだった。

 そして修行の傍ら、フィアはリリスとともにドキドキクッキングの番宣に勤しんだ。ニュースや情報番組に二人はエプロン姿でゲストとして出演したのだ。

 ちなみにドキドキクッキングは夜放送される予定だそうだ。アスタロト曰く、なかなかよい枠らしい。


 フィアはシェイドに渡された大きな紙の箱を抱え、スタジオ入りした。これはシェイドに頼んで作ってもらった菓子が入っている。魔界の果実バナナを使った焼き菓子だ。


「おはようございます」


 何でお昼過ぎなのにおはようなのか、と不思議に思いながらもリリスに教えられた通り挨拶する。フィアの声を聞き、慌てて駆け寄ってきたスタッフに箱を渡した。


「これ。みんなで食べてください。シェイドが作ったんだ」

「あ、ありがとうございます。じゃあ神様の楽屋に行きましょう!」


 フィアはスタッフに連れられて楽屋なる場所に行った。小さな部屋だ。

 番宣で他の番組に出た時も使ったことがある。ここでヘアメイクをするのだ。とは言っても子どものフィアはメイクさんと言う人に髪の毛を整えてもらう位だ。

 フィアは楽屋でまず用意された衣装に着替えた。


「またスカート……」


 思わずフィアはため息をついた。

 フィアはスカートなど普段はかないのだ。動きにくいし、それにこの時期は寒いではないか。特にコキュートスは氷結地獄と言われている場所である。人間界と違い、年中寒い。

 番宣の時もスカートを用意され。だが、あまりの寒さに自分が着て来たズボンをスカートの下にはいてスタジオに行ったら衣装さんとやらがすっ飛んで来た。そしてズボンは取り上げられ寒い思いをするはめになったのである。


「スカートは嫌だって言わなきゃ」


 フィアは後で衣装さんを探そうと決心する。

 今日のところは仕方ない。これを着るのだ。

 やたらとフリフリのついた洋服に着替え終わったら、エプソンを身につける。これはリリスとお揃いだ。そしてメイク台の椅子に座って、ヘアメイクさんがやって来るのを待った。

 用意されていた温かいお茶を飲んでいると、楽屋の扉が叩かれた。返事をすると上半身が人型で下半身が大蛇である種族ラミアが入ってくる。彼女がヘアメイクさんだ。


「神様、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 早速彼女はフィアの寝癖ではねた髪の毛を整え始める。手早くお団子頭をつくり終わったら、それではと挨拶し、あっという間に出て行った。

 ヘアメイクさんが出ていくとすぐにモラクスが入ってきた。彼はドキドキクッキングの司会者である。

 魔界の芸能界では有名な司会者らしい。ちなみに代表作は『追え、勇者の珍道中!』だ。彼が今コキュートスチャンネルでやっている昼の情報番組『奥さん、お嬢さん!』には番宣でフィアも出演した。


「お、神様準備出来ました?」

「うん」

「今日からよろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」


 その時、楽屋の扉が開かれスタッフが顔を出した。


「あ、モラクスさん。ここにいたんですか? 神様も行きましょう。始める時間ですよ」

「え、ああ。もうそんな時間ですか。じゃあ神様、参りましょう」

「うん」


 フィアは頷き、モラクスとスタッフの二人と一緒に楽屋を出る。スタジオに向かって歩きながら緊張して来たのを感じた。

 そんなフィアに気づいたのか、モラクスが笑いながら言った。


「大丈夫ですよ、神様。ドキドキクッキングは生放送じゃないから、失敗しても平気、平気!」

「むー。わかった……」


 そうは言っても緊張はおさまらない。

 何故ならばフィアは何を作るのか聞かされてないのだ。レシピも受け取ってない。あらかじめ何を作るか分かっていたら練習出来たのに。これはシェイドも不思議がっていた事だ。

 周りの者に挨拶しながらスタジオに入る。すでに収録の準備は済んでいた。

 中央に大きなキッチン。その傍らには細長いテーブルがある。ここは司会者モラクスとゲストであるアスタロトの座る席だろう。

 リリスは既にキッチンの前に立ちスタッフと何か話し込んでいる。彼女は近づいてきたフィアとモラクスに気づくと笑顔を浮かべた。話が終わったらしいスタッフはその場を離れて行った。


