ドS男は今日からの同僚
「お、同じ部署、ですか……?」
(つまりはこいつが今日から同僚になるわけ??)
おかしい。朝はあんなにいい気分だったはずなのに、なぜか今はちょっと、気分が……
「そだよ。よろしく。つーか年もほとんど同じなんだろうから、タメでいいよ」
そっけなく、だがあきらかに彼は美咲の反応を楽しみ、弄ぶような声で返事をした。
先ほどまでに比べて、廊下が少し細くなった気がする。
(途中で二手に別れてた......?)
及川の方ばかりに関心が行って、道順などなに一つ覚えていない。
相変わらず真っ白で無機質だとしか思えない廊下をにらみながら、美咲が、(明日は受付にいこう。絶対)と心に誓ったその時。
「ほら、ここ」
及川が一つのドアの前で立ち止まる。下を睨んでいた彼女の目に、先のすっと細くなった革靴が映る。
(悔しいけど......かなりハイセンスだな、こいつ)
「ありがとう」
道案内のお礼は、彼に言われたとおり、タメ口で。
「どういたしまして」
歌うような口調でそう言ったあと、美咲を見てにっと笑う及川。その笑顔の意味を取りかねながら、彼女は廊下と全く同じ色のドアを細く開けた。
かすかな音とともにドアが開く。
(ここが今日からの仕事場か)
室内の感じは、渋谷と大差ない。
小学校の教室より狭いくらいの部屋の、扉と正反対の位置に窓が二つ。美咲から見て右手にはスチールロッカー。資料を入れるためのものか。
そして、部屋の真ん中辺りに、一般的なデスクが五つ。一つは生活感が全くないから、これが彼女に与えられる分だろう。
その時不意に肩をつつかれ、美咲は身を硬くした。耳元でクスッと言う笑い声。
「......なに?」
「別に。俺が青山のこと紹介しようと思って。ってかなんだよ今の反応。逆に俺がビクッとしたんだけど」
小声で話す二人は、まるで職員室の前でお互いの背を押し合う子供のようだ。
「多分今ならみんな来てんじゃねーかな?今日俺ら早くにくるように言われてたし。ヤマが一個大詰めなのな」
「え?じゃあ及川.......さんが、ビリじゃん。遅刻とか取られないの?」
「とられない。ってか青山解釈ちげーよ。俺は下に用あっただけ。今日は30分前に来て一番乗りでした。それとお前、呼び捨てでいいつってんじゃん。なに迷っちゃってんの?どーせお前の脳内じゃ呼び捨てなんだろ?」
痛いところを突かれて黙り込む美咲を鼻だけで笑うと、及川はぐいっとドアを開けた。
「新入りがこのフロアで迷子してっとこ拾って来ましたよ」
美咲は一瞬固めた拳を、慌てて左手に押し付けた。