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落胤王子が祖国を滅ぼす話。

作者: 霜月立冬
掲載日:2026/08/19

 ここではない、どこか別の世界の話。

 物語の舞台は島と形容できるほど小さな大陸オシリア。

 オシリアには大小様々な国が存在している。現在のところ戦争中の国は無い。尤も、それも表面上の話。

 各々が友好を謳いながら、心底では自国の利益のみに腐心している。

 その腹黒い国家群の中に「ソドモラ王国」という中堅の国が有った。彼の国の王、アリオスは所謂(いわゆる)「暴君」であった。


 アリオスは、或る意味正直者であった。我儘でもあった。

 己の腹黒さを隠そうとせず、国政を意のままにした。

 古くから国に仕えていた忠臣達を軽んじ、己の意に沿わぬ者を徹底的に排除した。

 女性に対してもだらしなく、手当たり次第に手を出しては望まぬ子ども達を量産している。それらの子ども達は、一人の例外も無く王宮から追い出された。


 落胤達は、運が良ければ他家に預けられ、悪ければ奴隷として売られた。その内の一人、アラストは運が良かった。


 アラストの母、リュケは王族に仕える下級貴族であった。彼女には幼馴染の許嫁がいた。

 リュケとアラストは、リュケの許嫁、リム・ラルサ子爵の許に預けられた。


 リム子爵はアラストを自分の子と認め、ラルサ家の長子として育た。その事実だけでも、アラストにとっては幸運この上ないこと。しかし、彼に与えられた恩恵は、これだけに止まらなかった。


