朝からこの美女は誰??
エレベーターのすぐ横の小部屋。
自動販売機がいくつか置かれた休憩スペースのベンチに一人腰かけ、美咲はため息をついた。
聞こえてくるのは、自動販売機がたてるかすかな音だけ。その静寂が、今はどんな喧騒よりもうっとうしい。
(及川が教育係か……波乱含みなのは目に見えてるよね……)
緑茶のペットボトル越しに、かすかな冷たさを感じる。いや、ベンチも冷たい。
まだ異動になりたてだと言われればそれまでだが、自分はどうしても本庁刑事の一員になり切れていないような気がするのだ。理由は、よくわからない。本能的に感じる、何か。
周囲と自分の間に、何かの温度変化を感じる。自分だけが無駄に熱を発散しているような、そんな気分だ。
エレベーターが到着したのだろうか。すぐそこの廊下を、いくつもの足が横切っていく。スーツに交じって、ちらほらとスカートも見える。先輩の女刑事たちだろう。
そんな感傷に浸っていると、休憩室に男女が入ってきた。美咲はとっさに腰を上げる。
しかしその動きは、途中で停止した。
「あ」
「ういっす。青山早くね?」
部屋に入ってきたのは、今一番会いたくない相手。及川だった。
だが、及川はこれ以上干渉する気はないらしかった。相変わらずの嗜虐性含みなポーカーフェイスで自販機に札を食わせている及川の後ろから、女の声が聞こえてきた。涼しい顔が覗く。
「あ、この子が1係に異動になったっていう?私は及川と同期の本宮です。よろしく」
同期ということは美咲と一級違い。たった一年しか年は違わないはずなのに、彼女は本庁刑事という役柄に一体化している。
青山です、と言いつつ頭を下げた美咲だったが、内心は激しく動揺していた。
(誰この美人?て言うか、何?及川の彼女?)
身長は美咲と同じくらい。化粧の雰囲気もどことなく彼女に似ているが、身にまとっているオーラが涼しげだ。ОL、というよりキャリアウーマンのような雰囲気。
そんな美咲の胸の内を知ってか知らずか、二人は会話を再開したようだ。
「……それで?成田さん撃たれたって言ったけど、君はその時どこにいたの?」
(君??)
君呼ばわりも慣れた仲なのか、及川は気にも留めない。
「外。先に成田さんと笹塚が中に行って、俺は玄関の前にいた」
そこまで話して、及川は、あ、とこちらに向き直った。
「係長に聞いた?お前の教育役、俺だから」
突然自分に向けられた彼の声を、どことなくぼんやりと聞く。
「あ、う……はい」
丁寧語が割り込むあやふやな美咲の返事に苦笑すると、及川は自販機のボタンを押した。ガタンという音が何回か。
「ほい」
及川が本宮にコーヒーを手渡す。慣れた仕草がいやに癪だった。
「相変わらず気前がいいのね」
さらっと返す本宮にも、余裕がうかがえる。
(やばい。かっこいい……この二人)
「青山」
声を掛けられて顔を上げると、目の前にコーヒーが一本。
「気抜いてると、ロクなことないぞ。ぼけっとしちゃってよ」
そういいながら及川はコーヒーを放った。
「あ、ありがとう……」
そう言いながら受け取ったコーヒー。
その絶対的な存在感に、ほんの少し、目が覚めた気がした。