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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第二章 元勇者とその息子の巻
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神様、家出する

 そろそろお正月気分も抜けてくる頃だ。

 帰省をしていた者の中には戻って行く者も多い。お陰で帰省ラッシュなるものが起こり、魔法車や魔法船の定期便は満員だ。臨時便まで出ているが、それでも一杯になる。毎年恒例だ。

 シェイドは家中の掃除を始めた。ここ数日、新年を理由にさぼっていたから丁寧に。水回りと廊下を終わらせ、茶の間に向かった。

 茶の間にはシェイドの掃除を邪魔する強敵がいる。

 気を引き締め襖を開いた。ヴァイスとフィアがコタツに入っている。二人はそれぞれ本を読んでいた。

 ヴァイスは普通に座っているが、フィアはコタツに身体を入れだらしなく寝そべっている。彼女はその状態で絵本を読みつつお菓子を食べていた。

 ちなみに食べているのは芋を薄切りにして揚げたものにチョコレートをかけた菓子だ。塩っぱいのと甘いのを一度に味わえるそれは最近自分の店でも人気がある。


「二人とも、掃除をするからちょっとコタツから出てくれ」


 シェイドが告げるとヴァイスはあっさり立ち上がる。そしてコタツから離れた壁際に座り、また本を読む。長年の経験でとりあえずそこにいて、コタツの掃除が終われば戻ればいいと息子は知っているのだ。