 ラルサ家は学業を重んじる家柄であった。リム子爵も無類の勉強家であった。

 リム子爵はアラストに知識を得る機会を与えた。アラストも、敬愛する父の背中に魅せられ、彼に追い付こうと勉学に励んだ。

 アラストの才能は大きく花開き、王国最高峰の大学で主席の座に君臨し続けた。その俊才振りは王国中に知れ渡っている。

 尤も、どれほどアラストが有能であろうとも、現王の下では活躍の機会には恵まれない。精々リム子爵の跡を継ぎ、凡庸な廷臣の一人として生涯を終えるはずだった。


 ところが、アラストはリム子爵の跡を継ぐことはできなかった。その可能性を閉ざした要因は、彼に掛けられた「王の落胤」という呪いであった。


 アラストが十八歳を迎えた日、ラルサ家の館に王宮の使者がやってきた。

 使者は甲高い声で「王命」と告げ、皆の前で「アラストが王の落胤である」という事実を明かした。

 ラルサ家の誰もが良き飲んでアラストを見詰めた。その最中、使者は「アラストを王家の一員に加える」という王命を伝えた。

 この口上には、リム子爵も、リュケ子爵婦人も大いに憤った。しかし、それぞれ口を閉ざしている。

 相手は暴君アリオス。拒否すればどうなるか? この場にいる全員が殺される可能性も有った。アラストにも、ラルサ家にも選択肢は無い。


「分かりました」


 アラストはアリオス王の息子として、王宮に迎えられることとなった。登城の際、アラストはアリオス王の使者から王の真意を明かされた。


「近々、エルサ王国の姫カルシア殿下がソドモラを訪れる。彼女は、各国を回って伴侶に相応しい男性を探している」


 エルサ王国。オシリアで一二を争う大国だ。後ろ盾としてはこの上なく頼もしい。(よしみ)を結びたいと思う為政者達は、存外に多い。

 アリオス王も、その内の一人であった。


「カルシア殿下の伴侶になる者は、我が血を引くものであって欲しい」


 アリオス王は「選択肢は多いに越したことは無い」と、アラストを始めとした落胤達を手当たり次第に王族に加えた。

 王の横暴に対して、表立って批判する者は誰もいなかった。しかしながら、不満に思う者は存外に多い。その中には、王宮内の人間も含まれていた。


 アリオス王の正当後継者である五人の王子達。彼らが落胤を歓迎するはずも無い。彼らに仕える廷臣達も同様だ。


 アラストを含めた落胤王子達は、王宮に入った日から執拗な嫌がらせを受けた。その仕打ちに耐えかねて自ら命を絶つ者も出ている。行方不明になった者もいた。

 カルシアがソドモラ王国を訪れたとき、残っていた落胤王子はアラストだけになっていた。

 尤も、最初から落胤王子達に居場所は無い。何れ王宮を去る運命に有った。それも、物言わぬ姿となって。

 落胤王子が生きて王宮を出る方法は唯一つ。


「カルシア殿下に見初められる」


 アラストは決死の覚悟を胸に、カルシアとの面会の場に臨んだ。


 謁見の間には、玉座に座るアリオス王と王妃、及び王領(王の直轄領)を治める臣下達が並んでいた。その中に、アラストの養父、リム子爵の姿も有った。


 アラストを含めた王子達は、中央を貫く赤絨毯の両端に並んだ。その際、正統王子達と落胤王子(アラスト)とで上座下座に分けられている。それぞれがまとった衣裳も差別化されていた。

 前者は豪華絢爛であるのに対し、後者は平服と錯覚するほど簡素なもの。アリスト王がどちらに期待しているのか想像に易い。

 正統王子達が胸を張り、己の存在を誇示した。これに対して、アラストは俯きながら、ジッと足下を見詰めている。

 緊張をはらんだ空気が漂う中、赤絨毯の上に白いドレスをまとった美女が現れた。


 カルシア・エルサ。エルサ王国の第一王女。


 エルサ王国の王、オーシュ・エルサの子は娘しかいない為、カルシアが王位継承権第一位となっている。

 何れはカルシアがエルサ王国の女王となる。彼女の夫は王配として、彼女を支えることになる。

 カルシアが夫に意見を求めることも有るだろう。王配がエルサ国の国政に深くかかわることは想像に易い。


 カルシアの王配にソドモラ王国の王族が選ばれたならば、エルサの国政にアリオス王の意志を反映することができる。その権利を得るか否か? 

 様々な思惑が交差する中、謁見の間にカルシアの涼やかな美声が響き渡った。


僭越(せんえつ)ながら、貴国への想いを綴った詩を披露させて頂きます」


 想いを綴った詩。しかし、それはカルシアの自作ではなかった。古代の詩人が吟じたものであった。

 滅んだ国の詩で、言語も当時のもの。一般人には何を言っているのかサッパリ分からない。

 アリオス王を含め、居合わせたソドモラ王国の為政者、及び王子達は引き攣った笑みを浮かべながら僅かに首を傾げていた。

 その中にあって、唯二人だけ首を曲げない者がいた。


 リム子爵とアラスト。二人とも、それぞれ薄い笑みを張り付けながらカルシアの詩を聞き入っている。その笑みの意味は何か?


 カルシアの詩が終わった後、居合わせた殆どの者が拍手した。

 しかし、リム子爵とアラストだけは、拍手もせず茫洋と突っ立っている。その様子は、当然ながら居合わせた全ての者の目に映っている。


 アリオス王を含めて、ソドモラ王国側の人間が一斉に顔をしかめた。全員、アラスト達に剣呑な視線を向けている。「無礼であろう」と叱責する声が幾つも上がった。しかし、それらの声はカルシアの美声に打ち消された。


