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序『綺麗は穢い、穢いは綺麗』

Fair is foul,and foul is fair.【綺麗は穢い、穢いは綺麗。】


何が善で何が悪か、其は当事者にしかわからないことだ。

まして善悪ほど人間の視座に左右されるものはない。



王よ、父よ──、私は王位の簒奪など考えてはいなかった。


貴方の右腕を気取る人あらざる魔術師が賢しげに代弁していた私の心情はなにひとつとして当たってはいなかったのです。


私は貴方の血を継ぐ子であることを認めて貰いたかった訳ではない。

王位が欲しかった訳でもない。母の傀儡となった訳でもない。

私はただそこにあることを許して欲しかった。


貴方の築いた国の礎のひとつとは言えずとも。城壁の一部。いや、路端の石。

その一欠片として貴方が心から慈しんで守り育んだ、この美しきブリタニアにある事をただ許して欲しかったのです。


貴方の傍らに立とうなど思っていなかった。ましてや、貴方に成り代わり王になろうなど考えたことすらなかった。


遠目にすら姿を捉えられぬ遥か遠くで、数多と居る貴方の旗下の騎士の一人として。貴方と貴方の国に忠義を尽くすことだけが私の大望、唯一の望みだった。


王よ、我が父よ。狂乱の微睡みに囚われ、罪なき女子供を正義の名の下に虐殺し、喰らい尽くさんとした悪しき邪竜、アルトゥルよ───。


貴方を怪物として死なせるぐらいならば私が貴方の罪と咎を背負いましょう。アルトゥル王は偉大なる英雄なり。


ブリタニアを纏め上げた傑人。聖剣に選ばれた救世主であり。私、メドラウドはアルトゥル王が同母姉の間に設けた不義の子として貴方から玉座を。


王位を簒奪せしめようとし、此のカブランに流れる川の畔にて貴方と相討ちに遭い。───死ぬ。


それで良い。狂気の淵で溺れる貴方を救う手段は最早死しかない。

円卓の騎士たちは最早貴方を傀儡とする俗物と化し、アルトゥル王とその配下たる円卓の騎士たちの栄光は腐り墜ちた!!


であれば志を同じくする盟友たちと共に私は父である貴方を、円卓の騎士たちを討とう。


人あらざるモノたちの思惑によって紡がれた貴方の伝説に終止符を。栄光が輝かしきままに救いの終焉を。


それが貴方の子である私が貴方に捧げられる最大の孝行だと信じればこそ私に迷いはなかった。例え、父殺しをなしたことで煉獄に堕ちようとも。


「────共に死ね、メドラウド。否、王位の簒奪者モードレッド!!」


「邪竜よ、共に空から墜ちる覚悟など私はとうに出来ている!!聖剣よ、カリブルヌスよ!焔となって疾れ!!いまこそ穢れなき輝きで魔王たる竜の首を裂き、我に全き勝利をもたらせ!!」


けれども、私は。メドラウドは。何時までも貴方の背中を見詰め続けていたかったのです、父上。


「···偉大なる我が父よ。死出の旅路を共に逝くことをこのメドラウドに御許し下さい──、」


朝ぼらけのなか、夥しい死骸が残る凄惨な戦場を覆うようにカブランに流れる川の畔から白い霧が立ち込めていく。


乳白色の霧に飲み込まれた戦場に一人の騎士が佇んでいた。


新月の夜よりもなお深い艶のある漆黒の髪に冴えざえとした満月を思わせる金色の瞳を持ち。

狼を想わせる精悍で怜俐な顏をした騎士は頬を撫でる霧の向こうから聴こえてくる微かな囁きに閉じていた重い目蓋を開いた。


父によって腹部を槍で貫かれ、絶命した筈の青年騎士は辺りを見渡して戸惑いを滲ませる。


上手く頭が回らない。指ひとつ動かすのも酷く億劫だ。その場に座り込んで眠ってしまおうかと思案する青年の鼓膜をまた微かな声が揺らした。


霧の向こうから聴こえる囁きは次第に大きくなっていく。


それは酷く怯えた少女の声だった。祈るように紡がれる不可思議な調べの唄だった。


誰かに無理矢理紡がされているそれは苦痛と恐怖に満ちていて、不思議とこの唄が助けを求め、渇望するものだと分かる。


だから青年は傍らに突き立てられた聖剣を引き抜き、唄の導きに従って歩き出した。


青年は筋金入りの騎士だった。助けを求める者が居るならば必ず助ける。


敬愛する父に、王に騎士として叙任された時に立てた誓いは。その王が亡くなったとて揺らぐことはない。


人々に悪辣な簒奪者。裏切りの騎士と後ろ指を指されようとも、騎士の誓いは澱むことも濁ることもない。


故に青年は、メドラウドは騎士の本懐を胸に唄に導かれるまま霧の先に足を踏み入れ。ひやりとした空気に肌を撫でられたのだ。


霧を抜けた先にあったのは石造りの部屋。足裏が触れる床には謎めいた言語で構成された魔術陣がある。


戦場に居た筈の青年は周囲の変化に戸惑いつつも、なにか喝采を叫ぶ豪奢な服装の面々を一瞥し。

驚きを顔には出さずに真正面に座り込む簡素な、酷く粗末な生成りのワンピースを着た少女を見た。


《続く》

 

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