 問題は強敵の方だ。

 フィアはコタツから出るどころか、コタツに潜り込んだ。そして顔だけ出した状態になる。


「フィア……」

「フィアはコタツムリだからコタツから出たら死んじゃうんだもん」


 今回はそう来たか。


「ほー。我が家にそんな謎生命体が住み着いてたとは知らなかったな」


 シェイドは言いながら、とある物を探し視線を巡らせる。この強敵コタツムリを排除し、掃除を行う為の武器だ。

 そして部屋の隅の物入れの中に放り込んであるそれを見つけた。

 シェイドはそれ以上何も言わず、フィアに背を向けた。そして物入れに近づくと、武器——店番の時に使う大判の膝掛けを手にする。

 ちらりと彼女を振り返り様子を伺った。シェイドが何も言わず立ち去ったから勝ったと思い安心したのだろう。またのんびりと菓子を口に放り込み、絵本を読み出した。

 シェイドは膝掛けを手に油断しきったコタツムリへと接近する。ヴァイスが壁際で本から目を上げ、こちらを見ていた。気付いてないのはコタツムリフィアだけだ。

 シェイドはコタツムリに近づくと素早くその両脇に手を差し入れた。そしてコタツから引っ張り出し、抱え上げた。


「うにゃっ! 離せぇ!」

「うるさい! お前は俺が掃除を終えるまで、コタツムリじゃなくてミノムシだ!」


 シェイドはジタバタ暴れようとするフィアを膝掛けでグルグル巻きにする。そして、掃除の邪魔にならない場所に簀巻き状態で転がした。


「戻せぇ!」


 背後から聞こえるミノムシの抗議の声を無視して、手早くコタツ周りを掃除する。

 そしてそれが終わったら二人に声を掛けた。


「よし、戻っていいぞ」


 するとミノムシフィアはそのままの状態で尺取虫のように動きはじめた。

 器用すぎだ。

 尺取虫はそのままコタツに潜り込んだ。そこでやっと膝掛けをコタツの外へぽいっと放る。

 シェイドはその様子に呆れてしまった。いくらなんでも寒がりすぎだ。部屋はコタツだけじゃなく、温風でも暖められているのに。

 とてもこの世界で至高にして最強の生命体である神様とは思えないていたらくである。

 シェイドはため息をつき、掃除の続きを開始した。



 一通り掃除が済んだ。残すはフィアの部屋だけだ。

 襖を開けて部屋に入る。彼女がここで過ごす時間はあまりない。殆どを茶の間で過ごす。だから散らかってなかった。

 そもそも物もあまり置いてない。子ども向けの小さな文机とちょっとした本棚あとはタンスがあるだけだ。

 シェイドは文机の上に置いてあった物に目を留めた。近づいて手に取る。


「まだ持ってたのか……」


 それはハニワと呼ばれる素焼きの焼き物。目や口は穴を開けただけの簡単な人形だ。

 ここ闇の大陸で太古、貴人の墓に必ず置かれていた代物である。今も発掘作業でたまに出土したりするらしい。

 フィアが持っているのは踊るハニワと言われる片手を上に、もう片手を下に向けた姿のものだ。

 シェイドは思わず苦笑する。

 何故フィアがこんなものを持っているかと言うと、これはまだ二人が一緒に旅をしていた頃、祭りの景品で当てたのだ。

 滞在していた宿で祭りの事を知り、フィアを連れて出かけた。そこで行われていた射的の景品だったこれにフィアが目を付け、取ってくれとシェイドにせがんだのだ。どう見ても子どもが欲しがるものではない。シェイドにもこのハニワの良さが分からなかった。隣に並ぶぬいぐるみと間違ってないか三回はフィアに確認した。だが彼女はこのハニワが欲しいと言う。

 そこで腑に落ちないながらも、このハニワを狙ったのだ。割れないよう別に用意されていた的を一発で倒し、無事ハニワをフィアに手渡すことが出来た。

 見ようによってはとぼけた顔にも見えるその素焼きの人形を抱え、フィアは感動した表情でシェイドに言ったのだ。


『これ、フィアの宝物にする』


 シェイドは小さな子どもの気まぐれみたいなものだろうと思った。だから適当に頷いておいたのだ。だが、フィアはずっとそのハニワを大切にしていた。毎日必ず一回はアイテムボックスから取り出し、丁寧に布で拭いて、しばらくじっと眺める。そしてまたアイテムボックスに仕舞う。

