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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第二章 元勇者とその息子の巻
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死闘・餅つき

 新年二日目。

 今日は子ども会の劇と餅つき大会のある日だ。珍しくちゃんと起きたフィアの髪を丁寧に結ってやり、朝食を済ませる。

 そしてシェイドはいつも以上に気合の入ったフィアを連れて、ヴァイスとともに公民館へと訪れた。

 すでに公民館の一室はステージと客席の準備が出来ている。町内会の子どものいない者は餅つきの準備に追われていた。


「じゃあ、頑張れよ」


 シェイドの言葉にフィアはこくりと頷く。言葉少なくなってきたのは緊張しているからだろうか。

 舞台裏に歩いていくフィアを見送って、シェイドはヴァイスと共に観客席へと座る。子供達の準備が済み次第はじまるだろう。


「けっこう観客多いね」


 ヴァイスの感想にシェイドは頷いた。

 出演する子ども達の家族全員で見にくれば、観客の数も増えるだろう。ヴァイスのように普段は別の場所に住む家族も年末年始の休みで帰省して来ているのだから。

 しかし、シェイドは周りの観客よりもフィアの方が気になって仕方ない。

 あの子は果たして大丈夫だろうか。毎日せっせと練習には通っていたが、突拍子もない行動の多い彼女のことだ。本番中何をしでかすか分かったものではない。


「大丈夫かな……フィア」


 思わずこぼれた呟きにヴァイスは呆れた顔をした。


「大丈夫でしょ……。それにあんな小さい子はセリフ一言くらいだよ」

「いや、そうなんだが……」

「ちゃんと練習だって行ってたんだし。蜂役だっけ?」


 シェイドは頷いた。

 そうだ、この配役についても一悶着あった。

 あの神様至上主義の暴走天使が『神様が虫役など!』と騒いだのだ。あの時のことを思い出すとシェイドは頭が痛くなる。

 本人がやりたがっているのだからと説得し、何とか納得させたが大変だった。

 そもそも、フィア本人は蜂役ではなくイモムシ役をやりたがって立候補していたのだ。それを止めたのはシェイドである。

 蜂ですらあんなにミカエルは騒いだのだ。もし本人の希望通りイモムシ役などやらせていたら、どんな事になっていたことか。

 神様に床を這わせるなどと怒り狂っただろう。問答無用で公民館が焼き払われ、下手をすれば街までなくなったかも知れない。

 そう考えるとぞっとする。

 暴走天使は魔族なんかよりも厄介だ。一日も早くフィアにちゃんと手綱を握らせねばならない。そうしないと自分の死後、世界がどうなるか不安である。

 勇者は引退したのに、未だに世界を守っている——主にはた迷惑な天使から。

 そんなことを考えていると開場の合図が響き渡り、部屋が暗くなる。舞台の幕が開いた。

 微笑ましい子ども達の劇が始まった。

 シェイドは隣に座る、もう大人になってしまった息子が子どもの頃を思い出した。毎年必ず今は亡き妻とともに劇を見に来た。

 今は妻ではなく成長した息子が隣に座り、二人でフィアの出る劇を見に来ている。何とも不思議な感覚だ。

 時は流れた。

 過ぎ去れば本当にあっという間だ。

 勇者とした各地を巡ったあの過酷な日々ももはや過去である。

 そんな事を考えながら舞台を眺めていると、とうとうフィアの出番が訪れた。舞台脇から中央へ向かって駆けてくる。


「ぶーん、ぶーん。蜂だぞー! 刺しちゃうぞ!」


 フィアの出番、以上で終了。

 あとは舞台に立っているだけ。心配するほどのことはなかった。フィアは舞台上で他の子たちの演技をキョロキョロしながら見ている。

 まあ、あれくらいはご愛敬だろう。

 出番が終わり舞台から消えていく時、舞台脇でシェイドとヴァイスに気づいたらしい。満面の笑みでぶんぶん手を振っている。舞台上は明るく客席は暗いが彼女の目にはそんなものは何の障害にもならない。

