第2話 空へ
「ふわ〜っ」
僕はあくびしながら、自分の部屋に向かって歩いていた。
ここは寮生なので、みんな部屋を持ってる。
ただ、校舎からは少し遠いので歩く必要がある。
でも、僕はこの移動中に空を眺めるのが好きなんだ。
夜空に輝く一つ一つの星…。素敵じゃない?
「って、うわぁ!」
どてっ!
思い切りこけてしまった。
前からこけたので、なんとか手を着いてダメージを減らすことが出来た。
「いてて…」
空を見て歩いていたら、道端の石に躓いてしまったらしい。
「何やってんだ?こんなとこで…」
後ろから声がしたので振り返った。
「あ、ちょっと空眺めてたらこけちゃって…、へへ…。」
僕は右手で鼻の下を擦った。微妙な笑みが哀しい。
「相変わらず、ドジだなぁ…。ほら、手ぇ貸せよ」
突っ張った声で、サツキは言った。
「え?」
「起きやがらせてやるって言ってんだよ!ほら!」
サツキはそう言って、僕の右手をつかみ強引に引っ張った。
引力に逆らうように僕の体は浮き上がった。
「うおっ…っと…。あ、…ありがとう」
僕は驚きつつもお礼を述べて微笑んだ。
右手がジンジンするは、この際言うまい。
「ふん、感謝しろよ」
顔を赤めつつ満足そうにサツキが言った。
自分がやったことを最善の手段と信じて疑わない彼女らしい。
しかし、彼女は傲慢なわけではない。常に、冷静に考えて判断する力はあるし、結果も出している。彼女は飛行技術に関して言えば天才的なのだ。
ただ、こういう当たり前っぽいところが微妙にできない。
ただ、お兄ちゃんに言わせれば、「そういうところが彼女のいいところなんだよ」らしい。
その後は、二人で寮に向かい、男子寮と女子寮の分かれるところで別れた。
途中、色々な雑談をしたけど、お兄ちゃんの話は出なかったな。
今週末は会うのかな?
今日は航空科の飛行訓練実技がある。
航空科を専攻した僕だけど、まだ2年生だから授業が月に数回しかないのだ。
だから、一回一回の授業がとても楽しみである。
そして、この授業は2年生から5年生までが一緒に行うのだ。
そもそも、ホープ飛行学校は、1年生から5年生まで、学校の授業を受ける。
そして最後の一年にどこに就職するか決めたりや、今までの学校生活の総決算として、高度な実技訓練をするのだ。
だから5年生にでもなると技術はかなり高くなってくる。
「さぁ、それじゃあ実技をはじめるよ。それぞれ学年ごとに並んで!お、今日は全学年が揃うのか!楽しみだね!…1、2、3…9人!全員いるね!じゃあまず各自飛行機の確認からだ!しっかりやりなさいね!」
ハティル先生の元気な声がこだまする。
先生は、この学校で唯一の飛行学校の教師だ。まだ、若い女性だが腕は最高レベルだ。
お兄ちゃんですら、「あの人は、俺と同等か上のレベルだろう」と卒業してからも話していた。
僕は一回も彼女が飛行機を操縦するところを見たことはないが、恐らく嵐でも乗り越えられる程の腕前なのだろう。
僕たちはそれぞれ飛行機の整備に入った。航空科は全科の中で、最も人が少ない。全学年をあわしても9人である。
「おい、ハルト!整備はお前に任せるぞ。お前が得意なのってこれだけだしな」
サツキが手で口元を押さえ笑いを隠すように言った。
「分かったよ!是非、やらせて!」
僕は声を張り上げていった。
2年生と3年生は合同で2人1組をつくり、飛行機に乗るのだ。現在、3年生は3人。サツキ以外は男子生徒なのでその人たちがペアを組んでいる。しかし、余り物ということでサツキが僕と組んだわけではない。自分から志願してのことだった。
「タクトの弟なのか?よし、じゃあ俺が組んでやるよ」という感じであったと思う。他の二人の意見を聞かずに強引だったのは今も覚えている。今となってはいい思い出…なのだろうか?
「おい、サツキ!たまには自分でやれよ。後輩だからって、ちょっとハルトを使いすぎだろ!」
サツキと同学年の男子生徒の一人がサツキに向かって言った。
「あ、いいんです…。これは、僕が好きだからやっているんですから」
僕は、笑ってそう言った。
「そうか、それならいいけど…。なにか困ったことがあったら言ってくれよな」
「心遣い、ありがとうございます」
先輩の優しい一言で僕は少し嬉しくなった。飛行機の整備は確かに僕が好き好んでやっていることなのだが気にかけてもらえるというのはやっぱり嬉しい。
みんな、飛行機の整備も済み、着替えもすまして、フライトの時を待っている。
フライトは先生が風などを確認し、無事に飛べるようになってからだ。
飛ぶコースはもちろん学校指定のコースであり、絶対安全な道である。
飛ぶ順番は、低学年からである。だから、僕達は1走目なのだ。
早速気を引き締める。航空服のボタンを留めて、ゴーグルを目にかけた。
「さて…一番目行ってきますか。準備はいいか?ハルト?」
サツキがすでにやる気満々で僕を待っている。
「おし、じゃあ先に乗り込むぞ」
そう言ってサツキは、飛行機の前部席に座った。
二人で乗るので、折り返し地点まではサツキが操縦。帰りは僕というわけだ。
「よし、じゃあ行ってきます!」
僕は先生に向かっていった。
「あぁ…、練習だからって気ぃ抜くんじゃないよ。分かってると思うけどね」
僕は先生の言葉を背に受けて、歩き出した。
「よいしょ」
飛行機の横からまたがり、後部座席に座る。そしてベルトをしっかり締めた。
「よーし、じゃあ飛ばすからな!」
サツキはそう言ってエンジンをふんだ。
飛行機は、助走を付けるために、滑走路を駆けていった。