 フィアのその様子を見て、仲間のグレンとルクスは言っていた。


『ねえ、何でフィアはあんな変な人形気に入ってるの?』

『あれは呪術に使う人形か?』


 そんな彼らの言葉を聞くたびにフィアは不貞腐れていたものだ。

 そんな事を思い出し、シェイドはハニワをそっと机に戻す。ここで見たのはこれが初めてだ。だから飾り始めたのは最近だろう。

 自分にはこのハニワの良さがわからないが、大切にしてもらえているなら取ってやった甲斐がある。

 そう考え、フィアの部屋の掃除を開始した。

 埃をはたき落とし、畳の上を掃除する。文机の上を整頓している時のことだ。


「あっ……」


 シェイドの肘がハニワに当たった。あっと思う間もなくハニワは文机から落ちる。咄嗟に受け止めることが出来なかったそれは畳の上に落ち、あまりにもあっけなく砕け散った。

 シェイドは呆然とハニワだったそれを見つめた。

 まさかここまで脆いとは。文机はそんなに高さはないし、しかも下は畳だ。

 そしてかつてなら咄嗟に受け止めたであろう自分の反射神経の低下にも呆然とする。

 その時、背後で襖が開く音がした。

 咄嗟に振り返ると、そこにはフィアが立っていた。

 最悪のタイミングである。散々コタツムリはコタツから出たら死ぬなんて言ってたのに。このタイミングで部屋に現れるとは……。

 どう対処すべきか判断しかねていたシェイドの耳に彼女のつぶやきが飛び込んだ。


「フ、フィアのお人形が……」


 床に砕け散ったそれが何か一目で気付いたらしい。彼女は衝撃のあまり、目をまん丸にし、口をあんぐり開けている。

 シェイドは今のフィアの表情はハニワにそっくりだな、などと場違いなことを考えた。動揺しすぎているせいだろう。

 フィアは大きく息を吸い込むとシェイドに向かって大声で叫んだ。


「シェイドの馬鹿!」


 フィアは回れ右して廊下をバタバタと走り去る。

 シェイドははっと我に返った。


「フィア、待て!」


 慌てて自分も廊下を走り、その後を追う。玄関の扉が開け放たれていた。シェイドは草履をつっかけ、外に飛び出す。

 だが時すでに遅く、フィアは三輪車で爆走し家からどんどん離れていっていた。ただでさえ小さな姿がもっと小さくなっていく。


「どうしちゃったの?」


 背後の家の中からヴァイスが声を掛けてきた。黙っていると、息子が靴を履き外に出てくる気配を感じた。

 振り向くとすぐ後ろにまでヴァイスが来ている。もう一度聞かれた。


「どうしたの?」

「いや、掃除してたらうっかりフィアのハニワ落として割って……」

「ハニワって、あれ? フィアが宝物って言ってた」

「あ、ああ。知ってるのか?」

「見せてもらったからね」


 どうやらフィアはヴァイスにまで自分の宝物ハニワを見せびらかしていたらしい。


「あんな簡単に割れるなんて」

「まあ……だいぶ古いものだったんじゃないの」

「それにしてもなぁ……。どうするかな」


 飛び出したフィアを探さねばならないのは分かっている。だがどうにも動き出せなかった。

 謝っただけで許してくれるだろうか。いやあの子の性格を考えると何だかんだと言いつつも許してくれるだろう。

 だが謝るだけで終わらせるのは自分自身納得がいかない。今回の一件は自分の不注意のせいなのだから。

 そして彼女はあれをことの他気に入っていたのだ。それも宝物とまで言って。


「なあ、ヴァイス。グリンヒル商会でハニワ売ってるか?」


 グリンヒル商会とは妻の父親が営み、今ヴァイスも身をおく商会だ。


「いや……流石にハニワはないでしょう。って、ウチじゃなくてもハニワなんて売ってるとこ無いと思うよ」

「そうだよな……」


 シェイドは思わず乾いた笑いをこぼした。

 万事休す、だ。

 だが、そこで一つ考えついた。


「ヴァイス、俺はちょっと出かけてくる」

「ねえ、父さん。頼むから、発掘作業してるとこに忍び込んで盗掘するとか言わないでね」


 シェイドは驚いて思わず息子を見た。

 何故、バレた。

 ヴァイスは若干顔を引きつらせて言った。


「まさか、図星……? ちょっとやめてくれよ! 捕まったらどうするんだよ……元勇者盗掘なんてシャレにならないでしょうが!」

「一般人に俺を捕まえる事が出来るとは思わん」

「いやいや、そこで開き直らないでよ! そもそも盗掘行為自体問題があるでしょうが!」


 確かにそれはそうだが、世界の命運もかかっているのだ。フィアが許しても、今回の件をあのミカエルが知ればもっとややこしい話となるだろう。

 シェイドはとある人物を思い出した。


「いいか、ヴァイス? あのお偉い光の教団の大司教様が言っていたんだぞ。『証拠さえ残さねば何もしていないのと同じこと』とな!」


 シェイドがかつて仲間として共に旅をした光の教団の現大司教がフィアに言っていた言葉なのだ。

 シェイドは思った。

 本当にあいつ聖職者か。それも大司教って……。しかもそんな言葉をしれっと子どもに教えるのもろくでもない。

 だがここは都合よくその言葉を使わせてもらおう。


「何それ……大司教様って実はちょっとヤバイ人?」


 シェイドは首を横に振り、息子の言葉を否定した。


「ちょっとじゃない。かなりヤバイ人、だ」


 ヴァイスはシェイドのその言葉にもはや何も言えない様子で、空を仰いでいた。だが何かを思いついた様な表情になり、シェイドを振り返る。


「そうだ……良い事思いついたんだけど」

 

 シェイドは息子の語る名案とやらに耳を傾けた。

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