「詩の意味、理解して下さったのですね」


 カルシアの言葉に、リム子爵とアラストは微笑みながら頷いた。


 カルシアが諳んじた詩は、古代の詩人が竹馬の友に捧げたもの。「誰よりも評価し合っていることを知っているが故、互いの間に世辞や賛辞は不要」といった内容だ。


 リム子爵も、アラストも、王国きっての勉強家。彼らの知識の中に、件の詩も含まれている。


 カルシアは、居合わせた全員に向かって詩の意味を明かした。その直後、アラスト達を非難していた者達の顔が真っ赤に染まった。

 正統王子達は、全員アラストに嫉妬の視線を向けた。その想いは、彼らにとって最悪の現実となった。


 アラストはカルシアに見初められた。エルサ王国から、カルシアの婚約者として求められている。それを断る理由は、アリオス王には無い。

 アラストはエルサ王家の婿養子となった。その際、アラストは「ラルサ家をエルサ王国で召し抱えてくれるように」と、エルサ王国のオーシュ王に要望した。

 この件に関しては、既にリム子爵や母のリュケ、弟のシンとも相談し、それぞれの了解を得ている。


 オーシュ王は快諾した。アリオス王も「代わりは幾らでもいる」と嘯いて、何の躊躇もなくラルサ家を手放した。


 かくして、ラルサ家はエルサ王オーシュに仕えることとなった。その際、格上げされて伯爵となっている。それに伴って、ラルサ家に所領が与えられた。

 アラストは王領に残る為、リム伯爵達と離れて暮らすこととなった。しかしながら、親子の縁は繋がり続けている。


 アラストは、与えられた余暇の殆どを使ってリム伯爵の許を訪れた。その際、婚約者であるカルシアも同伴している。

 アラスト、リム伯爵、カルシアには古代の詩、文学という共通の趣味が有った。その話題を繰り返していく内、それぞれの仲も自然と深まっていく。

 いつしかアラストとカルシアは「比翼の鳥」と称えられるようになっていた。その評価は、オーシュ王を大いに喜ばせた。


「まさか、あの頭でっかちで気難しい娘がここまで靡くとは」


 オーシュ王はアラストを気に入り、彼を重用した。それに伴って、ラルサ家は王国内で一目置かれるようになった。

 アラストも、ラルサ家の人々も、現況がいつまでも続くことを望んでいた。

 しかし、例えソドモラ王家を離れようと、アリオス王の落胤という呪いが無くなった訳ではない。

 アラストとアリオス王との因縁は未だ続いていた。


 アラスト達がエルサ王国に迎えられてから数か月が経ち、秋を迎えた頃。

 それぞれの国では穀物が最盛期を迎えていた。それぞれが国を挙げて収穫を行っている。その多忙極まりない折、エルサ王国に凶報がもたらされた。


「ソドモラ王国がラシャ共和国に宣戦布告しました」


 ラシャ共和国。オシリア大陸の東端、五つの都市を集めた辺境の小国。ソドモラ王国とは、建国以前から誼が有った。

 ソドモラ王国とラシャ共和国の関係を一言で言えば「主従」だろう。

 ラシャ共和国は、建国以降ソドモラに朝貢を続けていた。ソドモラ王国では「ラシャは属国」と認識されている。

 しかし、それも去年までの話。ラシャの新代表となったアリル・ヨークは、これまでの態度を改め、「ソドモラとは対等の国」として朝貢を廃止した。

 この決定に対して、アリオス王は大いに憤慨した。


「小国に舐められて堪るか」


 アリオス王は、ラシャ共和国に再三朝貢を要請した。しかし、アリル代表は全て拒否。この態度にアリオス王が激怒して、ラシャ共和国に攻め込むことを決意した。


 宣誓布告の際、アリオス王は周辺の友好国に「勝ち馬に乗らないか」と共闘を要請した。その友好国の中に、エルサ王国も含まれている。


 オーシュ王は王家の廷臣達を集めて、彼らに意見を求めた。その際、オーシュ王はアラストを名指しして、皆の前で意見を披露させた。アラストの回答は――


「断固拒否」


 アラストは、続け様に二つの理由を告げた。


「収穫で多忙を極めている国民に余計な負担を掛ける訳にはいきません。それに、現在のラシャに関する情報が殆どありません。敵を知らずに攻撃すると、予想外の反撃を食らうかもしれません」


 オーシュ王はアラストの意見を聞き入れた。他の廷臣達も王の決断に従った。これにて会議は終了した。

 廷臣達は、次々会議の間から立ち去っていく。しかし、アラストは止まり続けた。


 アラストには、もう一つ腹案が有った。


 全ての廷臣達が去った後、アラストはオーシュ王に腹案を明かした。それが発動する時期は、存外早くに訪れた。


 ソドモラ王国とラシャ共和国との戦争は、大方の予想を覆してラシャ共和国の勝利に終わった。

 戦争当初、ソドモラ王国、及び友好国軍は破竹の勢いで侵攻していた。五つの主要都市のうち、四つまで攻略。後は首都を残すのみというところまで迫っていた。

 しかし、ソドモラ連合軍の状態は最悪だった。

 占領した各都市に駐留軍を置いてきた為、本隊の数は開戦当初の半数までに減少していた。

 首都までの道中で幾度もゲリラ戦を仕掛けられ、兵達は消耗し切っている。勝利目前でありながら、士気は上がるどころか最底まで落ち込んでいた。

 そこにラシャ共和国軍の主力部隊が強襲した。弱り目に祟り目。

 

