男との顔合わせ
なれない環境にきょときょとと黒目がちの目を走らせながら、彼女はそのままの流れでエレベーター待ちの列の最後尾に並んだ。
ほどなくして、ピンポーンという音と共にエレベーターのドアが開く。今の彼女の目には、渋谷署よりもいくらか大きなそれの動きまで荘厳に見えてしまい困る。
エレベーターに乗り込む。中にいるのは、彼女を含めて8人。皆現職の刑事だろうか。がっしりした体つきの男ばかりだ。
(あれ?)
美咲の目は一人の男に留まった。
年は多分美咲と同じ25すこし。微かに茶色っぽくも見える髪、整った目鼻立ちも視線を引いたが、彼女の視線が吸い寄せられた一番の原因は、彼の体型である。
身長は美咲よりも高い。175はあるだろう。しかし、刑事の中では特に珍しいことではないし、むしろ少し小柄かもしれない。
いや。そう思わせるのは別のところにあるのかもしれない。
とにかく、痩せているのだ。これまたさっきと同じで、刑事の中では。
刑事の男という生き物は、皆肩幅も広く、手足も太い。
そんなとにかく大柄な他の男の中で、彼は明らかに浮いていた。そう。細身のボクサーが紛れ込んだような風景。
(モテるんだろうな……)
彼の横顔をちらっと盗み見しながら、ふとそんなことを思う。
ぼんやりと醒めた頭で考えていた彼女は気づいていない。美咲の右斜め前に立っている若い男が、彼女の事を盗み見ていることには。
いや、正確にいえばあえて気づかないような目が身についたのかもしれない。彼女は男が嫌いだった。
その点、美咲は罪作りな女なのかもしれなかった。
異動先について記された紙には、「本庁7F捜査一課第一係」とだけ書かれていた。
エレベーターが、目的のフロア、7階に到着した。降りたのは、美咲以外に、ボクサー風のあの男。
(うわ……フロアが広すぎて、どこに何があるのかさっぱり……)
そう。幅のある廊下沿いには、たくさんのドアとプレート。
なんとも無表情な蛍光灯。
春の陽気のかけらも感じない、整えられた空調。
フロアの案内図さえ、どこにあるのか分からない。
(あー、もう渋谷に帰りたいっ!)
早くもそんな弱音を吐きそうな彼女の耳に、どこかから会話が聞こえてきた。
「……やっぱ、あいつのと一致した?」
振り向けばさっきの男が、一回り年上の女と会話をしているところだった。
女の顔立ちは彼に似ていた。シャープな面に細いかすかにピンクフレームのメガネをかけている。
女は、白衣を着ていた。
(本庁科捜研所属の女刑事か……かっこいいな......)
二言三言言葉を交わしただろうか、女はエレベーターのほうへ、男は廊下の奥に歩き出そうとしている。
(道順質問するなら今かな……)
躊躇している間にも、彼の背はどんどん遠くなる。
「あのっ!すいません!」
それが美咲と彼――及川隼人の出会いだった。