本庁刑事としての一日目 ~慣れない空気感~
(霞が関から徒歩2分だっけ?)
真新しい定期を改札にかざして、地上に出る。
渋谷とはやはり違う街並み。「皇居」のにおいがするというかなんというか。
…そう。緑が多いのだ。
(なぁンか、実感わかないんだよなぁ…)
それに、タクシーも多い。さすがは官僚の町。黒塗りの車や、高級車の比率も高い。
突然の環境の変化に目が回りそうだ。
(こんなところで呑まれてる場合じゃないじゃん…)
唇をキュッと引き締めると、彼女は本庁への道を急ぐ。
歩きながら、彼女はいろんなことを考えた。
新たな職場の事。基本的に物怖じするタイプではないので、同年代との関係に摩擦が生まれてしまうのではないか、なんて不安はない。やはり不安なのは、上層部だろうか。
警視庁本庁。都内の、いや、日本の中でも屈指の刑事たちがトップを占める組織。
そんな中で、自分はうまく渡って行けるのだろうか――
彼女の足が止まった。細い首が上を向く。
彼女の視線の先には、ドラマなどでおなじみ――警視庁ビルがそびえたっていた。
通りをひとつはさんだ所に立つその建物の下層部を、並木がびっしりと覆っている。
(やっぱり、渋谷とはなんか空気が…)
そうは思いながらも、信号が青に変わった横断歩道を、他のスーツ男女にまぎれて、彼女は速足にわたる。
長いように思えた横断歩道もすぐに渡り終えた。どこかの大きなホテルの入り口のような立派なエントランスが、ピカピカに磨きこまれたガラスの自動ドア越しに見える。
(ちょっとこの雰囲気何よ…)
霞が関についてから心の中でつぶやくのは、これが一度目では決してない。
建物の中に入っても、彼女のその思いは消えない。
一階は受け付けのようだが、ところどころに観葉植物の小さめの木が置かれている。
遠くて少し見づらいが、あそこに置いてあるのは空気清浄機か。
(あんなのあったっけ?渋谷に…)
庶民の臭いが全くしない本庁に、彼女は戸惑いを隠せない。真っ白な床のタイルさえ、大理石に見えてきて、彼女はかすかなめまいを覚えた。
完全に呑まれてるよね…
もう一人の自分が、苦く笑いながら彼女にささやいた。