タッグも折り返し。
コーヒーを飲み終え、理由もなく重たい腰を上げると、美咲は1係の部屋を目指した。こんこんとパンプスが廊下をたたく。
本宮、といったあの女。恐ろしいほどの存在感。それでいてうっとうしさを感じさせない、大人らしさ。
環境の変化に目を回している自分とは、幹の構造が違うのかもしれない。
朝受付で聞いた通りの道を再び歩く。やがて、1係のプレートが見えてきた。
こんこんとノックする。
「青山です」
ドアを開けると、成田以外のメンバーは全員そろっていた。一つ頭を下げて、自分のデスクのもとに歩く。
「それじゃあ、青山君、今日から及川君とタッグ組んでもらうことになるから」
パソコンから顔をあげた間々田の顔には、ついさっきのやりとりは全く忘れたとでもいいたげな色が浮かんでいる。仕事の顔だろう。
「はい」
間々田は、同じく仕事の顔のまま、及川に向き直った。
「及川君、じゃあとは任せたよ」
「了解です」
間々田に頭を下げるなり、及川は美咲のところへ歩み寄ってきた。彼は彼で居心地が悪そうだ。
「そんじゃ青山…仕事をするんだけど。最初にパソコンのパスワードとか決めてもらっから」
その言葉で、「本庁刑事」という肩書に、息が吹き込まれたような気がした。
それからしばらくの間、美咲は及川と書類仕事をすることになった。
所轄で解決できない事件だけが、本庁にあがって来る。そう毎日事件事件というわけでもないようだ。
二人でタッグを組み、書類仕事をこなすたった数週間の間で、及川は美咲の天敵になった。
予想通りといえばそれまでの、いや、むしろ予想以上の嗜虐性。
陰険、という言葉がある。本人の目につかないところで悪口などを言ったり、けなしたりすること。
美咲はそういう人種が一番嫌いだった。人として最低だとも。
だが―――
及川のように、嗜虐性を表に出す人種も厳しいものがあることを知った。そんな性格とは全く逆に、整い過ぎた横顔。このギャップさえ、今は苛立ちを誘う。
及川隼人という男は、青山美咲という女の許容範囲を逸していたのだ。
それからもう一つ。この男は本庁の中でも5本の指に入る検挙率を誇っているのだった。
そんな尊敬するに値することさえ、今は心の靄のもととなるだけだった。
いや、面倒な説明はよそう。すなわち、美咲は及川が大嫌いだった。
肩が凝る。
美咲は、すぐ横でパソコンに向かっている及川を盗み見てからひとつ、ため息をついた。
刑事と言う仕事には似合わないデスクワークが、ここ2週間続いている。
資料をざっと読み、内容を頭に入れるべきものは記憶し、判子を押すべき者には判子を押す。
少なくとも、「刑事の花形」と呼ばれる本庁捜査一課に似合う仕事ではない。
おまけに、同僚、いや、一時的な直属上司は美咲の天敵。不幸の連鎖は終わりを見せない。
見習い期間は、1ヶ月。今日は異動から2週間目の朝だ。