 シェイドはその様子に思わず笑い、軽く手を振り返す。

 舞台脇で粘っていたフィアは年長の子達に連れて行かれた。その様子を見て、他の観客からも笑いがこぼれた。



 ***



 劇が終われば、町内会主催の餅つき大会だ。すでに婦人部の女たちによってほぼ準備が出来ている。

 男たちが運んできた臼と杵がそれぞれ湯を張られた状態で設置されていた。

 湯を捨て、軽く拭いてから蒸したモチノミを入れる。男たちが杵でモチノミをつぶしてこねた。

 あとは餅をつくだけだ。

 フィアは興味津々と言った様子でその様子を見ていた。シェイドは己の悪い予感が当たらないよう神に祈った。

 いや、神はすぐ隣に立っている。これは全く意味がないかも知れない。

 町内会の男たちがつき手と返し手の二人でそれぞれ餅つきを始めた。フィアが身を乗り出している。

 これはまずい。

 シェイドは彼女の意識を他に向けるべく話しかけた。


「な、なあ。フィア?」


 だが餅つきをする男二人を真剣に食い入るように見ているフィアは適当に頷くだけだ。

 めげずにシェイドは話を続ける。


「ぜんざい以外にも、他の食べ方準備してくれるらしいぞ。きな粉餅に磯部焼き、フィアは何がいいか? 婦人部のおばさん達のところに行って先に頼もう」


 彼女の腕を引き、さりげなくこの場所から離そうとする。

 食い意地のはったフィアのことだ。食べ物を目の前にしたら餅つきのことなど忘れるに違いない。

 このままここにいたら自分もやりたいと言い出すに違いないのだ。

 そうなれば、自分は哀れな生贄だ。

 だがシェイドの祈りも虚しく、フィアはシェイドの手をその怪力で振りほどくと餅つきをしている男たちの元へと駆け出した。

 しまった……まずい。


「待て! フィア!」

「おじさん、フィアもやりたい」


 突然駆けて来た幼児にそんな事を言われたつき手の男が手を止めて苦笑する。

 それはそうだろう。普通の子どもはただでさえ重い杵など持てない。


「お嬢ちゃんにはちょーっとばかり重いから無理かな」


 シェイドはほっと胸を撫で下ろす。

 フィアがむくれているのが目に入ったが、このまま断ってもらおう。

 そう思った時だ。餅つきを見守る人垣をかきわけ現れた一人の男が言った。


「フィアなら大丈夫だよ。人間とは腕力が違うし」


 シェイドはその言葉に舌打ちをした。


「え、ああ! 先生、来てたんですか」

「うん、面白そうだから」


 先生と呼ばれた男はこの街を作ったエルフだ。街の住人からは敬意を込めて『先生』と呼ばれている。ボサボサの金髪から先が尖った耳がのぞいている彼は、研究狂の今生きているエルフの中では最年長であるエルヴァン。

 今のシェイドにとっては降って湧いた災厄以外の何ものでもない。

 エルヴァンは満面の笑みで、杵を手にした男にやらせてあげたらと言う。


「先生がそう言われるなら」


 男は杵をフィアへと手渡す。彼女は重さによろめくこともなく、軽々とそれを受け取った。


「チビ助、頑張れー!」


 子どもたちの声援にフィアは頷く。そして位置について、杵を振り上げようとした。

 シェイドは腹を括る。

 他の人間に任せるのは危険だ。ここは自分が行くしかない。発言の責任をとってエルヴァンに返し手をやって欲しいが、逃げられるのが目に見える。


「待った! 返し手は俺がやります」


 シェイドの言葉に皆が振り返る。フィアの向かいで屈みこんでいた返し手の男が首を傾げて言った。


「勇者さん、大丈夫ですよ。自分がやるんで」


 彼は自警団で鍛えられた男だ。だがフィアが相手では一撃で沈むだろう。

 シェイドは彼の申し出に首を横に振り、きっぱりと言い放つ。


「一つ間違えば、腕が一本なくなります」

「え……そこまで?」


 その場の空気が凍り、背後でヴァイスの呟きが聞こえた。


「ですので、俺がやりましょう」

「流石だねぇ。勇者君」

「あなたが俺の代わりにやってくださってもいいんですけどね、エルヴァンさん?」


 シェイドに睨まれ、慌ててエルヴァンは後ろに下がる。


「いやいや、私は戦闘は苦手だから。任せるよ」

「戦闘って……」


 ヴァイスは既に顔が引きつっているが、戦闘で間違いはない。まさに死闘だ。

 シェイドは慌てて場所をあけた男に代わり、位置につく。運ばれて来た水と石鹸で手を綺麗に洗った。そばに置いてあるぬるま湯を入れた器を引き寄せる。

 まず始める前に言っておかねばならない。


「フィア、さっき手順は見たな? お前がつく、俺が返し手をやる。そしてまたつく、の繰り返しだ。杵に餅がつくようになったらそこのお湯で湿らせろ。いいか? つくのは餅だ! 俺の手じゃない! そこは間違えるな!」

「んにゃっ」


 勢いよく頷くフィアに更に重要な事を教える。


「ちなみに相手は餅。そんな馬鹿力は必要ない。全力でやるな。臼が木っ端微塵になるぞ!」


 フィアはうんうんと頷く。

 他の臼で餅つきをしていた男たちはつき終わった餅を婦人部の女たちに渡し、続きをやることなく固唾をのんでシェイドとフィアを見守っている。

 いや、彼らだけでない。

 この場にいる全ての者が静まり返り、自分たちに注目していた。

 シェイドは覚悟を決め、戦闘開始の合図を送る。


「よしっ、来い!」

「うにゃっ!」


 戦いの火蓋は切られた。




 かつてシェイドは己の反射神経に自信があった。

 戦闘には筋力もだが反射神経も大切だ。だが歳をとるにつれて反射神経が落ちて来ているのを感じる。

 いつでも戦えるよう未だに身体は鍛えているが、こればかりはどうしようもない。

 勇者も老化には勝てないらしい。ついこの間などは戦闘中にぎっくり腰になった。フィアに引きずられ陣営まで連れ帰られたのは苦い思い出だ。

 フィアが杵を振りかぶる姿を見ながら、自問自答する。

 今の俺にやれるか。

 かつて彼女とともに旅をした十九、二十歳の頃とは違うのだ。あの頃でも不意をつかれるとフィアのとんでもない攻撃を受けていたと言うのに。

 シェイドはこみ上げる不安を切り捨て、目の前のことに集中した。余計なことを考える暇はない。

 どすんと杵が振り落とされる。シェイドはさっと餅を折りたたむように中心へ集めた。その時風を切る音が聞こえ、慌てて手を引っ込める。ギリギリのところでフィアの攻撃をかわし、手をまたぬるま湯で湿らせた。