「おはようございます。神様、モラクスも。アスタロト様は?」

「もう間もなくいらっしゃると思う……あ、いらしたな」


 モラクスの視線の先を見れば、いつもの様に真っ黒で立派な洋服を着たアスタロトが歩いて来た。だが彼は三人の元へは来ず立ち止まり、スタッフと何か話し始めた。


「収録前にアスタロト様とお話ししたかったのに」


 残念そうに呟くリリスにモラクスは言った。


「だから近づいて来なかったんだと思うけど……。アスタロト様の女に関する危機管理能力は見事だからなぁ」

「何ですって!」

「リリスさん。化粧がひび割れますよ。収録前なのに」

「そんなに厚化粧じゃないわよ!」


 話が盛り上がり始めたリリスとモラクスを置いて、フィアはアスタロトに近づいて行った。アスタロトと彼と話していたスタッフがフィアに気づく。


「神様か。もう収録がはじまるぞ」

「うん」

「そう言えば、あの差し入れの菓子は美味かった。スタッフからも好評で奪い合いになってたが……」

「あれはシェイドが作ったんだもん」


 フィアは胸を張って言った。

 シェイドの作るものは美味しいのだ。自分もあの焼き菓子を食べたが、しっとりしてバナナの風味とほどよい甘さがたまらない。

 帰りにこの近くのスーパーマーケットに寄ろう。そしてバナナを買って帰ろう。また作ってもらうのだ。


「さすが主夫勇者だな」


 アスタロトは笑った。


「神様、アスタロト様。そろそろ……」


 スタッフに声をかけられ、二人は頷く。そしてセットの中へと歩いて行った。アスタロトはゲストの席に座る。フィアはリリスと一緒にキッチンの前だ。

 フィアは緊張のあまりギクシャクと歩く。なんとかリリスの隣にたどり着いた。

 そしてカメラを探す。そこで思い出した。カメラは一つではない。

 一カメ、二カメ……。

 フィアの頭の中を甲羅にカメラをのせた亀が歩き回る。緊張はピークに達していた。

 そんな時、司会者席のモラクスから突然話しかけられ我に返る。


「今回の番組スタートに際して神様は勇者の料理修行を受けられたそうですね」

「うにゃっ! そ、そうだよ」


 驚いて飛び上がり、なんとか答えたフィアに三人の出演者たちが笑った。


「神様は初のレギュラー番組と言う事で大変緊張されているようですね。ですが勇者仕込みのその腕を是非発揮して頂きましょう。では、本日の食材をご紹介させて頂きます」


 モラクスが合図をすると、一人の女性がワゴンに何かをのせて現れた。フィアもリリスも注目する。

 二人の目の前にワゴンが置かれた。


「今回の食材はアンテノーラ産最高級魔界ダコ。お二人にはこのタコを使ってタコ飯と煮物、あとはレシピから一品選んで作って頂きます」

「ちょっと何これ!」


 目の前の食材を覗き込んだリリスが声をあげた。フィアはぴょんぴょん飛び跳ねるが、ワゴンに高さがあり見えない。


「何、何?」


 そんなフィアをリリスが抱えてくれる。高くなった視界でなんとかそれを見る事が出来た。

 フィアの目の前で魔界ダコがその足をぐねぐねと動かしていた。


「ねえ……なんか、うにょうにょ動いてるよ……」

「そ、そうね……」

「では早速お二人に始めて頂きましょう」


 モラクスの声にフィアとリリスが我に返る。スタッフの手によりキッチンの作業台の上にタコをのせたバットが置かれた。フィアとリリスも慌ててキッチンの中へと入る。二人の目の前にはレシピと食材が並んでいた。