 ラシャの代表アリルは、最初から首都前決戦を目論んでいた。兵力の殆どを温存して、この機に臨んでいる。

 ラシャ主力部隊の猛攻を抑える力は、ソドモラ連合軍に残っていなかった。それぞれ這う這うの体で逃げ出している。

 この結果を受けて、アリオス王は激怒した。廷臣達に当たり散らした。彼らに再戦の準備を整えるよう命令している。

 しかし、廷臣達が首を縦に振ることは無かった。


 敗戦によって、ソドモラ王国の国力は大幅に減衰している。その被害を補填(ほてん)する為、アリオス王は国民に増税を強いた。その愚行が、ソドモラの国民を一層苦しめた。

 そもそも、収穫時期に戦争を強いられて例年通りの蓄えは無い。そこに増税となればひとたまりも無い。


 ソドモラ王国領で飢饉が起こった。それを収める力は、今のアリオス王には無い。その事実を目の当たりにして、オーシュ王は決断した。


「ソドモラの民を救うには、暗君を退ける他無い」


 オーシュ王はソドモラ王国に宣戦布告した。その侵攻部隊の指揮官として、アラストを任命した。

 ()()が、嘗てアラストがオーシュ王に提案した秘策であった。


「ソドモラ王を除き、王国領を手に入れる機会が必ず訪れる。その際、私が先陣を切って、アリオス王の首を取ってまいります」


 アラストは、祖国であるソドモラ王国に進軍した。その際、道中の村々で村人達に食料を分け与えている。その事実が、村人達の口からソドモラ王国内に知れ渡った。それもまた、アラストの狙い通りの所業であった。


 アラストは「我が敵はアリオス王のみ」と喧伝して、極力戦闘を避けた。

 侵攻ルートも敢えて街道を外れ、獣しかいない森林地帯を選んでいる。道なき道を行く強行軍。

 しかし、それは王都に続く最短ルートだった。王都には、予定よりも早く到着している。


 アラストは直ぐ様王都に使者を送り、「一週間後に総攻撃を仕掛ける」と勧告した。

 使者を送った後、アラストは王都と川を挟んだ位置に野営地を設けた。その際、王都側に窯を並べて、王都民に見せ付けるように盛大な調理を行った。


 野営地から立ち上る煙は、ソドモラの王都から確認できた。それを見詰める王都民達の喉が一斉に鳴った。


 ソドモラ王国は、王都民ですら飢えるほど疲弊している。

 贅沢な食事風景を見せ付けられて、誰もが意識を奪われた。その事実は、アラストの思惑を具現化した。


 一週間経った日の朝、太陽が昇ると同時にソドモラ王都の城門が開かれた。

 城門から白馬に乗った騎士が現れた。彼の背中には白旗が括り付けられている。その事実を目の当たりにして、エルサ王国軍の兵士達は色めきだった。

 アラストを含めて、全員ソドモラの騎士の一挙手一投足に注目した。


 ソドモラの騎士は、左手で手綱を握りながら、右手に革袋を握っていた。

その革袋は、人の頭ほども有った。


 袋の中に、アリオス王の頭が入っていた。


 ソドモラ王国の騎士はアラストの前で下馬して、アラストに革袋を差し出した。


「降伏します」


 かくして、ソドモラ王国は滅亡した。その領土は、全てエルサ王国のものとなった。

 アラストは「祖国を滅ぼした者」として、歴史に悪名を記された。しかし、その悪名を聞くアラストの顔には、秋空のような爽快な笑みが浮かんでいた。

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