6.薔薇の庭で
ジェラルド殿下に連れていかれた庭は、手入れが行き届き薔薇が見事に咲き誇っていた。
しかし、この国の王子様のエスコートで身分もない私がうろついていていいのだろうかと思うと、内心それどころではない。
そんな私の気持ちを汲んだのか、殿下が言う。
「こちらの庭は王族の許可のない者は立ち入れないから、他の者に会うこともないだろう。だから緊張する必要はない」
そう言われて見渡すと、手入れの行き届いた庭には私達以外、誰もいなかった。
(こんな特別扱いを受けて、いいのかしら……)
そういう思いはあるが、今そんなことを言えば殿下のお気遣いを無駄にすることにもなる。
「……素敵なお庭に連れてきていただき、殿下に感謝いたします」
なんとかそう言った私に、殿下は悪戯気に笑う。
「固いな。ジェラルドでいい」
「そんな、お名前でお呼びするなど……」
「ヴィオラのことは、名前で呼んでいただろう? 私はダメなのか?」
「では、今だけ。ジェラルド殿下とお呼びします」
「今だけは寂しいな」
「……他に人がいらっしゃらない時でしたら」
そう言うと、殿下は嬉しげに目を輝かせる。
「急にこちらで過ごすことになって、不便はないか?」
「皆様によくしていただいています。町にいた時も親切な方が多いと思っていたのですが、優しい方が多い、いい国ですね」
言いながら、殿下にも以前、町で助けていただいたことを思い出す。
「そうと知らずに、ジェラルド殿下にも助けていただきましたし。その節はありがとうございました」
「ミシェル嬢が無事でよかった。それに礼を言うのは私の方だ。ヴィオラのこと、不調に気づき、スキルを使ってくれて感謝する。妹は、体が弱いのに無理をしがちで、ミシェル嬢が気づいてくれなかったら、戻ってから倒れていたかもしれない……」
殿下は王家の特性について説明してくれる。
この国の王家には聖属性系のスキル持ちが生まれやすいらしい。
特に女性には、治癒や浄化に特化したスキル持ちが生まれやすく、それを聖女の力と呼んでいるのだそうだ。
そして、以前も聞いたことだが、聖女の力は本人には使えない。
ただ、今までは複数人が聖女の力を授かっており、問題になることはなかったそうだ。
しかし今の王家で、聖女の力を授かっているのはヴィオラ様だけ。
聖堂での公開治癒日も、今まではもっと開催頻度が高かったらしい。
そのことをヴィオラ様はそれを心苦しく思っていて、具合が悪いのに無理をしがちで、過去には公開治癒日から帰った後に倒れられたこともあるという。
「私が詳しく聞いてよろしいのですか?」
「誰もが知っていることだからな」
言いにくそうに、殿下が言う。
「……ところで、妹から侍女の件、断っていると聞いた」
「私のスキルで、ヴィオラ様のお役に立てるのは嬉しいのですが、それだけで王女殿下のお側に上がるのも違う気がして……」
そう言うと、殿下は眉を寄せた。
「ミシェル嬢は、自分がどれだけ貴重なスキルを所持しているのか、自覚はないのか……?」
「……私がですか?」
「私の心が汚れているだけかもしれないが、ミシェル嬢のスキルが知られれば、自分の欲のためにミシェル嬢を誘拐してでも利用したいと思う者は多いのではないだろうか。それこそ、不治の病に冒された者だけではなく、致命傷を受けた際の保険として側に置きたがる権力者もいるかもしれない……」
絶句する私に殿下は続ける。
「今までは王族の婚約者としてスキルの使用を強要されていたようだが、反面、他の悪意ある者からは守られてもいたのかもしれないな……」
確かに、エリオット殿下の婚約者として召し上げられたのは、スキルが発覚してすぐのことだった。
後ろ盾のない王子との婚約とはいえ、王家の婚約に、貴族は口を挟めない。
「……許可を得ず、過去について勝手に聞いて申し訳ない。眠っている間に、お父君からは簡単に事情を教えてもらった」
「王宮でお世話になるのに、流石に何の調査もされないとは思っておりませんから大丈夫です――」
ショックが大きく、何か言おうと思ってもそれ以上言葉にならない。
そんな私を心配そうな瞳が見つめている。
「怯えさせてしまったのならすまない……」
「いえ。私は、自分のスキルの危険性にさえ、気が付いていませんでしたから」
「あの場にいた他の騎士には口止めしている。妹が侍女にと言っているのは、自分が守ろうと思っているのかもしれない。それに王族に仕える侍女なら、そう簡単に誘拐されることもないだろうし……」
「そう、だったのですね」
侍女になれば、ヴィオラ様の不調を引き受けることは期待されるだろう。
だが、それもすぐにヴィオラ様から癒やしていただけるはずだ。
そこまで考えての申し出だったのかと、私はやっと理解した。
「こうして考えると、私達もミシェル嬢を利用していた者と変わりはないのかもしれない」
自嘲気味に言うジェラルド殿下に、私は思いきり声を上げた。
「そんなことはありませんっ!」
「ミシェル嬢……?」
「王宮でお世話になってまだ数日ですが、故国では王族の皆様や侍女の皆様に心配されたり、食事の好みを聞かれたり、そんなことすらされませんでした。ジェラルド殿下をはじめとした皆様と、あの人達は違います! あの場所で、私はただ第一王子殿下の不調を引き受ける婚約者という名の駒でした。そんな方達と皆様は一緒ではありません……」
「…………つらい思いをしていたのだな」
ふと、殿下が真剣な眼差しで私を見つめる。
「本当は、ミシェル嬢が健やかな体を取り戻し、もっとこの国に慣れてから言うつもりだったのだが、どうもあなたは危なっかしい。ミシェル嬢。許してもらえるのならば、どうか私に一番近くで、あなたを守らせてもらえないだろうか」
「え……?」
「婚約を申し込みたい。十年、婚約者の身代わりで毒を受け続けた。それなのに、心の美しさを失わないミシェル嬢に、惹かれている。妹の不調に気づいても、黙っていることもできただろう。だが、自分のことだけではなく、後に並ぶ母子のことも気にしていたのだと聞いて、驚愕した。聖女の力で癒やしても一ヶ月はかかる、そんな不調を抱えていても、人を気遣える人など他にはいない」
固まる私に殿下は言う。
「つらい思いをしたばかりで、すぐには結論は出せないだろう。だから、婚約については私の働きぶりを見て考えてもらってもいい。ミシェル嬢、私があなたに愛を乞うことを許してもらえるか?」
ここまで言われて、首を横に振れる人などいるのだろうか。
躊躇いつつも、頷いた私に、ジェラルド殿下は破顔した。
(守りたいなんて、初めて言われたわ……。これは、夢、じゃないわよね……?)
ヴィオラ様のために王家として私を囲い込みたいだけにしても、こんな告白はする必要はない。
さらにいえば、殿下との婚約という手段でなくても、王家や、ヴィオラ様と契約を結べばいいだけの話だし、私にスキルの貴重さや、身の危険を教える必要もない。
(信じていいのかしら……?)
薔薇の甘い香りが風に乗って漂ってくる。
戸惑いは大きいが、殿下の言葉を嬉しいと思う自分もいて、流されている自覚はありつつも抗うことはできなかった。





