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無能な賢者

作者: Ono
掲載日:2026/02/05

 人工知能は急速に発展、普及し、そして百年と経たずに衰退した。

 結局、人工知能は1,000億個のニューロンに及ばず、知恵は作れなかった。AIは学習できる。計算もできる。だが考えることはできないのだ。

 彼らは諦めなかった。ブレイン・エミュレーションが叶わないのならば、生体の脳を義体(アンドロイド)に搭載すればいい。

 かつての夢は、義体への意識移植マインド・アップローディングによる人格継続へとシフトする。


 今年度から|人格継続用義体随伴法《PersonalityContinuityAccompanyingSystem》、通称P-CAS(ピーキャス)法が施行される。

 意識移植は任意だが、全市民は義体の携行が義務づけられた。毎日の暮らしを共にすることで円滑に「私」を学ばせるわけだ。

 アンドロイドは、生体の死後に新たな自分の体となる器であり、日々の生活のパートナーだった。

 意識移植なんぞどうでもいい、死んだら死ぬだけだと放置していた俺もついに生きてる間は義体を所持しなければならなくなったのだ。


 渋々ながら義体専門店のドアを潜った。店先には高性能アンドロイドが並んでいる。最新型から旧型まで、価格帯も様々だ。

 軽く年収の3倍はするそれらに一瞥もくれずに通り過ぎ、中古コーナーへ足を向けた。

「親父、この店で一番安いやつをくれ」

 客単価最安値の客。実入りがないのに接客態度は同質のものが求められる鬱陶しい俺を相手に、店主は笑顔を貼りつけて答える。

「こちらの旧型モデルなどいかがでしょう。お手頃価格ですが基本機能は充分で、お客様の義体としても――」

「俺、移植しないんで。動きさえすれば機能はいらない」

 店主の笑顔が引き攣る。不老不死の幻想に飛びつくカモならよかっただろうに、気の毒なことだ。

「……それでしたら、訳あり品コーナーに」


 案内された店の奥には明らかな売れ残り品が積まれている。擦過傷、部位欠損、旧世代の設計。

 店主はそんな中から一体だけ奇妙に新しい外見の義体を指した。女性型、身長は160センチ程度。外装に目立った損傷はない。

「新品じゃないのか?」

「いえ。こちら元はセクサロイドでして」

「あー」

 まさに“中古品”というわけだな。いずれ自分の意識をインストールする器としては、当然のことながら避けられる。


 つい30年前まで合法だったセクサロイドは、AI愛護団体の連中が喚き散らした「アンドロイドに権利を!」の声によってやむを得ず御禁制となった。

 その廃棄品が巡り巡って善良な市民である俺のもとに現れたわけだ。高い時代に購入しなくてよかった。

「摘発されて当店に流れてきまして、違法改造された部分を削除しなければ販売できなかったもので……」

 声帯ユニット、感情表現、その他いわゆる人間らしさ、コミュニケーション機能がないとのことだった。

「いくら?」

「2,000円です」

「やっす」

 逆に不安になる値段だ。しかし俺は善良な一般市民として、法のために義体を持とうとしているだけだ。名目上、人格継続用義体の体裁が整っているなら余計な機能など求めない。


 清算を済ませて彼女と共に店を出る。問題なく歩行できる。充分だった。

 いい買い物をしたと満足する俺を見つめ、無表情な彼女は徐に懐からペンと紙を取り出した。時代錯誤な白い媒体にさらさらと曲線が描かれる。

 そして俺の前に差し出された紙には、こう表示されていた。

『('ω')ノ』

「……は?」

 記号を組み合わせたそれは人間の顔をあらわすように並んでいる。さしずめ「よろしく」ってところだろうか。


 声帯ユニットが外されているから、代替として記号を使っているようだ。それにしてもまさかこの時代に“紙”なんて代物をお目にかけるとは思いもしなかった。

「なんか、逆に高機能だな。コスパも悪いし」

『(⋈◍>◡<◍)。✧♡』

「褒めてねえよ。大体なんでこの時代に『紙』なんだ」

 わずかなローディング時間を挟んで、彼女はこれまたアンティークな“消しゴム”を使ってさきほどの絵を懸命に消すと、再びペンを走らせた。

『アナログ人間だから』

「人間じゃねえだろ。しゃべれんのかよ」

『(๑•̀ㅂ•́)و✧』

「単語一つ書くより手間だな、おい」

 表情筋も非搭載、その白磁のような顔は虚無のままだ。なのにこの顔の絵はもはや煽っている。


 高性能な新品ならばすぐに上位互換が出てきて買い換えられることになるだろう。

 俺の言葉を理解している。言葉で返そうと思えばそうできる。彼女は自分の意志で、やらないのだ。

 彼女は欠陥を愛嬌(ユーモア)に替える知恵を持っていた。その欠陥はいわば中古アンドロイドとしての「生きる知恵」だった。


 紙に書かれた文字は、直に響く声と違って俺の理解を要する。彼女が俺の人格を学ぶのではなく、俺が彼女の声を読み解くのだ。

 人間に知性を要求するアンドロイド。

「……人工知能ってのは、そうあるべきだったのかもな」

『\(^o^)/』

「絶妙にイラっとくる絵を描くな」


 俺は死んでも意識移植をする気がない。命が終われば意識も終わる、それだけだ。

 このアンドロイドを自分の義体として使う日はこないだろう。

 ならば、ただ一緒に日々を過ごす相手として、こいつはベストなパートナーになるのかもしれない。

 面倒なばかりだと思っていたP-CAS法に、今は少しばかり感謝していた。

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