「どうしましょう」


 リリスがレシピを手に取り真剣な目で読んでいる。フィアも準備された踏み台にのぼって、自分の分のレシピを手に取った。


「……なんだか、よく分からないわ」

「んにゃー、このタコ切ってご飯の上にのっけて炊けばいいのかな……」


 リリスが恐る恐る動いているタコの頭をつついた。


「ねえ、神様。これすっごくヌルヌルしてるんだけど。このままでいいのかしら」


 そんな二人を見てモラクスが言う。


「いやぁ、既に迷走を始めてますね」

「随分と攻撃力の高い料理に仕上がりそうだな」

「アスタロト様。ちなみに我々はその攻撃力高めな料理を試食するんですよ」

「は? なんだそれは……聞いてない!」


 慌てて立ち上がろうとしたアスタロトの腕をモラクスが掴んだ。


「ちょっ……どちらに行かれるおつもりですか! 収録中ですよ!」

「用事を思い出した!」

「どんな用事ですか! 今日は収録のために予定あけてるって聞いてますよ。それに今日逃げても、生放送じゃないですからね。必ず試食はして頂きます」


 モラクスの言葉にアスタロトが力を失い、倒れこむように椅子に座る。

 フィアとリリスはタコを前に真剣に作戦会議だ。


「ねぇ、とりあえず洗ってみたらどうかしら。ヌルヌルしてるの取れるかもしれないし」

「そうだね。こんなヌルヌル食べたくないもん」

「でも、どうやって洗いましょう」


 とりあえずリリスはバットの中のタコを流しへと放り込む。


「んー。ゴシゴシ洗えばいいんじゃないかな」


 フィアはタワシを手に取った。

 モラクスとアスタロトが身を乗り出して料理する二人を見守る。


「神様がタワシを手にしました。おっとリリスさんが洗剤に手をのばし……いやクレンザーを手に取りました」

「モラクス、止めろ!」

「申し訳ありません、アスタロト様。我々は口出ししてはならないのです」

「タイトルのドキドキは食べさせられる側のドキドキだったのか……」


 フィアはリリスが手にしたクレンザーを見て唸った。


「待って、リリス。シェイドがね、食べ物洗うのに洗剤なんか使っちゃダメって言ってたよ」

「まあ、そうなの?」


 二人を見守りながらモラクスが喋る。


「勇者の修行のおかげでしょうか。神様がまっとうに見えてきました。これから魔界ダコはどうなるのでしょうか」


 フィアは軽くタワシでタコを擦ってみた。一度作業を中断した。これでどうだろうか。タコがもがいているが構わずそっとタコを触った。まだヌルヌルしている。


「うーん……」


 フィアは相手も生き物なのだからあまりタワシでゴシゴシやると表皮が剥がれそうだと悩む。とりあえずもう一つの蛇口で手を洗い、困った時のためポケットに準備しておいたものを取り出した。

 幼体フォンである。保護者といつでも連絡が取れるように、魔界全土の幼体とその保護者に無料で配布されるものだ。フィアとシェイドもそれを貰っていた。

 人間界とでも連絡のとれる便利な魔道具である。

 ボタンを押し、シェイドを呼び出した。待つまでもなく、シェイドが出る。


「フィアか? どうした。収録中だろ」

「あのね。わかんないから教えて欲しいんだけど……。これから魔界ダコのお料理つくるんだけど、ヌルヌルしてるんだ。どうしたらいいのかなぁ」

「魔界ダコ……。今どんな状態か分からんが、ヌルヌルしてるんなら洗い足りないんだろうな。何作るか知らないが、とりあえず塩で揉んで水で流せ。白サティウスおろしとかでもいい」

「お塩! わかった、やってみる」


 フィアは通話を終了すると、リリスに塩をとってもらった。

 そしてシンクの中でぐねぐねと動いているタコにたっぷりと塩を振りかける。タコの足の一部がシンクの外側まで出てきていたが、とりあえず放っておいた。


「じゃあフィアがやるね」


 そう言うと小さな手をタコにのばした。だがフィアの手がタコにたどり着くその前に、タコがフィアへと飛びついてきた。


「うにゃっ!」


 今までとは比べものにならない機敏な動作だ。フィアに飛びついたタコはぐいぐいとその足で締め付ける。


「おっと、タコが反撃にでました! タワシでこすられ、塩をかけられ、よほど腹がたったのでしょう。神様を全力で締め付けています」

「魔界ダコは美味いが凶暴なんだよなぁ……」

「うにゃーー! はなせぇ!」

「ちょっと、こいつ! 神様をはなしなさい! って、あなたたち見てないで助けなさいよ!」

「あー。すみません。食材とのバトルも料理の内に入りますんで。我々は助けられないんですよね」


 リリスが必死にタコをフィアから引き剥がそうとしているが、なかなか剥がれない。

 フィアは思わず叫んだ。


「シェイドー! 助けてぇ!」


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