壬生の狼たち(~ひと~)
京都。壬生村の廃棄された仏閣寺。
その中の廊下を歩きながら--二番目に大きな部屋の前に、俺と勇という少女が足を止めた。
勇が、部屋の襖を開ける。
すると、中にいたのは、仏頂面の男だった。
「…………ふむ。遅かったですな。近藤さん」
切れ長の目。まず、俺が目を引いたのはそれだった。
冷たい、氷みたいな容貌の男。あんまり冗談が通じなさそうな、独特の雰囲気をもった男は--酒でも飲んでいたのか、漆塗りの盃を手にしたまま、
「そちらの男は?」
ちらりと、俺に視線を向けてきた。
丁寧だけど。その視線に、俺はあんまり好きじゃないものを感じた。
なんだろう。この感じは……。本能的に、疑われているのを感じているのだろうか。
抜き身の刀身というか。そいつからは、俺が今まで会ったことのない、独特な暗いオーラを感じた。野生の犬に睨まれてるような、そんな微妙な怖さを。
「京の町で会ってね。拾ってきたのよ」
「拾ってきた、…………か。今どき流行の、不逞浪人ではないか?」
「ううん。違うと思うわよ。何しろ、格好が格好だもの」
と。勇は、俺の学校指定のブレザー。そしてズボンといった服装を眺める。
ふむ。と、男は酒を口に含みながら、考える風情だった。
どうやら、少女のほうは、この男のことを信頼しているらしい。表情とか会話で、その気心の知れた雰囲気を感じることができた。
何となく置いてけぼりだった俺に、少女はコッソリ耳打ちして、
「――紹介が遅れたけど。この人、私の部下で。この屋敷で二番目に偉い侍さん。もちろん、一番は私なんだけど……名前は、土方歳三って言うの」
「………………? ひじかた?」
と。
俺は、目の前の男にジロジロと不審そうな目を向けられながら、妙に引っかかるものを覚えた。
なんだろう。
なんだろう。
この、モヤモヤとする感じ。
ひじかた、ひじかた……。どこかで、その名前を聞いた気がする。歴史物には疎くて、大河ドラマとか時代劇とかはお年寄りが見るものだと、もっぱらアニメとかゲームばっかりやってる俺だけど…………どっかで、その名前を聞いた気がする。
そして--。その疑問は。
俺が、どうしてこの知らない町に来てしまったのか。そして、ここはどこなのか、という根本的な疑問を解決するための、重要なキーワードになりそうだった。
「…………? どうしたの? アンタ」
心配そうに首を傾げる少女の声は、俺の耳には届かなかった。
やがて、俺は。
宇宙の心理に気がついたような。とんでもない電流が走る発見を、この場ですることになる。
「――――あ、アアアアアアアアアアアア……!? としぞうって……土方歳三!? あんた、五稜郭の戦いで戦死した、土方歳三か!?」
「きゃっ!? ちょ、ちょっとアンタ!! 急に叫ばないでよ!!」
俺の驚愕の声に、勇は小さく跳ねてびっくりした表情をする。
「な、なぁ!? そうなんだろう!? ずっとオカシイと思ってたけど……! ここって、幕末の京都なのか!?」
「は、はぁ!? 何言ってんのアンタ!? 急に頭でもおかしくなったの!?」
ますます戸惑った顔で叫ばれるが、俺は関係なかった。
それよりも。この、降ってわいたような信じられない事実を確かめるために、驚く少女の肩をがくがくと揺すった。
すると、
「――落ち着け。馬鹿」
さっきまで座っていたはずの男が、いつの間にか刀の鞘を使って俺を突き飛ばした。
「戦場で己を見失えば、すぐに死ぬことになる。冷静さを失った人間が、俺は嫌いだ」
「……って、ててて」
廊下に突き飛ばされた俺は、打撲したと思われる尻をさすった。
「と、歳! アンタ、なんて乱暴なことを……!」
「近藤さん。この人は、だいぶ混乱しているようだが……どうも事情があるようだ」
驚いて叱りつける表情の少女に、仁王立ちする男は振り返った。
「聞いてみる必要……あるんじゃないか?」