 何度かそうやって繰り返す。途中で彼女をとめ、餅を持ち上げてひっくり返し、再び死闘に入る。そうこうしていると苦労の甲斐があって滑らかな餅になった。


「フィア、終了だ!」


 なんとか五体満足で餅つきを終えた。

 シェイドはほっと息を吐いた。

 だが、持って行かれる餅を見て、またフィアが爆弾発言をする。


「フィア最初からやりたい!」


 さっきの餅はつきかけの状態だったからだろう。

 シェイドは凍りつく。


「もう一回! ねえねえ!」

「じゃあモチノミ持って来ましょうね」


 餅を受け取った婦人部の女が言った。

 持ってくるな、と声を大にして言いたいが言えない。何かとご婦人方は恐ろしい。

 シェイドは今度こそエルヴァンに代わらせようと顔をあげ、彼の横に見知った人物が二人いるのに気づいた。

 驚き、思わず声をあげてしまう。


「ルシファー、ベルゼブブ! なんでお前達がここにいるんだ?」


 エルヴァンと並んで餅つき大会を見学していたルシファーが答えた。


「私とベルゼブブは年末年始の休暇で旅行中だ。人間界食い倒れ暴食ツアー」

「なんだよ、それ……」

「おせち料理なるものを食べるためにこの街へ立ち寄ったら、何か面白そうな事をやってるじゃないか。見ればお前達二人だ」


 シェイドは立ち上がり彼らに歩み寄った。磯部焼きを食べているルシファーはそれにしても、と付け足す。


「モチツキとは血湧き肉躍る阿鼻叫喚のイベントなのか?」

「来年から我々魔界でもやってはいかがでしょう、ルシファー様」


 好き勝手な事をいうルシファーとベルゼブブに、そんな訳あるかと心の中で呟いた。

 そんなのはフィアがつき手の時だけでじゅうぶんである。


「ルシファー様、そろそろ参りましょう」


 ベルゼブブに促されたルシファーが頷く。


「そうだな。いい写真も撮れた。次の場所へ行くか」

「シェイドー! はやくー!」


 待ちくたびれたらしいフィアが背後から呼びかける。

 邪魔したな、と踵を返した二人の背中にシェイドは名案を思いついた。立ち去ろうとするベルゼブブの肩をがしっと掴む。

 ベルゼブブは驚いたように振り返った。


「何だ、勇者?」

「まあ、そんな慌てんな。折角来たんだから、餅つきでもやって行け。旅に思い出はつきものだ」

「え……」

「おお、それはいいな! お前がやれ、ベルゼブブ」


 主君であるルシファーにまで言われ断れなくなった様子のベルゼブブを引きずってフィアの前まで連れて行く。


「あれ? ベルゼブブ」


 フィアが目をまん丸にしてシェイドとベルゼブブを見比べる。

 シェイドは満面の笑みでフィアに言った。


「返し手はベルゼブブがやってくれる。がんばれよ」


 シェイドはベルゼブブにやり方を説明し、その場から離れた。

 間もなく二人は餅つきを開始する。

 シェイドはエルヴァン、ルシファーと並び眺めていたが、ふと気づいた。ヴァイスの姿がない。

 辺りを見渡すと、少し離れたところで二人の青年と何か話し込んでいる。あれはネロとロッソだ。近所に住む、子どものころからのヴァイスの友人である。

 三人で和やかに談笑している姿に胸を撫で下ろした。息子が友人とまで距離をおいているのではと心配していたのだ。

 彼ら二人も近所に住むだけあって同じ町内会である。たまたまここで会ったのだろう。ヴァイスを連れて来て良かったと思う。

 安心したシェイドはフィアとベルゼブブの餅つきに視線を戻した。

 超高速だ。観客から声援が飛んでいる。

 流石は魔界でルシファーに次ぐ実力者。魔王様の実力発揮である。

 心なしかベルゼブブの顔が引きつっているが、シェイドは見なかったことにした。



 散々餅つきをやって満足したらしいフィアはぜんざいの器とハシを手にご満悦だ。自分がついた餅を頬張っている。

 ベルゼブブはげっそりとしてルシファーに連れられ、また別の街へと消えて行った。

 暴食の魔王よ、何事も経験だ。

 シェイドは心の中でそう呟き、彼らを見送った。


「餅つきって面白いね。フィア来年もやりたいなぁ」


 フィアの言葉にシェイドは来年は餅つき大会にミカエルを呼んでやろうと心に決めたのだった。

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