同僚との顔合わせ
(ちょっと......なにその言い方)
ムッとしながら及川の横顔を盗み見るが、彼は今にも口笛を吹きそうな表情。目が合うと、整えられた眉を器用にも片方だけはねさせる。
室内は、ついさっきドアの隙間から覗いた時のイメージ通り、殺風景以外に形容が思い浮かばない。
部屋の中には、男女が合わせて三人。それと及川、美咲の分を入れればデスクの数と一致するから、これで全員か。
三人とも、彼女を見ている。美咲は腰を一つ折ると、手短に挨拶。
「本日付で異動を命じられました、元渋谷署の青山美咲巡......警部補です」
緊張で昔の階級を危うく口にしそうになる。なんだか今日は本当に自分が空転していると言う印象を拭えない。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、三人のなかで一番年を食っているであろう男が微笑を浮かべた。
「そうか。君が青山君ね。係長の、間々田です。君の働きは、人事から聞いてるよ。人望が厚いそうじゃないか」
その言葉に、及川が「ふうん」とでも言いたげな顔をしてよこした。
とりあえず、間々田の第一印象は、温厚な50代。
(多分50ちょいだよね......所轄よりも係長に必要な階級が上だからこうなるわけか)
警部補の自分は、「刑事」と言う枠でみればまだまだ下の存在である。
間々田をきっかけとして、一係の部屋のなかは突如自己紹介の場と化した。サラリーマンなら名刺交換会のような風情だ。
二人目の自己紹介が始まる。ショートボブのよく似合った、ハキハキした雰囲気の女。
「成田です!今日から青山さんの教育係は私だから、よろしくね!」
美咲の動作はワンテンポ遅れた。
(教育係、か......)
まさかそんなものつけられると思わなかったので、すこし驚く。
「本庁で警部補だと、主任って肩書きになるからね。所轄とこことで、何人かの部下を持つことになるんだよ。それに関しての教育」
美咲の疑問を感じ取ったかのように間々田が補足した。
「年は......29だから、青山さんより.......3つ、上かな?」
自己紹介を続ける成田に目で尋ねられ、軽く頷く。
「あっ、じゃあさ、姉妹みたいなノリでいいからね」
タメ口でいいとしつこく言う及川と同じく、彼女も堅苦しい礼儀作法が嫌いなのかもしれない。
最後の一人、ヘラっとした感じの男の自己紹介が始まった。年は及川と同じ27。
あまりにも愛想の良すぎる笑みが印象的でそれが逆に怪しく思える彼の名は、笹塚というようだ。
これで全員が自己紹介を終えたことになった。美咲はもう一度、顔と名前を脳内で一致させる。
(間々田係長と、あたしの教育係の成田さん。それから、このヘラっとしてるのが笹塚。んでこの嗜虐バカは及川)
大丈夫、全員覚えた。
「そしたら、今日あたし達はこれから容疑者リスト筆頭の方をパクリに行くんだけど......」
「じゃあ、あたしも行っていいですか?」
美咲の質問に、成田は数秒間黙り込むと助けを求めるように間々田に向き直った。あまりいい返事はもらえなさそうだ。
間々田もしばらく黙り込んだあと、こう言った。
「やることないから......帰っててもいいけど?」
「……ええっ、係長いくらなんでもこんな美人を帰しちゃだめでしょう」
間髪いれずに割り込んで茶化すのは笹塚。言い終わった途端、成田のたしなめる声と及川の舌打ちが部屋に響く。
「青山君さ、今日は帰っていいよ」
場をとりなすような間々田の声に背中を押され、何とも言えない気分のまま、彼女の本庁一日目は終わったのだった。
「はい。じゃあ、失礼します……」
釈然としない気持ちを抑えつつ、かばんを手に取ると美咲は部屋を後にした。