第3話 空を飛ぶこと
ここは地上から離れた遥か上空。
大地はずっとずっと下にある。それは見えてるようで見えてない。
僕の未来のように…
「おい、ハルト!ぼうっとしてんな!」
大きな声に僕は現実の世界に戻された。またぼうっと考え事をしていたらしい。
「全く、今は空の上だってのに呑気だよなぁ…。お前の精神、そこは理解できないよ」
そうなのだ。僕はこんなに高いところにいるっていうのに、なんていうか緊張感がない。
恐怖、興奮、喜び、不安…。
飛び始めはそういう色々な感情も浮かんでくる。でも、飛んで数分もすれば気分は安泰。
“そこにいて自然”なのだ。僕が空にいるってことは、なんでもない当然なことであり、絶対的法則のような物である。
しかし、それはあくまで、空にいるというだけで、空をうまく飛ぶということとは話が別。飛行機の運転はからっきし駄目なのである。
「空をうまく飛べたらなぁ…」
僕のつぶやきは風のクラクションの中では、つぶやきにすらならなかった。
「おし、もうすぐ中間ポイントだぞ!」と、サツキが言った。
風の向こうに、中間地点を示す旗がある。旗は強風にさらされ大きなうねりを上げていた。
まだ、距離的には遥か彼方だが、なんとか見える。僕はゴーグルの中から目を利かせていた。
「あと少しだな!」
そう言ってサツキは更にスピードを上げた。
それから、間もなくして、僕たちは中間ポイントに着いた。
ここで、飛行機の整備をして次は僕が飛ぶ番である。サツキが、乗った後だから整備に問題は出ていないはずだが、念入りに行う必要がある。念には念をだ。
「おい、早く頼むぞ!後ろからも来るんだから!」
「分かってるよ!」
そう、後ろから先輩もやってくるのである。もたもたしてる追い抜かれるという展開になりかねない。
うん…、エンジンに問題なし!モーターも…大丈夫だ!
「サツキ!出すよ!後ろに乗って!」
「了解!」
サツキが乗り込み、僕も前部座席に座った。
「ハルト、思いっきりやれよ!」
サツキの呼びかけに僕は静かにうなずいた。ゴーグルをかける。安全用のベルトを締めた。
顔も引き締まる。僕はゆっくり飛行機を動かした。
最初は、静かに…。段々、音が風の指揮につられるようにリズムを取り大きくなってゆく…。
遮るものは何もない。最後にはその全てを放出するだけである。
ぶるぶるるるるる…――!
抗体は大きな音を立て、一瞬というときを何回も経て大空に舞い上がった。
これだ…、この浮く瞬間に、僕は興奮を覚える。自分が先ほどまで踏みしめていた大地を、離れる感触…。
「気持ちいい…」
つぶやきではあった。でも、しかしさっきのつぶやきとは、風の共感の仕方は違う。
僕に賛成するように呼応する。僕は空を飛んでいるのだ。
そう、気がつくと抗体はすでに遥か上空。僕は、飛行機の操縦を続けていた。
「ハルト、うまいじゃないか!その調子だよ!」
サツキの声を背に受ける。僕は、はっとして我にかえった。
その刹那だった―
僕の手がハンドルに触れているという感触を得た刹那―
ガタンッ、そう叫び抗体は突然傾いた。
「うわぁ!」
「くっ…バカ!何やってるんだよ!早く、戻せ!」
サツキの声が後ろで聞こえる…。何故だが僕は、冷静になった。どこかに魂を置いてきた感じだ。
そして、脳内に何処かの記憶が、映像となり現れた。
「いいか、ハルト…。空を飛ぶって言うのは、飛行機を支配することじゃない。空を支配することじゃあない。競争をして誰かに勝つことでもない。言うなら、ハンドルを握ることでもないんだ。飛行機と空と自然と…そして自分と…全てをひとつにしろ。それに身を委ねるんだ」
お兄ちゃん…?
再び、僕はハッとした。現実の世界だ。
「ふぅ…、なんとか持ち直したか…。ハルトー、危なかったぞ」
そうだ、僕は確か…飛行機の操縦に誤って…。
でも、今はいい状態で飛行している…。
お兄ちゃんが…、
「助けてくれたんだ」
僕は、今飛行機と空と…全てと一体化になっている。
もう、それは感触とかそんなのじゃなくて…
“飛んでいる”ってこういうことなんだね…。
僕は、ひとりそう思った。